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Ⅱ 次期王となる竜人皇子と罪人の子の許愛

レイの失踪

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<レイの失踪>
 オリバー様が公務で不在の昼すぎ。陛下が来られた。初めてこんな近くで見る。威厳がある。穏やかな目元。だけど、目力が、圧がすごい。
「固くならずに。オリバーの事で話がある。あまり時間がない。私の要求を言おう。オリバーから離れてほしい。オリバーは王家を継ぐ者。人と婚姻はできない。王家の卵を残さなくてはいけないからだ。もし、君がオリバーと共にいるならば、オリバーは廃太子として王家から出される。意味が分かるかな?」
「……はい」
怖い。反射的に返事をする。何て言った?オリバー様が皇子じゃなくなる? 僕といたら、良くない? あの、輝く人が輝きを失う?
「困らないようにする。人間の社会に戻り、ここの事は忘れてほしい」
「……はい」
これまでの癖で、とにかく返事が口から出てしまう。
「君はオリバーを説得できる自信があるかな?」
陛下を見る。オリバー様に似ている目つき。オリバー様を、説得。出来ないだろう。首を横に振る。
「ならば、手紙を書くように。今すぐにここを離れる。この者が君の過ごせる環境を用意してある。全ての責任は私が持とう。さあ、急いで」
オリバー様に手紙。これでもう会わない。そういうことだよね。お元気で、と書けばいいのか。オリバー様の顔を思い浮かべる。優しい手。いつも僕をじっと見つめる瞳。でも住む世界が違うのだ。あの夜、光城と影の城を見比べて、分かったことだ。ここは、温かい場所だった。優しいオリバー様。夢のような時間だった。本当に、夢だっただけだ。
心を込めて一言を書く。
陛下の後ろにいた中年の竜人が「急ぎましょう」と僕を誘導する。
「少しだけ、待ってください」
お風呂場に急ぐ。ラベンダーローズの石鹸。これは持っていきたい。オリバー様の匂い。さっとハンカチに包む。いつもの侍従も侍女もいない。陛下が人払いしている。まるで、ここに来た時みたいだ。急なこと過ぎて涙も出ない。「早く」と促され、足早に部屋を後にする。


<オリバー>
 「レイはどこだ!」
レイがいない。名前を呼んでも出てこない。困った顔のフロア管理者から手紙を渡された。一言書かれた手紙。胸がドキリとする。どういうことだ。部屋の中を探し回る。侍従や侍女が、心配そうにこちらを見ている。
「昼間、陛下がご訪問されました。陛下は、レイ様以外人払いをされました。陛下の付き人から、手紙を預かり部屋に戻ると、レイ様はいらっしゃいませんでした。」
青い顔でフロア管理者が説明する。父上! 何をした。レイをどこにやった!
「すぐに父上のもとに行く! 光城に連絡をせよ!」

