発情期アルファ貴族にオメガの導きをどうぞ

小池 月

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Ⅱ 貴族アルファが来る

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「失礼。隣に座ってもいいだろうか?」

 急に聞こえた声に驚いて、ウルイはガバッと起き上がった。

「あ、驚かしてしまった? ごめんね」

 見上げると陽の光の中に精悍な男性がいた。
 見惚れるほどに体格が良い。黒い短髪に日焼けした黄色肌が健康的だ。糸のような細い垂れ目で、優しく微笑んでいる。

「俺の愛馬に水をあげたくて。馬を休ませる間、隣にいてもかまわないかな?」

「はぁ? 僕の、隣に?」

 オアシスでは汚いものを見るかのように扱われ、声を掛けられることすらないウルイの隣に座るつもりだろうか。

 意味が分からず、ウルイは彼を見つめた。

「きれいな瞳だね」
 糸のような目を細めて彼が言葉を溢す。

 ウルイはさっと視線を外しガゼルを見た。きっとガゼルの黒い瞳のことだろう。動物の瞳は確かに綺麗だ。

 そんなウルイに構わず、彼はウルイの隣に腰を下ろした。

「はぁ~~長旅に疲れた。ここ、気持ちがいい木陰だね。君はこのオアシスに住んでいるの?」

 急にウルイのことを聞かれてドキリとする。人に話しかけられることに慣れていなくて緊張してしまう。

「ぼ、僕は、オアシスじゃない、けど。どうして?」
「え? この辺りでオアシス以外に人が住めるところは無いだろう?」

 はっと気がついてウルイは彼を見た。

 この人は社交辞令でウルイに居住場所を聞いただけだ。砂漠でオアシス外に住む者などいないから。

 真面目に『オアシスに住んでいない』と答えてしまった自分が情けない。ウルイは恥ずかしくて困ってしまい彼から目線を外した。

「そっか。言いたくないこともあるよね。不躾にごめんね」

 丁寧な謝罪にウルイはそっと彼を見た。優しい微笑みを浮かべている。

 謝ってもらうことではないように思うけれど、ウルイは何も反応できなかった。

「顔、殴られたかな?」
 彼の言葉に顔から火が出そうなほど恥ずかしくなる。ウルイの左頬は薄い青アザになっている。
 人には気付かれない、とウルイは思っていたのに。

「放っておいてください」
 一言を伝えてその場を離れようとしたが、ウルイの腕が彼に掴まれた。振りほどいて良いのか分からず、ウルイは動きを止めた。

「ちょっと待って。これ、持っていてくれる? 置いておくと俺の愛馬が食べてしまうから」

 ウルイに袋が渡される。結構重い。ウルイに荷物を持たせて、彼は湖の水で手を洗っている。

 ウルイは彼の行動の意味が分からず、預けられた荷物を抱えて彼を待った。

 ふと袋の中の匂いが気になり隙間から中をのぞいた。人参と半乾燥植物が見えた。ウルイの家では滅多に手に入らない肥えた野菜だ。

「ごめんね。お待たせ。重かっただろう?」
 彼はウルイが必死に抱えていた大きな袋を片手で軽々と持ち上げ、脇に置いた。

「ほら、冷やして。新しい傷だろう? まだ痛いよね」
 ウルイの左頬に冷たい布が当てられる。驚いてウルイの背中がビクッと伸びる。

「え? ハンカチ?」
 頬に当てられたものを受け取り目の前で確認する。ウルイはハンカチと彼を交互に見た。

 手を洗いに行ったと思った彼は、ウルイのために自分のハンカチを濡らしてくれていたのだ。

 思いがけない優しさに心臓のあたりが熱くなる。そして何故か恥ずかしくなり彼の顔が見られなくなる。
 こんな優しさは知らない。ウルイの頬まで熱くなる。

「いつ、殴られたの?」
 ゆっくり聞いてくる彼を見ないように答えた。

「昨日」
「誰に?」
「父さん」
「仲が悪いの? 普段から殴られているの?」

 ぶっきらぼうに応えているのに、変わらないペースで問いかけてくる。

 これまでウルイの言葉に耳を傾けてもらえたことなど無かった。温かな何かが心に満ちてくる。少し、話してみようと思えた。

「昨日が初めて。いつもは、仲が悪いわけじゃなく普通だと思う。昨日は僕が父さんの、うちの事情の触れてはいけないところに触れてしまったのがいけなかった。僕が悪かっただけだから」

 泣いていた父を思い出して、苦しい気持ちがウルイの心に戻ってくる。

「そうか。君は父さんを立てることができる良い息子だね。殴られたのに相手を悪く言わないのは、君が芯のある優しさを持っているからだと思うよ」

 ウルイは驚いて彼を見た。垂れ目が優しく微笑みを伝えてくる。

 この人はウルイのことを褒めている。初めてこんな風に褒められて、ウルイは心がくすぐったいような、不思議な感覚を覚えた。
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