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Ⅶ ガリイ国の奴隷<Sideライ>
⑩
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ライが重労働者宿舎に戻ると、昨日腰を痛がっていた男性が居なかった。ここに居ないということは処分されたのだろうか。日中に動けなくなってしまったのだろうか。
心臓がバクバクと嫌な音を立てた。
「すみません。昨日までここで寝ていた人はどうしたのですか?」
ライの反対横に寝る人に聞いた。
「あぁ、昼間に破棄処分になったらしいな」
淡々とした返答にライは怒りの様なものが沸き上がった。
「まだ元気そうでした」
「そうだな。それでも破棄だって言われたんなら仕方ないな」
(仕方ないで済ますな!)
そう怒鳴りたくなったが騒ぎを起こすわけにもいかず、言葉を飲みこんだ。
それ以上周囲と会話することなく古びた布団に潜り込む。そしてザワつく心とは別に、人が居なくなっても、誰も興味を持たないことに安堵した。
これなら脱走してウルイとライが消えても怪しまれない。
そう考えて、人が殺されたかもしれないのに冷徹な自分が嫌になった。こんな環境に居ると狂ってしまいそうだ、とため息をついた。
翌日の作業では片耳の切れた馬を見つけて出来るだけ接触した。
ライが近づくと尻尾を振るようになった。嬉しそうに顔をすり寄せるのも可愛らしい。馬にライを認識してもらえたことが嬉しい。
(一緒にアドレアに行こう)
馬に心で語りかけた。
明るいうちに収容所全体の位置確認、アドレア方向と太陽の位置確認をした。
アドレアに入ったら砂漠が続く。砂漠で方角を見失ったら死ぬ。国境からオアシスまでニ十キロ程度のはずだ。アドレアの国内地図を頭に思い浮かべる。
馬の速度なら二~三時間あれば大丈夫だろう。休憩を入れても夜間のうちに移動を終えられる。
方向さえ間違えなければ、いける。あとは飲料水や少しの食料は必要だ。
どうすれば持ち出せるかを考えなくてはいけない。ウルイを幸せに出来ないままで死ぬわけにはいかない。絶対に生き延びる。
夕食の時間になった。体調が心配でウルイを探した。ウルイがなかなか食事場に現れず、ライの心臓が嫌な音を立てた。
ここに現れなかったら、その意味することを考えると、目の前が歪むような感覚がした。不安と怒りが爆発しそうになった時、食事場にウルイが現れた。
「ウルイ! 大丈夫か?」
すぐに駆け寄った。
「うん。大丈夫。今日も外で食べよう」
顔色が悪いけれど言葉はしっかりしている。だけど、それに騙されてはいけない。ウルイは表向きを取り繕うのが上手だから。
食事を受け取りいつもの廃材場所に向かった。座ったとたんにウルイが食事に目を向けながら小声で話し始めた。
「食べながら話すよ。ライが言っていた左耳が切れた馬の定位置は決まっていない。毎日入れ替わる。どこに居るのか把握するなら、馬小屋に戻した後に確認すれば分かる。試しに今日は最終チェックをしている振りをして場所を確認してきた」
ウルイの危険を冒すような行動にライの心臓がドキリとする。周りに変に思われないように食事に集中している振りをして返事をする。
「ウルイ、危険な事はやめてくれ。ウルイに何かあったら俺は生きる意味を失うよ」
「うん。分かっている。でも、馬を使うなら夜の監視がどこにいるか知りたいかと思って」
監視の位置まで気にかけてくれていたウルイに拍手を送りたかった。
「で、分かった?」
「うん。夜間は監視塔から見ているだけだ。馬小屋と畑周辺は誰もいない。奴隷宿舎の付近は監視があるけれどね」
ライは少し考えてからウルイの手を触った。やはり熱がある。
