発情期アルファ貴族にオメガの導きをどうぞ

小池 月

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Ⅱ 貴族アルファが来る

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 ウルイはサンドイッチに齧りついた。
「うっまぁ」
 自然と口から声が漏れていた。ウルイはこれほど美味しいサンドイッチは初めてだった。

「果汁水もあるよ」
 横から水筒を渡されてゴクリと喉を潤した。
「何これ? 旨すぎ」
「ライチ果汁だよ。ビタミンがあって疲労回復にいい」
「へぇ。これがライチ味か。仕事先でも人気のやつだ。僕の仕事先は飲食店だけど、お金払ってまで食べたくなる人の気持ちが少し分かった」

 ウルイは続けてガブガブとチキンサンドを口に入れる。これは幸せだ。
「はぁ、食ったぁ。店の残り物も美味しいとは思っているけれど、これは格別だった」

「そっか。良かった。仕事はどこ? 何時から?」
「午後三時から、繁華街の三番通りにある『水色キッチン』ってとこ。今日はたまたま早く家を出たから、ここで時間潰してた。ほら、最近アルファ様が来るって街中の騒ぎだろ? 父と母が僕を着飾ってアルファ様に差し出すって言ってきてさ。オメガに選ばれれば幸せになれるって迫ってきて。怖くて逃げてきた」

「は、はぁ? オアシスではそんなことが噂になっているの?」
 彼が驚いたようにウルイを見つめてくる。

「あ、お兄さんは知らないのか。このオアシスとは別のところの人みたいだから仕方ないか。僕みたいな最下層の人間には全く関係の無いことだけど、街の皆がオメガ様になりたいって鼻息荒くなっているよ。貴族になれる、幸福になれるってね。だけど貧しい者は夢見るだけ無駄なんだ。父と母も早く気がついてほしい。お金無いのに、変なことに使わないでほしいよ。それより食べ物を買って美味しい思いをしたほうがいいのに」

 今朝の事を思い出して、ウルイは大きくため息をついた。
「もしかして、殴られたのは、そのこと?」

「あ、これはまた別。お兄さんは『乾杯』知らないくらいだから、大金持ちって訳ではないよね。ま、僕よりはお金に恵まれているだろうけれど。ねぇ、本当の貧困って分かるかな? 今はアドレア国中が幸せだって言うけれど、僕らみたいにオアシスに入れない取り残された元遊牧民がいることは現実だ。僕たちには生きる道がない。毎日、歯を食いしばって耐えるしかない。目の前の裕福な人たちを苦い気持ちで眺めて、惨めさに押しつぶされそうになりながら息をするしかない。触れてはいけないその苦しさを僕が口にしたから父に殴られた。それだけだよ」

 ウルイは、説明しながら自分の気持ちが沈んでいくのが分かった。自分の口で『貧しさ』を言葉にすることが、これ程苦しいとは思わなかった。

 それ以上言葉を続けることが出来ず、ウルイは込み上げるニガさを飲み込んだ。唇を噛んで湖を見る。
 隣の彼は何も言わなかった。静かに一緒に湖を眺めた。

 ウルイの目から涙がこぼれ落ちた。声が漏れないように堪えると、ウルイの頬を大きな手が触れる。
 涙を優しく拭っていく。その手の優しさに少しの間、身を任せた。心が温かいもので包まれるようだった。
 ウルイは子供のように、彼に寄りかかった。彼はウルイを優しく抱き留めてくれた。

 こんなことをしている自分が可笑しくて、ウルイは少し笑った。

「もう行くよ。仕事の時間だから」
 ウルイの髪を撫でている彼に声をかけた。
「そうか。水色キッチン、だったかな? あとで寄っても良いだろうか。君に会えるかな?」

 優しく目尻を下げる彼に、ウルイは微笑みを向けた。

「来ても僕はいないよ。教養がないから接客はしていない。裏方の下働きだけ。でも、料理は美味しいからいつか食べてみたら良いよ」
「では、明日。明日の同じ時間にまたここで会えるかな?」

「なんで?」
「俺が君に会いたいから。それだけじゃ会ってもらえない?」

 誰からも相手にされないウルイに会いたいなんて、変わった人だと思う。

「いいよ。明日もここで。約束って初めてだ」
 ウルイは熱くなる顔が恥ずかしくて、それを隠すようにスクッと立ち上がった。

「じゃ、また」
「あぁ、待って。名前を教えて欲しい」

「ウルイ。ウルイ・ハンクだよ」
「ウルイ、またね」

 手を振る彼を見て心がソワソワした。心臓がくすぐったくて顔がニヤける。

 ウルイは小走りに仕事先に向かった。いつもの光景がキラキラ輝いて見えた。
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