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Ⅲ ダイエットには運動も!
⑥
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「食器サンキュ。なぁ、食後の運動しない?」
洗い物が終わってリビングに来た酒井に声を掛けた。
「何やる?」
「スイッチの全員でスポーツ」
「いいね! 凛太朗と対戦?」
「いやいや、酒井に勝てる気がしない。僕とチームでどう?」
「最高。やろ!」
ゲームソフトの『全員でスポーツ』はテニスやバスケット、野球などあらゆるスポーツ競技がバーチャル対戦できる。手足に着けたセンサーで感知する運動ゲームだ。
これは、あまり外出しない凛太朗のために親が買ってくれたゲームだ。大きなお世話だ、と反発心からこれまで出番なしのゲームソフトだが、酒井となら楽しく出来そうだ。
「どれ選ぶ?」
「あ、バレーボールがいい」
「経験者?」
「うん。小学校のスポーツクラブで」
チラリと酒井を見て、運動していた感じの身体だと思っていたから納得した。
だけど、ゲームを開始したら大爆笑の嵐だった。
「酒井! お前、タイミングが早いって! ほら!」
「くっそ、本当のバレーボールなら、打ててるんだって!」
「あぁ、また負けた!」
「あはは。スポーツ経験者が有利ってわけじゃないのか」
「ダメだこりゃ。AI独自の動きについて行けん」
降参とばかりにソファーに酒井が座り込んだ。笑いながら時間を見れば一時間もゲームしていた。
「良い運動、というか遊び過ぎたかもな。少し勉強する?」
「ん。早く課題終わらせて凛太朗と遊びたいから、やる」
夏休みはまだまだ長い。始めに課題を終わらせて遊びたい気持ちは凛太朗も同じだった。酒井と映画見て、ゲーセン行って、買い物なんかも楽しみたい。そんな思いが同じだと思うと、また胸がホワッと温まる。良い気分になり、酒井の頬をツンツン触った。
「ほっぺたが締まった。もうムニムニ出来ないな」
「まぁな。ツンツンで勘弁して」
「つーか、拒否しないのかよ。酒井、心が広いなぁ」
「凛太朗だから、ね」
急に意味深に「ね」と訴えかけてくるが、凛太朗には意味が分からず首を傾げた。そのまま宿題に取り組んで、夏休み初日を終えた。
これから毎日が賑やかだと思うと凛太朗は顔がニヤけて仕方なかった。少しだけスキップしたい気分だった。
一週間のうち、水曜日は完全に一日遊ぶ日にしようと酒井と決めた。毎日勉強などやっていられない。夏休みに入って初めての水曜日に、酒井と床屋に行く約束をした。凛太朗が通っている床屋は自宅から歩いて十分にある。髪を切ったらそのまま駅に出て遊ぼうと決めている。
いつもの九時半に『ピンポーン』とチャイムが鳴り酒井が来た。
「おはよ」
「はよ。ちょっと家で涼んでから行こう」
「うん。歩くと暑いぞ」
酒井の首を見れば汗が流れている。
「タオル持ってくるよ」
「いいよ。ハンカチで」
慣れた様子で酒井がリビングに向かった。ソファーに座る前にちゃんと汗を拭いているところが酒井らしい。
「はい。麦茶飲んで」
「サンキュ」
ごくごくっと音が聞こえそうに麦茶が酒井に吸い込まれる。その喉の動きに惹きつけられる。
「何? やっぱ汗、気になる?」
凛太朗の視線に気が付いて酒井が麦茶を飲む手を止めた。
「いや、違くて。ごめん」
凛太朗は直ぐに目線をはずして出かけるための準備をした。ふと眼鏡をどうしようかと思ったが、酒井とのお出かけだから無しにしようと思った。
「今行けば十時前に着くかな。行けそう?」
コクリと頷く酒井と一緒に家を出た。
「なぁ、酒井は僕の通っている床屋で良かったのか? 酒井の通っているとこじゃなくていいの?」
「うん、別に。それより、髪型変わるのは小学生ぶり。やべ、ちょい緊張する」
隣の大きな酒井を見上げた。緊張すると言いながら頬はニコリとあがっている。これなら大丈夫そうだ。
「髪型変わった新酒井を僕が一番に見るのか。マジ楽しみ」
エヘヘと笑いかければ酒井の頬が紅く染まった。
無言になった酒井の肩から腕に目を向けて、締まった腕に頑張りが見えて嬉しくなった。きっかけは些細な事だが、これほど真剣に痩せることに取り組んでくれるとは思わなかった。ふと、あの時にからかって来た陽キャクラスメイトの顔が浮かんだ。
(酒井は何のために痩せようと思えたんだろう? 僕は彼らに酒井が目を付けられないようにって不安だっただけだ。僕が学級委員として揉め事は避けたいって思っただけだ。酒井は、何を考えていたんだろう?)
凛太朗はそもそも、酒井が痩せたい理由を知らない事に気が付いた。それに気が付くとハッと立ち止まってしまった。
「凛太朗?」
酒井の心配そうな声がした。
(酒井が本当は痩せたくなかったとしたら、僕が勝手に強要しているだけだ。それに、酒井は本当に髪を切りたいのかな。酒井は、本当はどうしたい? 僕がしているのは、酒井に負荷をかけている、だけ――?)
