8 / 80
Ⅱ 貴族アルファが来る
④
しおりを挟む
ウルイはサンドイッチに齧りついた。
「うっまぁ」
自然と口から声が漏れていた。ウルイはこれほど美味しいサンドイッチは初めてだった。
「果汁水もあるよ」
横から水筒を渡されてゴクリと喉を潤した。
「何これ? 旨すぎ」
「ライチ果汁だよ。ビタミンがあって疲労回復にいい」
「へぇ。これがライチ味か。仕事先でも人気のやつだ。僕の仕事先は飲食店だけど、お金払ってまで食べたくなる人の気持ちが少し分かった」
ウルイは続けてガブガブとチキンサンドを口に入れる。これは幸せだ。
「はぁ、食ったぁ。店の残り物も美味しいとは思っているけれど、これは格別だった」
「そっか。良かった。仕事はどこ? 何時から?」
「午後三時から、繁華街の三番通りにある『水色キッチン』ってとこ。今日はたまたま早く家を出たから、ここで時間潰してた。ほら、最近アルファ様が来るって街中の騒ぎだろ? 父と母が僕を着飾ってアルファ様に差し出すって言ってきてさ。オメガに選ばれれば幸せになれるって迫ってきて。怖くて逃げてきた」
「は、はぁ? オアシスではそんなことが噂になっているの?」
彼が驚いたようにウルイを見つめてくる。
「あ、お兄さんは知らないのか。このオアシスとは別のところの人みたいだから仕方ないか。僕みたいな最下層の人間には全く関係の無いことだけど、街の皆がオメガ様になりたいって鼻息荒くなっているよ。貴族になれる、幸福になれるってね。だけど貧しい者は夢見るだけ無駄なんだ。父と母も早く気がついてほしい。お金無いのに、変なことに使わないでほしいよ。それより食べ物を買って美味しい思いをしたほうがいいのに」
今朝の事を思い出して、ウルイは大きくため息をついた。
「もしかして、殴られたのは、そのこと?」
「あ、これはまた別。お兄さんは『乾杯』知らないくらいだから、大金持ちって訳ではないよね。ま、僕よりはお金に恵まれているだろうけれど。ねぇ、本当の貧困って分かるかな? 今はアドレア国中が幸せだって言うけれど、僕らみたいにオアシスに入れない取り残された元遊牧民がいることは現実だ。僕たちには生きる道がない。毎日、歯を食いしばって耐えるしかない。目の前の裕福な人たちを苦い気持ちで眺めて、惨めさに押しつぶされそうになりながら息をするしかない。触れてはいけないその苦しさを僕が口にしたから父に殴られた。それだけだよ」
ウルイは、説明しながら自分の気持ちが沈んでいくのが分かった。自分の口で『貧しさ』を言葉にすることが、これ程苦しいとは思わなかった。
それ以上言葉を続けることが出来ず、ウルイは込み上げるニガさを飲み込んだ。唇を噛んで湖を見る。
隣の彼は何も言わなかった。静かに一緒に湖を眺めた。
ウルイの目から涙がこぼれ落ちた。声が漏れないように堪えると、ウルイの頬を大きな手が触れる。
涙を優しく拭っていく。その手の優しさに少しの間、身を任せた。心が温かいもので包まれるようだった。
ウルイは子供のように、彼に寄りかかった。彼はウルイを優しく抱き留めてくれた。
こんなことをしている自分が可笑しくて、ウルイは少し笑った。
「もう行くよ。仕事の時間だから」
ウルイの髪を撫でている彼に声をかけた。
「そうか。水色キッチン、だったかな? あとで寄っても良いだろうか。君に会えるかな?」
優しく目尻を下げる彼に、ウルイは微笑みを向けた。
「来ても僕はいないよ。教養がないから接客はしていない。裏方の下働きだけ。でも、料理は美味しいからいつか食べてみたら良いよ」
「では、明日。明日の同じ時間にまたここで会えるかな?」
「なんで?」
「俺が君に会いたいから。それだけじゃ会ってもらえない?」
誰からも相手にされないウルイに会いたいなんて、変わった人だと思う。
「いいよ。明日もここで。約束って初めてだ」
ウルイは熱くなる顔が恥ずかしくて、それを隠すようにスクッと立ち上がった。
「じゃ、また」
「あぁ、待って。名前を教えて欲しい」
「ウルイ。ウルイ・ハンクだよ」
「ウルイ、またね」
手を振る彼を見て心がソワソワした。心臓がくすぐったくて顔がニヤける。
ウルイは小走りに仕事先に向かった。いつもの光景がキラキラ輝いて見えた。
「うっまぁ」
自然と口から声が漏れていた。ウルイはこれほど美味しいサンドイッチは初めてだった。
「果汁水もあるよ」
横から水筒を渡されてゴクリと喉を潤した。
「何これ? 旨すぎ」
「ライチ果汁だよ。ビタミンがあって疲労回復にいい」
「へぇ。これがライチ味か。仕事先でも人気のやつだ。僕の仕事先は飲食店だけど、お金払ってまで食べたくなる人の気持ちが少し分かった」
ウルイは続けてガブガブとチキンサンドを口に入れる。これは幸せだ。
「はぁ、食ったぁ。店の残り物も美味しいとは思っているけれど、これは格別だった」
「そっか。良かった。仕事はどこ? 何時から?」
「午後三時から、繁華街の三番通りにある『水色キッチン』ってとこ。今日はたまたま早く家を出たから、ここで時間潰してた。ほら、最近アルファ様が来るって街中の騒ぎだろ? 父と母が僕を着飾ってアルファ様に差し出すって言ってきてさ。オメガに選ばれれば幸せになれるって迫ってきて。怖くて逃げてきた」
「は、はぁ? オアシスではそんなことが噂になっているの?」
彼が驚いたようにウルイを見つめてくる。
