アルファ王子に嫌われるための十の方法

小池 月

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Ⅴ 突然の転落

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 久しぶりの自室に戻る。自室と言ってもカロール殿下の隣部屋。しかも、寝室は扉で繋がっていた。リンの部屋から開かない寝室のドア。これがカロール殿下の部屋側からは開く。そういう事か、とリンは納得した。

 侍女を下がらせ自室のデスクに向かう。カロール殿下が不在のうちにリンがやるべきことがある。深呼吸して便せんにペンを走らせる。

『親愛なるセレスへ』
そう書いた後が続かなくてペンが止まる。セレスはリンを待っているのだろうか。心がズキッとして溜息をつく。

「僕はセレスを裏切ったことになるのかな」
悲しい気持ちでリンは机に突っ伏す。腕のブレスレットを触り反射を見つめる。その時。

「リン・ジャルルはどこだ!」
急な大声と多人数の足音。驚いてリンは椅子から飛び起きる。バターーンとドアが乱暴に開けられる音。

「な、何事、ですか?」
恐怖で声が震える。そんなリンに構わず、屈強な武装兵たちがリンを後ろ手に縛りあげる。意味が分からずリンはパニックになる。

「やめて! はなして!」
両脇を抱えられて、強制的に膝をつく姿勢を強要される。恐怖でリンの心臓が限界までバクバク早鐘を打つ。緊張で眩暈がする。

「どきなさい!」
高い女性の声とともに、兵士をかき分けリンの目の前に立つ女性。誰なのかリンには全く分からない。リンを上から見下ろす女性。

「フン! 田舎伯爵家ごときが!」
女性の声と共にリンの頬に痛みが走る。パンっと鳴る音とリンの揺れる視界。続けて三回ぶたれたあと、床に倒れるリンの顔を足で踏む女性。

何が起きているのか、リンには全く理解が出来なかった。痛みと驚きでリンの息が上がる。

「勘違いしているんじゃないわよ! カロール殿下の婚約者は私なのよ! 妃殿下になるのは、この私。ダロ侯爵家令嬢の私なのよ! 田舎の泥棒猫が!」

リンの顔を踏みつけていた足でリンを蹴り上げる女性。咳き込みながらリンは女性を見上げた。

「地下牢に入れなさい! 国王陛下と王太子殿下が不在の今は、我が侯爵家が裁判権と刑罰執行権を持つわ! この泥棒猫を即日裁判にするわ!」


 リンは初めて牢屋を経験した。地下の石壁の部屋。カビ臭くて土の床が汚さを物語っている。窓のない地下の部屋。水ももらえない状況。手に鎖をつけられて壁の鉄杭に繋がれる恐怖。身体の震えが止まらなかった。


 鎖につながれたまま、その日の日没時刻にリンは国法裁判所に連行された。

リンの理解が付いて行かず足元がふらついた。ふらつくと鞭打たれた。背中に走る痛み。皮膚が裂けて血の匂いがした。こんな激痛知らない。見世物をみるかのような嘲笑の視線も知らない。痛みと恐怖に涙が流れる。

「起きろ!」と言われて立ち上がったが、リンはその場に崩れ落ちた。するともう一度、鞭を打たれた。その痛みに自分の声と思えない悲鳴を上げた。

周囲からは笑い声が聞こえた。歩かなくては、これ以上打たれれば死ぬかもしれない。そんな恐怖に必死で足を進めた。

 リンは中央の被告台に立たされて、手の鎖を被告台に繋がれた。痛みと苦しさで頭がフラフラした。現実とは思えなかった。

「罪状を読み上げる! 被告、リン・ジャルル! ジャルル伯爵家次男オメガ。リンはカロール王太子婚約者に選ばれながら、わが国に定める一夫一妻制度に反し、愛人との関係を持った。これは王家への反逆と不貞を働いた大罪人である!」

「えぇ? いやらしい!」
「最低なオメガだわ!」
「反逆者め!」

様々な罵声が飛ぶ。リンは頭がグラグラして立つことで精一杯だった。

「コレが証拠である。リンは王太子の婚約者という有難い立場でありながら、王子殿下に嫌われるための作戦などを作っている。王家への侮辱行為である! また、婚約前には恋人がいて、さらに本日殿下の不在時に恋文を送ろうとしていた! 裁判長、証拠を提出します!」

