44 / 54
Ⅲ章「飛べない鳥と猛禽鳥の愛番」
side:羽田 咲人④
しおりを挟む
玄関から室内に入る。どこの部屋も変わらない造り。一LDK。幼いころは曜日代わりで保育士さんが寝るまで一緒だった。
テレビとソファーにダイニングテーブルがあるリビングダイニングの隣に、脩の寝ている寝室。寝室に静かに入る。石井医師に言われていたから、全てのドアを開けておく。大きな音も立てない。これは閉塞感によるパニックを予防するため。
ベッドで布団にくるまって丸くなっている侑。会いたかった。触れたかった脩が目の前にいる。
こぼれ落ちそうな涙をこらえる。そっと背中だろう部分を撫でる。あぁ、背骨が手に当たる。痛々しい。苦しかったよな。辛かったよな。そう思いを込めて労わるように背中をさする。
撫でる俺に反応しない侑。だけど、薄く呼吸しているのが手に伝わってくる。生きている。手に伝わる温かさ。色々な感情が堪えられなくなり涙がこぼれ、嗚咽が漏れてしまった。喉が「うっ」と鳴ってしまった。
ピクリと動く背中。もう、分かったかな?
「脩」
小さくゆっくり声をかける。脩の背中が動いて大きく呼吸をしたのが分かった。パニックにならないで。お願い。俺だよ、咲人だよ。怖くないから、顔を見せて。変な緊張で心臓がバクバク鳴る。
そっと背中を撫で続ける。背中から震えと緊張が伝わってくる。
「脩」
もう一度、呼ぶ。情けないけれど涙声になってしまった。
名前を呼ぶ以外の言葉が見つからない。
もぞり、と布団が動く。
さっきより小さく、丸くなるのが分かる。これは、拒否だろうか。もう一度声をかけたいけれど、どうしよう。少し考えると、俺のシマフウロウがベッドに降りて脩の顔側に回り込む。驚いてすぐに俺の鳥に語りかける。
『お願いだから、刺激しないで。もしかしたら脩も、可愛いヤンバルクイナも死んでしまうかもしれないんだ』と俺声を届ける。
『でも、ちょとだけ、会いたい』俺の鳥が心に声を届けてくる。それは俺も同じだよ、と返そうとしたとき。
「ヴォッヴォ」
小さく、優しい鳴き声。俺の鳥が、鳴いた。初めて聞く鳴き声。驚いてシマフクロウを見る。布団の中からぴょこんと顔を出す痩せたヤンバルクイナ。
「キョ、キョ、キョ……」
小さなかすれるような声で、ヤンバルクイナが鳴き返す。これ、番鳥の鳴き合い、だ。俺の鳥と、鳴き合った!
感動で心が満たされる。心に温かな感情が流れ込む!
「脩! 聞いたか? 俺たちの鳥、番鳥だ。番だったんだ!」
嬉しくて布団をめくっていた。
俺を見て、俺たちの鳥を見て驚いている侑。青白い顔に、やや紅がさしている。
寄り添う鳥に見とれながら、俺も寝たままの脩を抱き締めた。少しビクリと震える脩。折れそうな身体。以前より低い体温。でも、間違いなく脩だ。溢れる思いが抑えられない。哀れな姿に心が震える。涙が流れる。
そっと脩の頭を撫でる。近くで見ると、白髪が多い。艶のなくなった髪を撫でながら、一言を伝える。
「おかえり」
脩は寄り添う鳥たちをぼんやり見ていた。
その日から俺は脩と一緒に居る。脩の世話を全て引き受けている。脩はほとんどの時間を寝ている。目が開いている時はヤンバルクイナを見つめていることが多い。
産後数週間で日本に帰国しているから体力的にも限界だろう。脩の鳥はやせ細り起き上がれず、俺のシマフクロウに雛のように温められている。
二鳥から温かい気持ちが流れ込んでくる。この優しい温かさが脩を支えていると分かる。
石井医師から、「大きなショック状態から少し体力がつき、気力が上を向いた時が一番怖い。どん底から少し上昇したときに自殺や自傷行為をする可能性がある。気を付けて」と言われている。
俺はもう脩を失いたくない。シマフクロウが羽を広げて威嚇した。『絶対にヤンバルクイナを守る。誰にも渡さない!』と強い意志が伝わってきていた。その思いが心強かった。
アメリカで自傷行為予防として身体抑制をされていたと記載があった。俺は、もう二度と侑に苦痛を与えたくない。自傷行為や自殺危険があるなら、俺が全てから守る。脩の自由を強制的に奪うなんて嫌だ。そう覚悟を決めて侑に静かに寄り添っている。
「脩」
声をかけても脩の反応は薄い。聞こえていても頭に言葉が入っていないように見える。俺を認識できていない。
俺をしっかり見ることが無い。
脩が布団から少し出てきたら声をかけて抱き起している。水を数口飲ませて柔らかい軟飯を口元まで運ぶと、嫌そうに口を開ける。形だけ、というように数口食べてそっぽを向いてしまう。
脩が体力回復しないとヤンバルクイナが元気にならない。『もっと食べさせてよ』俺の鳥がイライラと感情をぶつけてくる。『分かっているから。焦らないで』なだめるように声を届ける。
布団の中に潜ってしまう前にできるだけ脩に食べ物や飲み物を勧める。脩の逃げ場はベッドの布団の中。布団に入ったら、そこは脩だけの場所。
脩の傍に居ながら高校時代の無邪気に甘えてきた脩を思い出す。その度に目の前の現状に悲しみと怒りと表現できない感情で、鼻の奥がツーンとした。
テレビとソファーにダイニングテーブルがあるリビングダイニングの隣に、脩の寝ている寝室。寝室に静かに入る。石井医師に言われていたから、全てのドアを開けておく。大きな音も立てない。これは閉塞感によるパニックを予防するため。
ベッドで布団にくるまって丸くなっている侑。会いたかった。触れたかった脩が目の前にいる。
こぼれ落ちそうな涙をこらえる。そっと背中だろう部分を撫でる。あぁ、背骨が手に当たる。痛々しい。苦しかったよな。辛かったよな。そう思いを込めて労わるように背中をさする。
撫でる俺に反応しない侑。だけど、薄く呼吸しているのが手に伝わってくる。生きている。手に伝わる温かさ。色々な感情が堪えられなくなり涙がこぼれ、嗚咽が漏れてしまった。喉が「うっ」と鳴ってしまった。
ピクリと動く背中。もう、分かったかな?