「ウルイ、足の様子は? 見せて」
ウルイがズボンを上げて包帯をずらす。噛み跡周囲の赤さが酷くなっている。傷が化膿している。
「痛いよな。せめて薬があればいいのに」
「これくらい平気だよ」
困ったように笑うウルイを見て、大丈夫じゃないのだろうと理解した。
「今日は耳の切れた馬の位置は何処だった?」
「畑側の入り口から見て左列の手前から三番目だった」
「どうやって繋いでいる?」
「顔につけた装具から綱で繋いでいる。木枠に綱を結んであるよ」
「鍵はない?」
「結んであるだけだ」
利便性を考えてのことだろうが、雑な管理で助かる。
「じゃ、今日にしようか」
「え?」
これにはウルイが驚いた顔をした。
「ウルイが倒れる前にしたい」
ライの言葉にウルイが下を向く。
「気丈に見せているけれど、本当は限界だよね。あれだけ傷が化膿したら痛みが相当なはずだ。そんな状態で過ごすのは無理だろう」
ウルイは困ったように微笑んでライを見てきた。
「僕が死んだらそれでいいから。ライが安全に戻る方法でいい」
落ち着いた声でとんでもない事を言うから、『なんてことを言うのだ!』と叫びそうになってしまった。深呼吸して気持ちを整えた。
「ライを一番に考えていい。僕が足手まといになって、ごめん」
謝ってくるウルイの黒い瞳を見つめた。
「俺はウルイのためだけに生きる。ウルイが死ぬなら俺も死ぬ。いいか、今日だ。夜の二十三時にトイレに起きるんだ。外トイレで会おう。他の人が居たら怪しまれる。俺たちだけになるまで、個室に籠るんだ」
ウルイの落ち着きを見て、なぜウルイが危険な行動をしたのか分かった。ウルイは限界だ。死を覚悟している。
きっと、明日にも倒れるかもしれないと思っている。倒れて働けないと判断されれば処分される。
だから無茶をしてライのために動いたのだ。それを考えるとライの目の奥がジンと熱を持つ。だが、涙をこぼすわけにはいかない。
薄暗い夕闇を見つめてライは唇を噛みしめた。
(ウルイは俺のオメガだ。俺と共に生きるんだ)
心の中で決意が燃え上がった。
心臓がバクバクと嫌な音を立てた。
「すみません。昨日までここで寝ていた人はどうしたのですか?」
ライの反対横に寝る人に聞いた。
「あぁ、昼間に破棄処分になったらしいな」
淡々とした返答にライは怒りの様なものが沸き上がった。
「まだ元気そうでした」
「そうだな。それでも破棄だって言われたんなら仕方ないな」
(仕方ないで済ますな!)
そう怒鳴りたくなったが騒ぎを起こすわけにもいかず、言葉を飲みこんだ。
それ以上周囲と会話することなく古びた布団に潜り込む。そしてザワつく心とは別に、人が居なくなっても、誰も興味を持たないことに安堵した。
これなら脱走してウルイとライが消えても怪しまれない。
そう考えて、人が殺されたかもしれないのに冷徹な自分が嫌になった。こんな環境に居ると狂ってしまいそうだ、とため息をついた。
翌日の作業では片耳の切れた馬を見つけて出来るだけ接触した。
ライが近づくと尻尾を振るようになった。嬉しそうに顔をすり寄せるのも可愛らしい。馬にライを認識してもらえたことが嬉しい。
(一緒にアドレアに行こう)
馬に心で語りかけた。
明るいうちに収容所全体の位置確認、アドレア方向と太陽の位置確認をした。
アドレアに入ったら砂漠が続く。砂漠で方角を見失ったら死ぬ。国境からオアシスまでニ十キロ程度のはずだ。アドレアの国内地図を頭に思い浮かべる。
馬の速度なら二~三時間あれば大丈夫だろう。休憩を入れても夜間のうちに移動を終えられる。
方向さえ間違えなければ、いける。あとは飲料水や少しの食料は必要だ。
どうすれば持ち出せるかを考えなくてはいけない。ウルイを幸せに出来ないままで死ぬわけにはいかない。絶対に生き延びる。
夕食の時間になった。体調が心配でウルイを探した。ウルイがなかなか食事場に現れず、ライの心臓が嫌な音を立てた。
ここに現れなかったら、その意味することを考えると、目の前が歪むような感覚がした。不安と怒りが爆発しそうになった時、食事場にウルイが現れた。
「ウルイ! 大丈夫か?」
すぐに駆け寄った。
「うん。大丈夫。今日も外で食べよう」
顔色が悪いけれど言葉はしっかりしている。だけど、それに騙されてはいけない。ウルイは表向きを取り繕うのが上手だから。
食事を受け取りいつもの廃材場所に向かった。座ったとたんにウルイが食事に目を向けながら小声で話し始めた。
「食べながら話すよ。ライが言っていた左耳が切れた馬の定位置は決まっていない。毎日入れ替わる。どこに居るのか把握するなら、馬小屋に戻した後に確認すれば分かる。試しに今日は最終チェックをしている振りをして場所を確認してきた」
ウルイの危険を冒すような行動にライの心臓がドキリとする。周りに変に思われないように食事に集中している振りをして返事をする。
「ウルイ、危険な事はやめてくれ。ウルイに何かあったら俺は生きる意味を失うよ」
「うん。分かっている。でも、馬を使うなら夜の監視がどこにいるか知りたいかと思って」
監視の位置まで気にかけてくれていたウルイに拍手を送りたかった。
「で、分かった?」
「うん。夜間は監視塔から見ているだけだ。馬小屋と畑周辺は誰もいない。奴隷宿舎の付近は監視があるけれどね」
ライは少し考えてからウルイの手を触った。やはり熱がある。
「ウルイ、足の様子は? 見せて」
ウルイがズボンを上げて包帯をずらす。噛み跡周囲の赤さが酷くなっている。傷が化膿している。
「痛いよな。せめて薬があればいいのに」
「これくらい平気だよ」
困ったように笑うウルイを見て、大丈夫じゃないのだろうと理解した。
「今日は耳の切れた馬の位置は何処だった?」
「畑側の入り口から見て左列の手前から三番目だった」
「どうやって繋いでいる?」
「顔につけた装具から綱で繋いでいる。木枠に綱を結んであるよ」
「鍵はない?」
「結んであるだけだ」
利便性を考えてのことだろうが、雑な管理で助かる。
「じゃ、今日にしようか」
「え?」
これにはウルイが驚いた顔をした。
「ウルイが倒れる前にしたい」
ライの言葉にウルイが下を向く。
「気丈に見せているけれど、本当は限界だよね。あれだけ傷が化膿したら痛みが相当なはずだ。そんな状態で過ごすのは無理だろう」
ウルイは困ったように微笑んでライを見てきた。
「僕が死んだらそれでいいから。ライが安全に戻る方法でいい」
落ち着いた声でとんでもない事を言うから、『なんてことを言うのだ!』と叫びそうになってしまった。深呼吸して気持ちを整えた。
「ライを一番に考えていい。僕が足手まといになって、ごめん」
謝ってくるウルイの黒い瞳を見つめた。
「俺はウルイのためだけに生きる。ウルイが死ぬなら俺も死ぬ。いいか、今日だ。夜の二十三時にトイレに起きるんだ。外トイレで会おう。他の人が居たら怪しまれる。俺たちだけになるまで、個室に籠るんだ」
ウルイの落ち着きを見て、なぜウルイが危険な行動をしたのか分かった。ウルイは限界だ。死を覚悟している。
きっと、明日にも倒れるかもしれないと思っている。倒れて働けないと判断されれば処分される。
だから無茶をしてライのために動いたのだ。それを考えるとライの目の奥がジンと熱を持つ。だが、涙をこぼすわけにはいかない。
薄暗い夕闇を見つめてライは唇を噛みしめた。
(ウルイは俺のオメガだ。俺と共に生きるんだ)
心の中で決意が燃え上がった。
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