警備兵が文書を裁判官に提出する。その様子をぼんやりとリンは目で追った。

「しっかり立て! この犯罪者が!」
リンを連行してきた兵士に髪の毛を掴まれて顔を上に向けられる。リンは唸り声を上げることしか出来なかった。

「これは、明らかな証拠と認める!」
裁判官の大きな声。

「犯罪者! 裏切り者!」
「汚いオメガめ!」
周囲のざわつく声。

「判決を下す! リン・ジャルルは不貞罪として不義の焼き印、さらに反国罪として国外追放に処する!」

響き渡る声をリンは遠くに聞いていた。もう、何が起きているのか分からなかった。



「やあああぁあ――!」
自分の悲鳴とは思えない声が出た。

服を裂かれて処罰台にうつ伏せに縛られ、背中に焼けた鉄を押し当てられた。右の肩甲骨の近く。肉の焼ける音。焦げる匂い。骨の髄まで響く痛み。リンの体が痙攣した。狂うような苦痛に、リンはそのまま意識を失った。暗闇に落ちる前にカロール殿下の優しい笑顔が浮かんだ。

(カロールさま、たすけ、て)
リンは瞼の裏のカロール殿下に声をかけた。



 冬になり寒い森。雪はまだ降っていない。数日間荷馬車に揺られて、リンはどこかの森に捨てられた。リンは自分が生きているのが不思議な状況だった。

「田舎オメガがいい気になったからよ! 身の程を知りなさい!」
高い怒鳴り声がリンに落ちてくる。

「国外追放ですからね。この不法の森に捨ててあげる。本当は皆の前で公開処刑にしてやりたかったけれど。侯爵家の権力では死刑は出来ないのよ。残念だわ。ま、いいわ。ここで獣の餌にでもなるがいい。生き延びられたらまた会いましょう、王太子殿下の元婚約者さん。そうそう、この『アルファ王子に嫌われる十の作戦』はお返しするわね。あはは、こんなものを作って、お子様ね!」

地面に横たえるリンに掛けられる言葉。

「あぁ、寒いわね。もう王都に戻りましょう」
「お嬢様、この者に毛布や食料は置いて行きますか? 国外追放の場合、法律上は……」

「うるさいわね! 何も与えなくていいのよ! どうせ死ぬのだから!」
「は! 申し訳ありません!」

リンを置き去りにして走り去る馬車の音をリンは聞いていた。全身が痛くて苦しくて、呼吸するだけで精一杯だ。

焼き印をされた背中が熱くて痛い。右腕全体が触れるだけでびりびり痛む。もう、死ぬのだとリンは思った。神様に痛みと苦しみをとってくださいと願った。死ぬのなら楽に逝かせてください、そう願いリンは涙を流した。目を開けているのが辛くて瞼を閉じる。

(カロール殿下は、まだ、視察かなぁ)
そんな呑気な考えがリンの頭に過る。苦しい中に思い浮かぶのはカロール殿下の事ばかり。
(もう、会えないのか)
そう思うと、悲しくて寂しくて、目から熱いものがこぼれる。

『ホーー、ホーー』
消えそうな意識の中で、よく知っているフクロウの羽音が聞こえた気がした。

(ルー?)

声に出して呼びたかったが、リンにはもう声を出す力が無かった。



「おい、大丈夫か!」
「ワンワン!」
犬の声に、人の声? だろうか。

薄っすら聞こえる周囲の音。『助けてください』そう言いたいのに声が出ない。声どころかリンは瞼を持ち上げて目を開けることも出来ない。

「こんな冬に破けたシャツ一枚か。あ、これは罪人の焼き印、か。新しいな。ん? おい、これ、これってアローラ国の上級貴族や王族縁の者じゃないか? ほら、金の保護帯だ。ん? なんだ? この紙。この匂い……」

「あ、これは、そうですね。どうします? 捨てて置きますか? 連れ帰っても死にそうですけど」
「連れて帰る。アローラ国の王族であれば、見捨てたことで我がザザ国との国交問題になるかもしれん」

『ホーー、ホーー』
時折ルーの声が聞こえてリンは少しだけ嬉しかった。

「それにしても利口なフクロウだな。我らをここに導いて。あのフクロウのためにもこの者は保護する。城に連絡を!」

薄ぼんやりと声を聞きながら、痛みと苦しさにリンは意識を手放した。
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