父である陛下の執務室。強くノックをして入る。
「急に、どうした?」
「父上、レイをどうしたのです?」
怒りが抑えられない。睨みつけてしまう。
「おちつけ。座るように。カイトも呼んでいる」
「なぜ、カイト? カイトは関係ない! レイの事を聞いている!」
落ち着いた様子の陛下にイライラする。
「オリバー、カイトも聞いてほしい話だよ。落ち着くんだ。レイ・バートは安全な場所にいる。大丈夫だ」
「お呼びですか?」
カイトが入室する。俺を見て、「どうした?」と聞いてくる。
「父上がレイを隠した。誘拐だ」
「え? 冗談でしょう?」
「いや。本当だ。オリバーとカイトにきちんと聞いてほしい。そのうえで考えてほしいのだ。繰り返すが、レイ・バートは保護している。大丈夫だ」
「さて、オリバー。ここのところ、色々と聞くが。報告すべきことがあったのではないか?」
「そのうち、するつもりでした。知っているからレイを隠したのでしょう。俺は人であるレイ・バートを愛している。竜人ではないが、伴侶にしたい。生涯を一緒に過ごしたい。そう願っています」
「そのようだな。レイが竜人なら歓迎される。だが、人ではだめだ。オリバーは次期国王たるもの。オリバーには竜人と絆を作り、卵を残す義務がある。竜人を伴侶にできなければ廃太子として王家から、城から出ることになる。カイト、これについてどう思う?」
「う~ん。オリバーは王位に就くべきだと思います。俺より、資質がある。俺はオリバーをサポートするのが得意だし。オリバーの廃太子は絶対に避けたい。オリバーと共に歩んでいきたい。アレクと共に兄弟三人で一緒に歩んでいきたい」
「うむ。私もそう考える。竜人は双子か三つ子が多い。その中で、先に生まれる男児が一番強い力と恵みを持つ。家督を継ぐのが男長子なのはそこからきている。しかし、竜人が一人と決めた相手と生涯を共にしていくことも、また自然のことだろう。オリバーはレイ・バートが生涯の相手だと確信しているな。だが、王家に人が嫁ぐことはできない。人が王家の血縁になれば、争いの種になる。オリバー、冷静に考えるのだ。噂はとうに広まっている。今後、レイ・バートと共に城を離れて貴族として生きていくか、家族と共に王家を守るか」
一息をついて、父上が続ける。
「レイ・バートには、人間社会で生きていく場所を与えてやるのがベストではないか? なぜ城に連れてきた? レイ・バートの意思か? 誰の意思だ?」
カイトがこちらを見ている。
「俺の意思で連れてきました。レイに惹かれて、自分のものにしたかった。当初、レイの気持ちを無視していたのは確かです。ですが、理解し合いました。お互いにともに生きていく約束もしました。俺は、レイを幸せにしたい」
陛下が、カイトが俺を見る。
「家族よりも、王家の継承よりも大切なのか」
深呼吸して、答える。
「はい。王位はカイトが継げばいい。アレクがランドールと共に支えるでしょう。ランドールは優秀です。王家は守られる。ですが、レイには俺しかいない。俺にもレイしかいない。罰は受けます。竜人区の隅にでも、こっそり住んで生きてゆきます。レイを守っていける場所があれば、それでいい」
二人を見つめて、宣言する。
大切なものは、一つしか選べないのか。
アレクの顔が浮かぶ。ランドール、姉さま。みんな切り捨てないと、レイは選べないのか。悔しくて涙が出る。
「なるほど、な。オリバーの気持ちは、よくわかった」
「俺は王位なんか向いていない。勝手に決めないでほしいよ」
困り顔のカイト。
「レイ・バート。君はどう思う? 出ておいで」
カタンと音がして、父の机下からレイが出てくる。涙でグショグショの顔だ。
「僕は、僕は、オリバー様には、何も失ってほしくない。僕のせいで、オリバー様が皇子じゃなくなるのは、いやです。そんなのは、いやです。僕が、いなくなります」
泣きながら、膝をつくレイ。すぐに傍に寄り添う。
「それは違うよ、レイ。俺はレイと生きていきたいんだよ。俺の傍にいてくれ」
父上とカイトに向かい、膝をつき姿勢を正す。
「国王陛下、カイト皇子、どうか私をお許しください。大切なものを一つしか選べないのなら、俺はレイを選びます」
父上がため息をつく。
「オリバー、楽にしなさい。お前の覚悟は分かった。ここまでの話は、何となく決められてきた暗黙の王室ルールだ。ここからは、父親としての気持ちを伝えよう。アレクも聞こえているかな?」
