分身鳥の恋番

小池 月

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Ⅱ章「幸せを運ぶコウノトリと小さな文鳥の幸せ番」

side:加藤幸一⑥

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<守りたい者>

 徹を襲った者たちは、一人も逃がすことなく逮捕された。

徹の父が被害届を出し、全員成人していたため暴行罪で起訴。大学は退学。徹の父が鬼のように怒った。トビは猛禽類なのだと実感した。怒りで攻撃性を表に出した姿には、コウノトリの俺でもゾッとした。

俺の鳥は番を守る正当防衛衝動行為として罪にならなかった。

 徹が襲われた日。徹の会社の顔が利くという病院に連絡し運び込んだ。

誰にも触らせたくなくて、俺がずっと抱きかかえていた。冷えた身体。徹の胸に小さな小鳥。なんで徹なんだ? なんでこんな目にあったんだ? 死なないで。

抱き締めながら、「宮下君を守って欲しい」と言っていた小坂君の声を思い出していた。ピクリとも動かない傷だらけの徹に、涙が止まらなかった。

 その日の夜中に徹が目を覚ました。覚醒すると、まるで息をすることも辛いような呻き声を喉から漏らす。聞いているだけで心臓が震えるような声。苦しいよな。痛いよな。綺麗な顔が腫れ上がり、身体中青あざと腫れと擦り傷。痛々しくて泣けてくる。

 少し前に駆け付けていた徹の両親も泣いていた。呻きながら鎮静剤で寝入る徹を静かに見守った。

「徹は賢い子だ。強く見えるだろうが、小鳥なんだ。この子は幼いころ暴漢に襲われている。その時は、数か所の打撲ですんだが。あの一件は、私たち親のせいでもあった。しっかりと前を向いて世の中を歩いている徹を見て、つい弱い小鳥であることを失念していた。本来、守ってあげるべき存在であった。常に利口に生きて行く徹なら大丈夫だと油断していた。だが、強く前を向いていると思った徹は、必死で前を向いていただけだった。襲われてから、小さな音に怯え、震える姿を見て、徹は大型じゃないのだ、守るべき存在なのだと分かった。もう二度と徹が傷つかないようにしたかった。私は徹を襲った奴らは絶対に許さん。幸一君、君は徹を支えてくれるか? 小学生の時は徹の笑顔が戻るまで数か月かかった。今回はその時の比じゃないだろう。長くなるかもしれん。だが、どうか寄り添ってほしい」

静かに話す徹の父。威厳に満ちた大人が、涙を流して話している。

「俺は一生を徹に捧げると決めています。徹は俺を救ってくれた。俺は徹が傍にいてくれれば、それでいい」
「そうか。どうか、よろしく頼む」
涙を流し、頭を下げる徹の父と母。

「俺が、俺が守るべきでした。俺はいつも徹に助けてもらっていたのに。本当に、すみません」
言いながら泣けた。

そうだ。俺は徹に救ってもらってばかりで、必要な時に守ってあげられなかった。情けない。悔しさに拳を握りしめた。


 九月になり徹が退院した。大学はリモート授業参加が認められた。学内生徒の起こした事件であり大学も特例として許可した。番鳥の俺も同様に許可が出た。

表向きは徹が病気のため、としてある。

徹の名誉のためにも襲われたことは極秘となった。徹の顔や体のあざは綺麗に消えた。でも、徹と徹の文鳥は毎日怯えている。俺に隠すようにしているけれど、身体が、心が震えている。痛々しくて、そっと優しく抱きしめることしかできない。少しでも震えなくていいように、少しでも徹の心が軽くなるように。

何も言わない徹に、何かを伝えようとは思わない。俺も何も言わない。ただ、優しく包み込む。

少し苦しみが楽になりますように。俺のコウノトリも文鳥をそっと羽で包む。徹の心の痛みが無くなりますように。願いを込める。


 秋が過ぎて冬。徹と番鳥になって二回目の冬。

去年は徹が「華やかなクリスマスにしよう!」と張り切ってケーキの注文や料理の注文をした。ケーキの味見だとケーキ屋巡りもした。俺はどれも美味しくて選べなかった。結局徹が決めた。可愛らしいケーキ屋に背筋の凛と伸びた美しい徹。穏やかな目元でケーキを選ぶ姿。楽しかったよな。そうだ、徹が微笑んでいてくれるだけで楽しかった。

懐かしい。俺が未成年だからジュースで乾杯。成人している徹に「酒飲んでいいよ」って伝えた。徹は「一緒に酒を飲む楽しみをとっておく」と笑っていた。

いつも俺に会わせてくれていた徹。俺が過去の苦しさから楽になるように色々考えてくれていた。

徹のお父さんの言葉が心に残っている。
しっかりした徹だから何事も大丈夫だと俺も思ってしまっていた。

俺は徹を守るために何もしていなかった。

後々聞いたら、徹は同学年の襲ってきた四人と時々小競り合いを起こしていたようだ。一方的に言いがかりをつけられていたようだった。中型から大型分身鳥四人に対して一人。

考えただけで腹立たしい。その頃俺は、自分の大学生活が楽しくて、徹の周辺には全く気が向いていなかった。皆の憧れで頼もしい徹の姿しか見ていなかった。徹に甘え切っていた。

 徹はまだ一言も話さない。表情もなく、ぼんやりと一日を過ごす。
今日もそっと抱きしめて「徹、ごめんね」と、心で伝える。


 「幸一君。徹と少し外に出てみないか?」
徹のお父さんからの電話。二日に一回は徹の様子を聞くため、こうして電話がある。

忙しい人達だが徹は親に大事にされている。ただ、徹の怯えが無くなるまでは徹の前には姿を見せないと言っている。徹の両親は大型分身鳥だから。

「外は、まだ無理だと思います」
「誰にも会わないように一日一組限定の温泉宿はどうだろう? 骨折した場所も痛むかもしれんし、温泉に浸かって癒してくるのも良いと思うんだ」

「それなら、いいかもしれません」
徹の様子を伝えて、旅館の話を聞いた。

土日祝日は外がにぎわうから平日にしなさいと言われた。大学のリモート授業を二日休んで行く計画。すでに宿は押さえてあり、車での送迎もしてくれる。それなら大丈夫かな? もしかしたら徹が元気になるかもしれない。ちょっと嬉しくなった。

 徹に温泉に行こうと経緯を伝える。徹が静かにコクリと頷く。抱きしめると震えてはいない。俺の鳥も文鳥を羽の中に抱き入れすり寄っている。

俺の鳥に、「大丈夫そう?」と聞いてみた。「うん。大丈夫そうだよ」急に心に声が届いた。

はっとしてコウノトリを見る。視線は徹の鳥に向けている俺の鳥。数年ぶりに声が聞こえた。嬉しくて大きく深呼吸をする。急にアクションを起こして徹を刺激したらいけない。深呼吸して歓喜に震える心を落ち着かせる。徹の艶髪にそっと軽くキスをする。

徹、俺の鳥が声を届けてくれたよ。本当は、すぐに徹に伝えたかった。
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