発情期アルファ貴族にオメガの導きをどうぞ

小池 月

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Ⅱ 貴族アルファが来る

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 どう反応していいのか分からず膝を抱えた。ウルイの顔が、また熱くなる。変な汗が出て困ってしまった。

「ふはは。君、可愛いね」

 彼の笑い声と『可愛い』などと言う言葉に、恥ずかしさがピークになった。
 抱えた膝に顔を埋めるようにすると、ウルイのうなじを湿った何かが触れる。

「ひゃぁっ」
 急な刺激に高い悲鳴がウルイの口から漏れた。

 訳が分からず彼を見た。首後ろを手で押さえながら、ウルイの口がパクパク動いた。
 何をするんだ、とか言おうとしたのに、混乱で言葉にならない。

「いや、ごめん。あ~~、俺、何やっているんだ。本当、ごめん。ちょっと君が美味しそうで味見を、じゃない、舐めてみたくて。じゃなくて」

 彼が頭に手を当て、真っ赤になって言い訳をしている。ウルイは警戒して少し距離をとった。

 彼は顔から汗が噴き出そうになっている。大きな彼がウルイの前で慌てているから、笑いがこみ上げた。

「……あはは」
 ウルイにつられて彼が笑った。
「……ふはは」

「あはははは! 真っ赤じゃんか!」
「ふはは! 君こそアワアワしていた!」

 よく分からないまま、草の上で転がり回って笑った。じゃれ合う犬のようだった。

 ウルイはいつの間にか、彼の腕の中に抱きしめられていた。彼の逞しい胸筋に顔を埋める。
 ウルイがすっぽり入ってしまう大きな身体だ。包み込まれる安心感がある。

「あ~~、笑ったぁ」
「僕も。人生でこんなに笑ったのは初めてだ」

 ウルイの発言に彼が驚いた顔をした。至近距離で顔を覗き込まれる。
「笑うこと、あまりない?」

「無いよ。いつも貧しさに押しつぶされそうで、空腹に唇噛むしかなくて。ほら、こうしていて分かっただろ? 服だってしっかり洗えなくて臭い。風呂は三日に一回だ。生きていく苦しさに押しつぶされそうな日々だ。笑うことなんてないよ」

 笑った後で、心のドアが自然と開いてしまったようだ。ウルイの本心が漏れ出た。

「今日だって何も食べていない。これから仕事なのにな。お兄さんは、こんな最下層の僕たちとは無縁な暮らしだろうな。そんな立派な野菜、食べていられるんだろ?」

 先ほど持たされた袋に視線を向けた。なぜか彼が申し訳なさそうな顔をする。

「これ、馬の餌だよ。ごめん」

 ウルイは目を見開いた。途端にウルイの心が苦しさで満ちてくる。馬の餌を羨ましく思っていたなんて。恥ずかしさで消えてしまいたくなる。

 この人は貧乏とは無縁の人だ。下を向きウルイは立ち上がった。
 パンパンと草を払い、ハンカチを返した。

「まって。ねぇ、待ってよ。ほら、一緒にご飯食べない? サンドイッチを持っているから」
「……いいです。僕のことは、もう構わないでください」
「いや、君の心を傷つけてごめんね。お詫びに一緒に食べてくれるかな?」

 断ろうとしたのにウルイの腹が『グ~~』と盛大に鳴る。

「ほら、絶対食べた方が良いって」
 彼がリュックから、綺麗に包まれたボックスを取り出した。ウルイの目の前で蓋を開ける。途端にウルイの目は釘付けになった。

 はみ出すほどのハムと野菜、グリルチキンにたっぷりのトマトがパンに挟まっている。贅沢だ。ゴクリとウルイの喉が鳴る。

「まだ、時間はあるのかな?」
 ウルイは豪華なサンドイッチを見たままコクリと頷いた。

「座って。好きなのをどうぞ。全部食べても良いよ」
 彼の言葉に、迷いながらもウルイは腰をおろした。

「金、払えない」
「もちろん、お金なんていらないよ。一つ選んでくれる?」

 彼の言葉に恐る恐るウルイはチキン野菜サンドを手にした。手に取ると、ズッシリとした重みに心がわくわくする。

「じゃ、俺はハムにしよう。俺たちの出会いに乾杯!」
 ウルイは少し笑う。

「乾杯って食べ物じゃ、やらないんだよ。なんだよ、金持ちっぽいのに知らないのかよ。乾杯は酒でやるんだ」

 仕事先で人々がグラスを掲げて乾杯するのをウルイは見ている。食べ物を掲げる人はいない。
 こいつは大した金持ちでは無いのかも、とウルイは思った。

「そうか。そう言われればそうだな。無作法で申し訳ない」

 照れたように彼が笑うから、ウルイの気持ちが凪いだ。

 ウルイを蔑む人々と彼は違う。彼からは高圧的な感じがしない。彼を見れば、垂れ目の目尻が更に下がった。
 
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