考え出すと不安が大きくなり目の前が揺れた。血の気が引いて、太陽が頭の中まで焼き尽くすような錯覚がした。耳鳴りがうるさい。
「凛太朗!」
大きな声と共にグイっと引き寄せられて大きな身体に包み込まれた。暗転した視界が気持ち悪くて目を閉じた。
洗い物が終わってリビングに来た酒井に声を掛けた。
「何やる?」
「スイッチの全員でスポーツ」
「いいね! 凛太朗と対戦?」
「いやいや、酒井に勝てる気がしない。僕とチームでどう?」
「最高。やろ!」
ゲームソフトの『全員でスポーツ』はテニスやバスケット、野球などあらゆるスポーツ競技がバーチャル対戦できる。手足に着けたセンサーで感知する運動ゲームだ。
これは、あまり外出しない凛太朗のために親が買ってくれたゲームだ。大きなお世話だ、と反発心からこれまで出番なしのゲームソフトだが、酒井となら楽しく出来そうだ。
「どれ選ぶ?」
「あ、バレーボールがいい」
「経験者?」
「うん。小学校のスポーツクラブで」
チラリと酒井を見て、運動していた感じの身体だと思っていたから納得した。
だけど、ゲームを開始したら大爆笑の嵐だった。
「酒井! お前、タイミングが早いって! ほら!」
「くっそ、本当のバレーボールなら、打ててるんだって!」
「あぁ、また負けた!」
「あはは。スポーツ経験者が有利ってわけじゃないのか」
「ダメだこりゃ。AI独自の動きについて行けん」
降参とばかりにソファーに酒井が座り込んだ。笑いながら時間を見れば一時間もゲームしていた。
「良い運動、というか遊び過ぎたかもな。少し勉強する?」
「ん。早く課題終わらせて凛太朗と遊びたいから、やる」
夏休みはまだまだ長い。始めに課題を終わらせて遊びたい気持ちは凛太朗も同じだった。酒井と映画見て、ゲーセン行って、買い物なんかも楽しみたい。そんな思いが同じだと思うと、また胸がホワッと温まる。良い気分になり、酒井の頬をツンツン触った。
「ほっぺたが締まった。もうムニムニ出来ないな」
「まぁな。ツンツンで勘弁して」
「つーか、拒否しないのかよ。酒井、心が広いなぁ」
「凛太朗だから、ね」
急に意味深に「ね」と訴えかけてくるが、凛太朗には意味が分からず首を傾げた。そのまま宿題に取り組んで、夏休み初日を終えた。
これから毎日が賑やかだと思うと凛太朗は顔がニヤけて仕方なかった。少しだけスキップしたい気分だった。
一週間のうち、水曜日は完全に一日遊ぶ日にしようと酒井と決めた。毎日勉強などやっていられない。夏休みに入って初めての水曜日に、酒井と床屋に行く約束をした。凛太朗が通っている床屋は自宅から歩いて十分にある。髪を切ったらそのまま駅に出て遊ぼうと決めている。
いつもの九時半に『ピンポーン』とチャイムが鳴り酒井が来た。
「おはよ」
「はよ。ちょっと家で涼んでから行こう」
「うん。歩くと暑いぞ」
酒井の首を見れば汗が流れている。
「タオル持ってくるよ」
「いいよ。ハンカチで」
慣れた様子で酒井がリビングに向かった。ソファーに座る前にちゃんと汗を拭いているところが酒井らしい。
「はい。麦茶飲んで」
「サンキュ」
ごくごくっと音が聞こえそうに麦茶が酒井に吸い込まれる。その喉の動きに惹きつけられる。
「何? やっぱ汗、気になる?」
凛太朗の視線に気が付いて酒井が麦茶を飲む手を止めた。
「いや、違くて。ごめん」
凛太朗は直ぐに目線をはずして出かけるための準備をした。ふと眼鏡をどうしようかと思ったが、酒井とのお出かけだから無しにしようと思った。
「今行けば十時前に着くかな。行けそう?」
コクリと頷く酒井と一緒に家を出た。
「なぁ、酒井は僕の通っている床屋で良かったのか? 酒井の通っているとこじゃなくていいの?」
「うん、別に。それより、髪型変わるのは小学生ぶり。やべ、ちょい緊張する」
隣の大きな酒井を見上げた。緊張すると言いながら頬はニコリとあがっている。これなら大丈夫そうだ。
「髪型変わった新酒井を僕が一番に見るのか。マジ楽しみ」
エヘヘと笑いかければ酒井の頬が紅く染まった。
無言になった酒井の肩から腕に目を向けて、締まった腕に頑張りが見えて嬉しくなった。きっかけは些細な事だが、これほど真剣に痩せることに取り組んでくれるとは思わなかった。ふと、あの時にからかって来た陽キャクラスメイトの顔が浮かんだ。
(酒井は何のために痩せようと思えたんだろう? 僕は彼らに酒井が目を付けられないようにって不安だっただけだ。僕が学級委員として揉め事は避けたいって思っただけだ。酒井は、何を考えていたんだろう?)
凛太朗はそもそも、酒井が痩せたい理由を知らない事に気が付いた。それに気が付くとハッと立ち止まってしまった。
「凛太朗?」
酒井の心配そうな声がした。
(酒井が本当は痩せたくなかったとしたら、僕が勝手に強要しているだけだ。それに、酒井は本当に髪を切りたいのかな。酒井は、本当はどうしたい? 僕がしているのは、酒井に負荷をかけている、だけ――?)
考え出すと不安が大きくなり目の前が揺れた。血の気が引いて、太陽が頭の中まで焼き尽くすような錯覚がした。耳鳴りがうるさい。
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