「あ、お兄さんは知らないのか。このオアシスとは別のところの人みたいだから仕方ないか。僕みたいな最下層の人間には全く関係の無いことだけど、街の皆がオメガ様になりたいって鼻息荒くなっているよ。貴族になれる、幸福になれるってね。だけど貧しい者は夢見るだけ無駄なんだ。父と母も早く気がついてほしい。お金無いのに、変なことに使わないでほしいよ。それより食べ物を買って美味しい思いをしたほうがいいのに」
今朝の事を思い出して、ウルイは大きくため息をついた。
「もしかして、殴られたのは、そのこと?」
「あ、これはまた別。お兄さんは『乾杯』知らないくらいだから、大金持ちって訳ではないよね。ま、僕よりはお金に恵まれているだろうけれど。ねぇ、本当の貧困って分かるかな? 今はアドレア国中が幸せだって言うけれど、僕らみたいにオアシスに入れない取り残された元遊牧民がいることは現実だ。僕たちには生きる道がない。毎日、歯を食いしばって耐えるしかない。目の前の裕福な人たちを苦い気持ちで眺めて、惨めさに押しつぶされそうになりながら息をするしかない。触れてはいけないその苦しさを僕が口にしたから父に殴られた。それだけだよ」
ウルイは、説明しながら自分の気持ちが沈んでいくのが分かった。自分の口で『貧しさ』を言葉にすることが、これ程苦しいとは思わなかった。
それ以上言葉を続けることが出来ず、ウルイは込み上げるニガさを飲み込んだ。唇を噛んで湖を見る。
隣の彼は何も言わなかった。静かに一緒に湖を眺めた。
ウルイの目から涙がこぼれ落ちた。声が漏れないように堪えると、ウルイの頬を大きな手が触れる。
涙を優しく拭っていく。その手の優しさに少しの間、身を任せた。心が温かいもので包まれるようだった。
ウルイは子供のように、彼に寄りかかった。彼はウルイを優しく抱き留めてくれた。
こんなことをしている自分が可笑しくて、ウルイは少し笑った。
「もう行くよ。仕事の時間だから」
ウルイの髪を撫でている彼に声をかけた。
「そうか。水色キッチン、だったかな? あとで寄っても良いだろうか。君に会えるかな?」
優しく目尻を下げる彼に、ウルイは微笑みを向けた。
「来ても僕はいないよ。教養がないから接客はしていない。裏方の下働きだけ。でも、料理は美味しいからいつか食べてみたら良いよ」
「では、明日。明日の同じ時間にまたここで会えるかな?」
「なんで?」
「俺が君に会いたいから。それだけじゃ会ってもらえない?」
誰からも相手にされないウルイに会いたいなんて、変わった人だと思う。
「いいよ。明日もここで。約束って初めてだ」
ウルイは熱くなる顔が恥ずかしくて、それを隠すようにスクッと立ち上がった。
「じゃ、また」
「あぁ、待って。名前を教えて欲しい」
「ウルイ。ウルイ・ハンクだよ」
「ウルイ、またね」
手を振る彼を見て心がソワソワした。心臓がくすぐったくて顔がニヤける。
ウルイは小走りに仕事先に向かった。いつもの光景がキラキラ輝いて見えた。
119
あなたにおすすめの小説
運命を知らないアルファ
riiko
BL
オメガ嫌いの西条司は女性アルファとしか付き合わない、そんな中やたらと気になるオメガを見つけた。
運命やフェロモンという不確かなモノではなく、初めて本気で惹かれた唯一のオメガにはとんでもない秘密があった!?
オメガ嫌い御曹司α×ベータとして育った平凡Ω
オメガ主人公がお好きな方は『運命を知っているオメガ』をお読みくださいませ。こちらはその物語のアルファ側のお話です。このお話だけでも物語は完結しますが、両方読まれると答え合わせが楽しめます。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。
コメント欄はそのまま載せておりますので、ネタバレ大丈夫な方のみご覧くださいませ。
物語、お楽しみいただけたら幸いです。
大嫌いなアルファと結婚しまして
リミル
BL
面倒見のいい隠れSなα×アルファから転化したΩ
久世優生と神崎基城はアルファの幼馴染みで、互いのスペックを競い合うライバル同士でもあった。
パーティーの最中、基城は原因不明の体調不良に襲われ、第二性がアルファからオメガに転化したと告げられる。
オメガになったことで、優生に馬鹿にされるかと思えば、何故かプロポーズを申し込まれてしまい──!?
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
【完結済】「理想の恋人 〜タイムリープしたので、全財産貢いだダメ猫と別れます
かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中
BL
30歳の警察官、オメガの貴弘(たかひろ
)は、猫獣人の不実な恋人・アルファの猫井司(ねこいつかさ)に裏切られたショックで家出をした矢先、埼玉山中の交通事故で事故死してしまう。
ところが、気付けば猫井と出会う前に時間が戻っていた。
今度の人生では猫井に振り回されるのをやめようと決心するが……。
本編「理想の結婚 俺、犬とお見合いします」のスピンオフです。
全く話が繋がっていないので、単体で問題なく読めます。
(本編のコミカライズにつきましては、日頃より有難うございます)
今からレンタルアルファシステムを利用します
夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。
◆完結済みです。ありがとうございました。
◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる