手に入らないモノと満たされる愛

小池 月

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久しぶりの発作

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喘息発作
 高校の帰り道。今日は先輩が大学サークルで遅い日。そんな日は、そっと僕のもとの家を見つめる。小掠家では絶対に言えない秘密。なんでこんなに見たくなるのか、僕にもわからない。そんな時には、隆介先輩がいつか言っていた「ハイリスク家庭に育った子供は、なぜか親にすがる」という言葉がよぎる。
僕は、捨てられたのかな。僕の家はハイリスク家庭って呼ばれるような家だったのかな。もしかしたら、僕は見えない虐待を受けていたんだろうか。いや、きっと違う。きっと、本当は違うんだ。家を眺めて、心が空洞になったような虚無感を自分で慰める。これ以上ここに居たらいけない。見つかってはいけない。そして、心の奥底の何かに気づいてはいけない。

 帰ろうと振り返った。視線の先に、こちらに歩いてくる、買い物袋を持った懐かしい姿。お母さん。半年ぶりだ。ジワリと心に浮かんでくる感情。全然変わらないお母さん。そうか、半年だけだもんね。心がドキドキした。もしかしたら、笑いかけてもらえるかも。もしかしたら、優しい声をかけられたりして。どうしよう、何を話せばいい?近づく母に嬉しさと緊張で鼓動が速くなる。
 僕から二メートルの位置で足を止める母。何て声をかけよう。僕、元気だよって伝えたほうがいいかな。そう思って、顔を見た。
 お母さんは、見たこともない怖い顔をして、僕を睨んでいた。心が一瞬で凍えた。母の全身から怒りの感情がにじみ出ている。足が震えた。低い、怖い声が一言。

「あんたなんか、産むんじゃなかった」

 え? 何? 突き刺さる言葉。僕にそれ以上近づくこともせず、もう僕を見ることもせず通り過ぎる母。
僕は動くこともできずその場に立ち尽くした。

 そうか。僕は、直接母と言葉を交わしていなかったから、どこかで期待していたんだ。もしかしたら、僕の心配しているかもしれない、とか。もしかしたら、僕を養子に出したのは、両親の希望じゃなくて児童相談所の人の意見だったかもしれない。仕方なく、そうしたのかもしれない。僕は、捨てられたんじゃないかも。小さな期待が心の底にあったんだ。この希望を壊してはいけない、そう頭が警鐘を鳴らしていたんだ。今になってそれが分かった。
僕は、本当に、捨てられていたんだ。心が打ち砕かれる現実に、母の憎しみの目線に、明かりのついた元の家を見たくなくて、懸命に走った。

 小掠先生から言われていた。
「喘息発作は落ち着いているけれど、喘息は慢性疾患だからね。発作を起こさないように、運動は控えよう。息が切れるような運動はだめだよ。自分の身体と上手く付き合っていくんだよ」
小学校の時から、全力疾走なんてしたことが無かった。今の家に必死で走る間に、二回転んだ。足がもつれる。全身が震えているのと、涙が溢れているせいだろう。速くなる心臓の動きと、ゼイゼイと切れる息の音が耳の奥に響いていた。
 先輩の家が見えている。けど、足が動かない。おかしい。いつもの発作と少し違う。ヒューヒューと鳴る呼吸に、カバンから緊急吸入薬を出したいのに、手が動かない。心臓の速い鼓動だけが耳奥で響いている。力が入らない。目の前がグラグラ揺れる。あぁ、急に走ったからかな。このまま、死ぬのか。心臓が止まりそうだな。いつのまにか、地面が目の前にある。呼吸が出来なくて、苦しい。心臓が、おかしい。「斗真!」先輩の声がする。すごいな。幻聴かも。でも、最期の希望は叶ったな、そう思った。先輩の声も聞けたし、もう、いいや。そのまま、目を閉じた。

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