陛下がデスクの上のパソコンをこちらに向ける。テレビ電話がつながっている。画面にはアレクとランドール。アレクは泣いている。
陛下がパソコンのスピーカーをオンにする。
「オリバー。いなくならないで……」
画面から声がする。
「私はオリバーを手放すつもりはない。息子はいくつになっても可愛いものだよ。アレク、大丈夫だ。さぁ、家族会議だな。オリバー、レイ、椅子に座りなさい。我が王妃にも入ってもらおうかな」
ドアから母上が入室する。全て聞いていたのだろう。俺とレイに微笑み、ひとつ頷き父上の横に座る。陛下の執務室は広いが、王族がこれだけ集まると圧巻だ。
「私は、王族であっても、息子たちには全員幸せになってほしい。オリバー、大切なものは沢山あっていいのだ。一つしか選べないことはない。人生を歩めば大切なものはどんどん増えていく。それらを切り捨てることはない。自分だけで守ることは困難な事も、誰かと手をつなげば、その腕の中にはたくさんの大切が入るだろう。一人で抱えるよりずっと多くのものを守れる。オリバー、レイを伴侶にし、将来の王妃殿下としてはどうか。私はそれが一番いいかと思っている。貴族や竜人たち、人間にも理解してもらうことが大切だ。うまくいけば、平和の象徴となり二つの種族の架け橋となりえるだろう。失敗すれば、不満が増え不幸な結果を生むかもしれん。王族が勝手をすると思われてはいけない。私たち家族がオリバーを、家族となるレイを、手をつないで守っていかないか? みなの祝福が得られるように。この輪を広げていけるように。どうだろう?」
涙が止まらない。俺は何も手放さなくていいのか。
「父上、僕は出来る限りのことをしたい。ランドールと一緒に、僕が大切なオリバーを、レイさんを守りたい」
画面の向こうからアレクが答える。いつも守りたいと思っていたアレクが、守ってくれるのか。心が温かなもので満ちてくる。
「もちろん俺も。やっぱり父上はすごいな。かなわない。俺は、卵はアレクのとこにできると思うよ。王の子を王にしなくてもいい。時代に合わせて王族のあるべき姿も変えていこう。そうして人との共存も神の恵みも、形を変えながら、守っていけばいいじゃないか」
カイトも応えてくれる。
「決まりだな。では、まず、オリバー。お前は閉塞的になりすぎないように、な。熱中すれば、周りが見えなくなるのは少し直せ。カイトやランドール、アレクの意見をよく聞くように。直そうとしても自分じゃわからん欠点は、信用できる者の力を借りよ。その声を良く聞くように。そうして自己を高める事で、オリバーという次期王の価値を皆に示せ。人の社会に顔を出し、貴族たちに顔を見せ、存在を確たるものにしていくのだ。レイを認めさせるために、必ず必要なことだ」
父上がニカッと笑う。
「家族で、オリバーを支えていこう。私たちは王族一家だぞ? できないことはないさ! 素晴らしい結末になるぞ。ゆっくり作戦を練っていこう。楽しくなってきた!」
「あなたは変わらないわね。いたずらを考えるときの顔ね」
母上が嬉しそうに陛下を見る。
父上がレイに向き合う。
「レイ、これからの君の役目は、オリバーのお尻を叩くことだぞ。そのバカ息子は、すぐにサボる。気づくと上手い事カイトに仕事を押し付けている。そんな時は、君がケツをぶっ叩け! これは国王である私がレイに与える特権だ。存分に使ってよいぞ。専用のケツ叩き棒でも贈ろうか」
「あ、それは俺からもお願いするよ。オリバーの分、残業の山なんだよ~」
はぁ、とわざとらしくため息をつくカイト。
「え? ええ?」
レイがびっくりして目を白黒させている。
「レイ、冗談だから」
皆の温かさで、部屋の空気が温まる。
「あの、僕は、ケツ叩き棒に、布を巻くといいと思うよ。痛いのはオリバーがかわいそうだよ」
画面の奥から心配そうな声がする。
「まてまて、アレク。父上の冗談だから。本気にするな」
「本気だぞ?」
父上の声に皆が笑った。


<国王のつぶやき>
 これでいい、と思った。上に立つものが孤独ではいけない。苦難を乗り越え強くなってほしい。人間の王妃殿下か。いいじゃないか。愛情深い子たちに育ってくれて、神と天に感謝する。
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