恋愛天使、黒猫リカルの償い

Ⅰ 恋愛天使のリカル

⑤

　リカルはマンションに戻り、咲良と呼ばれていた女性の様子を見た。
　咲良は泣き止み、ソファーに座っている。

　リカルは室内に入り、その様に驚いた。窓から見えていたリビングは片付いていたが、リビングから続く和室には洗濯物が畳まれずに放置されている。料理は頑張ったのだろうが、キッチンがゴミで溢れている。片付けが苦手なのかもしれない。トシが家事をするようには見えないし、全て一人で負っているのだろう。

　追いつめられているような咲良が哀れに思えた。

「許さない……、許せない……」
　爪を噛みながら呟く咲良の頭に触れる。

　リカルは人の記憶を読むことができる。咲良に何があったのか、トシとの関係悪化の原因は何処にあったのか、咲良の記憶を知る必要があると思った。リカルはいくつも重なった咲良の記憶を手繰り寄せた。

（あった！　これだ）
　恋愛天使が見ることができるのは、拗れに関わる記憶。リカルは記憶をそっと再現した。


「えぇ？　咲良結婚するの？　しかも相手って営業のトシ君？」
　女子社員に囲まれているのは若い頃の咲良だ。化粧をした顔が嬉しそうに笑みを浮かべる。

「そうなのぉ。昨日プロポーズされて」
　咲良が左手を掲げた。そこには一粒ダイヤの婚約指輪が輝いている。

「キャー！　素敵！　さすが営業エースのトシ君。王子様を捕まえたわね」
「咲良、すごいね」
　黄色い声がオフィスに響いている。

　周囲を見れば、ひとりデスクに座ったままの女性がいる。席で肩を震わせている。この女性は、彩香だ。

「でも、トシ君は彩香の彼氏じゃないの？」
　誰かが呟くと、周囲が『口に出すな』と止めている。明らかに周囲が二人をチラチラ気にする。

　幸福そうな笑みを浮かべた咲良が彩香の近くに行く。

「彩香、ごめんね。あたしが幸せになっちゃって。トシ君が好きなのは、あたしなんだって。彩香じゃないんだって」
　咲良の声に身体をビクっと震わせる彩香。唇をかみしめて、睨むように咲良を見ている。

「大丈夫だよぉ。彩香にも、きっと良い人が現れるって」
　にこにこと咲良が彩香に話しかける。けれど咲良の目は笑っていない。優越感に浸っている瞳だ。
　周囲はハラハラしながら見守るだけ。

（おぉ、女性の戦いだ。こっわ）
　リカルは二人の関係が何となくわかった。つまり、咲良は彩香の彼氏だったトシを奪ってしまったのだ。
　
　だが、トシはそんなにいい男だろうか。リカルにはその魅力が分からず、首を傾げた。
　世の中には不思議にモテる人たちがいる。トシもその一人だろう。

　これは拗れの根っこが深い。こんなに昔から生じていたとは思っていなかった。
　リカルはしっぽを揺らめかせた。