「脩」
小さくゆっくり声をかける。脩の背中が動いて大きく呼吸をしたのが分かった。パニックにならないで。お願い。俺だよ、咲人だよ。怖くないから、顔を見せて。変な緊張で心臓がバクバク鳴る。
そっと背中を撫で続ける。背中から震えと緊張が伝わってくる。
「脩」
もう一度、呼ぶ。情けないけれど涙声になってしまった。
名前を呼ぶ以外の言葉が見つからない。
もぞり、と布団が動く。
さっきより小さく、丸くなるのが分かる。これは、拒否だろうか。もう一度声をかけたいけれど、どうしよう。少し考えると、俺のシマフウロウがベッドに降りて脩の顔側に回り込む。驚いてすぐに俺の鳥に語りかける。
『お願いだから、刺激しないで。もしかしたら脩も、可愛いヤンバルクイナも死んでしまうかもしれないんだ』と俺声を届ける。
『でも、ちょとだけ、会いたい』俺の鳥が心に声を届けてくる。それは俺も同じだよ、と返そうとしたとき。
「ヴォッヴォ」
小さく、優しい鳴き声。俺の鳥が、鳴いた。初めて聞く鳴き声。驚いてシマフクロウを見る。布団の中からぴょこんと顔を出す痩せたヤンバルクイナ。
「キョ、キョ、キョ……」
小さなかすれるような声で、ヤンバルクイナが鳴き返す。これ、番鳥の鳴き合い、だ。俺の鳥と、鳴き合った!
感動で心が満たされる。心に温かな感情が流れ込む!
「脩! 聞いたか? 俺たちの鳥、番鳥だ。番だったんだ!」
嬉しくて布団をめくっていた。
俺を見て、俺たちの鳥を見て驚いている侑。青白い顔に、やや紅がさしている。
寄り添う鳥に見とれながら、俺も寝たままの脩を抱き締めた。少しビクリと震える脩。折れそうな身体。以前より低い体温。でも、間違いなく脩だ。溢れる思いが抑えられない。哀れな姿に心が震える。涙が流れる。
そっと脩の頭を撫でる。近くで見ると、白髪が多い。艶のなくなった髪を撫でながら、一言を伝える。
「おかえり」
脩は寄り添う鳥たちをぼんやり見ていた。
その日から俺は脩と一緒に居る。脩の世話を全て引き受けている。脩はほとんどの時間を寝ている。目が開いている時はヤンバルクイナを見つめていることが多い。
産後数週間で日本に帰国しているから体力的にも限界だろう。脩の鳥はやせ細り起き上がれず、俺のシマフクロウに雛のように温められている。
二鳥から温かい気持ちが流れ込んでくる。この優しい温かさが脩を支えていると分かる。
石井医師から、「大きなショック状態から少し体力がつき、気力が上を向いた時が一番怖い。どん底から少し上昇したときに自殺や自傷行為をする可能性がある。気を付けて」と言われている。
俺はもう脩を失いたくない。シマフクロウが羽を広げて威嚇した。『絶対にヤンバルクイナを守る。誰にも渡さない!』と強い意志が伝わってきていた。その思いが心強かった。
アメリカで自傷行為予防として身体抑制をされていたと記載があった。俺は、もう二度と侑に苦痛を与えたくない。自傷行為や自殺危険があるなら、俺が全てから守る。脩の自由を強制的に奪うなんて嫌だ。そう覚悟を決めて侑に静かに寄り添っている。
「脩」
声をかけても脩の反応は薄い。聞こえていても頭に言葉が入っていないように見える。俺を認識できていない。
俺をしっかり見ることが無い。
脩が布団から少し出てきたら声をかけて抱き起している。水を数口飲ませて柔らかい軟飯を口元まで運ぶと、嫌そうに口を開ける。形だけ、というように数口食べてそっぽを向いてしまう。
脩が体力回復しないとヤンバルクイナが元気にならない。『もっと食べさせてよ』俺の鳥がイライラと感情をぶつけてくる。『分かっているから。焦らないで』なだめるように声を届ける。
布団の中に潜ってしまう前にできるだけ脩に食べ物や飲み物を勧める。脩の逃げ場はベッドの布団の中。布団に入ったら、そこは脩だけの場所。
脩の傍に居ながら高校時代の無邪気に甘えてきた脩を思い出す。その度に目の前の現状に悲しみと怒りと表現できない感情で、鼻の奥がツーンとした。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
55
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる