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Ⅰ章 生きることが許されますように
2 ここはどこ? <SIDE:タクマ>
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「おい、目が覚めそうか? どうだ?」
知らない声。誰? 身体を少し動かす。薄く目を開けて周りを見る。
まぶしい。ぼんやりとした視界が徐々にスッキリしてくる。目の前に、中年のひげを生やしたおじさん。知らない人だ。知らない人だけど、その人から目が離せない。心臓がトクトク鳴り出した。少しでも目線を外したら、何が起こるか分からないからだ。
「あ、目が覚めたじゃないか。大丈夫か?」
もう一つの声。僕の視界に入ってくる顔。中年のひげのないおじさん。だめだ。この人からも目線を外してはいけない。何が起こっているのか。深呼吸する。全身を緊張が走る。耳鳴りがしそうな緊張だ。
「おい、聞こえているか?」
始めに傍にいたおじさんが、手を伸ばしてくる。
「わあああ!」
僕は悲鳴を上げて、ベッドの反対側に落っこちた。
逃げなくてはいけないのに、足が動かない。腰が抜けたようだ。人間は本当に驚くと、腰が立たなくなるのだな、と冷静に考えてしまった。視線を彼らから外さないように、腰の抜けたまま後ずさりする。
「え? なんで?」
「ちょっと、大丈夫か?」
こちらに向かってくる二人。いや、二匹?
この場合、どうカウントするのだろう? 彼らの頭に生えた獣耳に背中に揺れる尻尾。動きがリアルで本物、だと思う。けれど、有り得ない!
よくわからない目の前の出来事。耳鳴りがひどくなり貧血を起こした時のように目の前が暗くなった。
「具合はどうだ?」
「痛いところはないか?」
優しい声がかけられる。再び目が覚めても、僕はこの変な生き物のいる部屋にいた。
夢かと思ったけれど、どうやら現実のようだ。どうしていいか分からないけれど、僕に声をかける二匹(二人?)は、僕に優しい。日本語を話している。優しさから遠ざかっていたから、温かい言葉が染みわたる。
でも、時々口から見える牙は、人間の物とは思えなくてゾッとする。
観察してみると、身体的にはほとんど人間だ。この部屋に出入りする何人かの獣耳や尻尾を見たが、オオカミ系、犬系、虎系、熊系の男性ばかり。
皆、逞しく百九十センチか、二メートルあるかな。大きい。全身筋肉ムキムキだ。
獣耳と尻尾があるが、人間としての耳もある。動物の耳はどんな役割なのだろう。音はどっちで聞いているのかな。
尻尾は、ふわふわ揺れて可愛い。獣耳や尻尾の色と髪の毛・皮膚の色が一緒。金髪系の獣耳の人は、髪や肌が白黄色系、黒系獣耳の人は肌が黒や茶色系。手足は人間そのもの。
服装は、ここに居る人たちは軍服系洋服っぽい。ちょっと変わった洋服だ。尻尾をどうやって服から出しているのかよく見ても分からなかった。
ここは、日本じゃない。それは納得できた。
僕は白い病室のような部屋にいる。木のベッドに椅子が数個。窓には格子がある。必要最低限しかない。ドアはなく、入り口はカーテンだけ。ベッドがダブルサイズ以上あり八畳ほどの部屋の中心を占めている。
僕が起きてから、たくさんの獣耳の人たちが部屋を出入りして遠慮がちに僕を見る。だから出来るだけ布団に隠れる。怖くて布団の隙間から様子を見た。
僕は宮沢賢治の「注文の多い料理店」を思い出していた。優しく色々声をかけて、僕は食べられてしまうのかな。
そうだ、長い夢なのだろうな。僕は、きっと死ぬ途中なんだ。
死ぬ間際の走馬灯って人生を振り返るって本に書いてあった。僕の人生は思い返したくもないものだから、神様が最期に楽しい夢をくれたんだ。ごついおじさんが頭に動物耳つけて尻尾フリフリ、なんてちょっとおかしい。そう思ったら気が楽になった。
「あの、お腹すいていないかな? ほら、お菓子もあるよ」
虎の耳をつけた顎髭のあるゴツイおじさんが心配そうに声をかけてくる。僕に、食べ物をくれるのかな。それとも僕を食べたいのかな。布団から少し顔を出す。
「これは、かわいいな。君、大丈夫だよ。出ておいで」
もう一人の虎耳ひげ無しおじさんが声をかけてくれる。
ひげの有り無し以外は、まったくそっくりな二人を交互に見る。深呼吸をして声を出す。
「……な、生肉ですか?」
言葉が震えてしまった。
二人とも、顔を見合わせて驚いた顔をする。
「君は、生肉なんて食っていたのか?」
いやいや、どう考えても僕じゃないでしょ。あなた方の食事の事ですよ、心の中で思いっきり突っ込んだ。
「いえ、僕じゃなくて……」
恐々、ぼそりと口に出す。
「あのな、ここはリリアだよ。ステーキなんかはレアで食べたりするけど、生肉は食事では出ないかなぁ。君はルドから来たんだろう? まぁ、その、ルドでは、生肉を君たちが、食べるのかい?」
遠慮がちに聞かれる。リリアって何? ルドって何? 分からないけれど、生肉を食べそうな牙なのに。僕の事もガブっと噛みそうなのに。生きたまま食べるとかはないのかな。知的そうな感じで良かった。話が通じるかもしれない。
「僕、いいです。食べられても。どうせなら痛くないように殺してください。心臓、グサッと一突きでお願いします」
刺しやすいようにした方がいいかな。覚悟して布団から出た。紐で縛るガウンみたいな服を着せられている。その紐を解き、上半身を裸にし、胸をそらして上を向く。怖いから目を閉じる。ここで殺されたら冷たい海に意識が戻るのかな。
面白い夢だった。
「おいおいおい! 俺たちは君を食べないって!」
「早く、服を着るんだ! 服を!」
僕に布団が頭からかけられる。二人が真っ赤になって慌てていた。布団の外から、「見るな」「こら、だめだ」「のぞくな!」と声が聞こえる。
「この子は一体どうなっているんだ」
「少し感覚が我々とずれているのか」
そんな声が聞こえてくる。僕の方が分からないことだらけだよ。
どうしていいか分からないから、布団に隠れる。食事を抜かれることもあったから、空腹に慣れている。喉の乾きもどうってことない。だけど、不思議と飢餓感は強くなかった。
頭まですべて布団に潜って目を閉じる。声をかけられたが、考えることに疲れてしまいウトウトした。
夢を見た。
兄さんが、父さんが、僕を怒っている。探している。徐々に近くに来ている。とんでもないことをした、罰だ! と怒鳴っている。捕まってしまう。逃げたいのに、怖くて動けない。目の前に、僕を見下ろす兄さん。
兄さんが楽しそうに笑って、僕に手を伸ばす。
「いやああああ!!」
悲鳴を上げて、飛び起きた。捕まる! いやだ。いやだ。全身が震えて、呼吸が苦しい。
「おい、どうした?」
声がするけれど、耳鳴りがして何を言っているのか分からない。
ゼイゼイと鳴る呼吸と、冷汗。悲鳴を上げてしまった。自分でも気が付いたくらいだ。隣の部屋の兄さんに煩くした罰だ、と叱られる。怖い。これ以上少しの音も出してはいけない。
呼吸の音を押さえるように、できるだけ息をしないように、背中を丸めて息をこらえる。浅く、浅く。こらえてもヒューっとなる息。ベッドの上に丸くなる。頭を抱えて亀のように。少しでも音がもれないように。いつものことだ。我慢できる。口を手で押さえて苦しさにこらえる。
背中をなでる温かい大きな手。何だろう。何か言っている。だめだよ。兄さんに聞こえたら、いけない。静かにするんだよ。
「……、……」
僕の背中を優しい手が撫でる。ゆっくり、上下に。優しい声がする。
あれ? 怖くない、かも?
身体の力が少し抜けた。背中を撫でる手の動きに合わせて、呼吸をゆっくり吐く。苦しさが和らぐ。丸く下向きになっていた僕を、優しく横向きに転がす手。ずっと背中をさする手。誰?
「大丈夫、大丈夫だ。怖くない。ゆっくり息をするんだ。ゆっくりだぞ」
少し呼吸がしやすくなって、見上げる。僕を数名が囲んでいる。
頭がガンガンして顔がよく見えない。横向きに倒されたまま身体をくの字に曲げて、全力疾走した後のような荒い呼吸を整える。汗が噴き出していて気持ち悪い。苦しさで自然と流れた涙を拭く力もない。
「水を、飲もうか」
聞いたことのない優しい声。
首の下から背中に腕を入れられる。少し抱え上げられ、水を飲ませてもらう。コップの水が喉の渇きを潤す。少し甘い。果物の甘さかな。冷えていて美味しい。
促されるままに飲み干す。柔らかい布で顔を拭かれた。父と兄を思い出した恐怖で全身が細かく震えている。身体に力が入らない。されるままに誰かに抱きしめられる。小さいころ母に抱きしめてもらった記憶がよみがえる。
僕は海に落ちて死んでいればいい。ここには、父も兄もいなければいい。
でも、もしここに兄さんが来たらどうしよう。震えが止まらない。周りの声がまた遠くに聞こえる。
何か、甘い匂いがした。カシス? クランベリー系かな。頭がクラリとして視界が揺れた。車酔いのような一瞬の気持ち悪さとともに、意識が途切れた。
知らない声。誰? 身体を少し動かす。薄く目を開けて周りを見る。
まぶしい。ぼんやりとした視界が徐々にスッキリしてくる。目の前に、中年のひげを生やしたおじさん。知らない人だ。知らない人だけど、その人から目が離せない。心臓がトクトク鳴り出した。少しでも目線を外したら、何が起こるか分からないからだ。
「あ、目が覚めたじゃないか。大丈夫か?」
もう一つの声。僕の視界に入ってくる顔。中年のひげのないおじさん。だめだ。この人からも目線を外してはいけない。何が起こっているのか。深呼吸する。全身を緊張が走る。耳鳴りがしそうな緊張だ。
「おい、聞こえているか?」
始めに傍にいたおじさんが、手を伸ばしてくる。
「わあああ!」
僕は悲鳴を上げて、ベッドの反対側に落っこちた。
逃げなくてはいけないのに、足が動かない。腰が抜けたようだ。人間は本当に驚くと、腰が立たなくなるのだな、と冷静に考えてしまった。視線を彼らから外さないように、腰の抜けたまま後ずさりする。
「え? なんで?」
「ちょっと、大丈夫か?」
こちらに向かってくる二人。いや、二匹?
この場合、どうカウントするのだろう? 彼らの頭に生えた獣耳に背中に揺れる尻尾。動きがリアルで本物、だと思う。けれど、有り得ない!
よくわからない目の前の出来事。耳鳴りがひどくなり貧血を起こした時のように目の前が暗くなった。
「具合はどうだ?」
「痛いところはないか?」
優しい声がかけられる。再び目が覚めても、僕はこの変な生き物のいる部屋にいた。
夢かと思ったけれど、どうやら現実のようだ。どうしていいか分からないけれど、僕に声をかける二匹(二人?)は、僕に優しい。日本語を話している。優しさから遠ざかっていたから、温かい言葉が染みわたる。
でも、時々口から見える牙は、人間の物とは思えなくてゾッとする。
観察してみると、身体的にはほとんど人間だ。この部屋に出入りする何人かの獣耳や尻尾を見たが、オオカミ系、犬系、虎系、熊系の男性ばかり。
皆、逞しく百九十センチか、二メートルあるかな。大きい。全身筋肉ムキムキだ。
獣耳と尻尾があるが、人間としての耳もある。動物の耳はどんな役割なのだろう。音はどっちで聞いているのかな。
尻尾は、ふわふわ揺れて可愛い。獣耳や尻尾の色と髪の毛・皮膚の色が一緒。金髪系の獣耳の人は、髪や肌が白黄色系、黒系獣耳の人は肌が黒や茶色系。手足は人間そのもの。
服装は、ここに居る人たちは軍服系洋服っぽい。ちょっと変わった洋服だ。尻尾をどうやって服から出しているのかよく見ても分からなかった。
ここは、日本じゃない。それは納得できた。
僕は白い病室のような部屋にいる。木のベッドに椅子が数個。窓には格子がある。必要最低限しかない。ドアはなく、入り口はカーテンだけ。ベッドがダブルサイズ以上あり八畳ほどの部屋の中心を占めている。
僕が起きてから、たくさんの獣耳の人たちが部屋を出入りして遠慮がちに僕を見る。だから出来るだけ布団に隠れる。怖くて布団の隙間から様子を見た。
僕は宮沢賢治の「注文の多い料理店」を思い出していた。優しく色々声をかけて、僕は食べられてしまうのかな。
そうだ、長い夢なのだろうな。僕は、きっと死ぬ途中なんだ。
死ぬ間際の走馬灯って人生を振り返るって本に書いてあった。僕の人生は思い返したくもないものだから、神様が最期に楽しい夢をくれたんだ。ごついおじさんが頭に動物耳つけて尻尾フリフリ、なんてちょっとおかしい。そう思ったら気が楽になった。
「あの、お腹すいていないかな? ほら、お菓子もあるよ」
虎の耳をつけた顎髭のあるゴツイおじさんが心配そうに声をかけてくる。僕に、食べ物をくれるのかな。それとも僕を食べたいのかな。布団から少し顔を出す。
「これは、かわいいな。君、大丈夫だよ。出ておいで」
もう一人の虎耳ひげ無しおじさんが声をかけてくれる。
ひげの有り無し以外は、まったくそっくりな二人を交互に見る。深呼吸をして声を出す。
「……な、生肉ですか?」
言葉が震えてしまった。
二人とも、顔を見合わせて驚いた顔をする。
「君は、生肉なんて食っていたのか?」
いやいや、どう考えても僕じゃないでしょ。あなた方の食事の事ですよ、心の中で思いっきり突っ込んだ。
「いえ、僕じゃなくて……」
恐々、ぼそりと口に出す。
「あのな、ここはリリアだよ。ステーキなんかはレアで食べたりするけど、生肉は食事では出ないかなぁ。君はルドから来たんだろう? まぁ、その、ルドでは、生肉を君たちが、食べるのかい?」
遠慮がちに聞かれる。リリアって何? ルドって何? 分からないけれど、生肉を食べそうな牙なのに。僕の事もガブっと噛みそうなのに。生きたまま食べるとかはないのかな。知的そうな感じで良かった。話が通じるかもしれない。
「僕、いいです。食べられても。どうせなら痛くないように殺してください。心臓、グサッと一突きでお願いします」
刺しやすいようにした方がいいかな。覚悟して布団から出た。紐で縛るガウンみたいな服を着せられている。その紐を解き、上半身を裸にし、胸をそらして上を向く。怖いから目を閉じる。ここで殺されたら冷たい海に意識が戻るのかな。
面白い夢だった。
「おいおいおい! 俺たちは君を食べないって!」
「早く、服を着るんだ! 服を!」
僕に布団が頭からかけられる。二人が真っ赤になって慌てていた。布団の外から、「見るな」「こら、だめだ」「のぞくな!」と声が聞こえる。
「この子は一体どうなっているんだ」
「少し感覚が我々とずれているのか」
そんな声が聞こえてくる。僕の方が分からないことだらけだよ。
どうしていいか分からないから、布団に隠れる。食事を抜かれることもあったから、空腹に慣れている。喉の乾きもどうってことない。だけど、不思議と飢餓感は強くなかった。
頭まですべて布団に潜って目を閉じる。声をかけられたが、考えることに疲れてしまいウトウトした。
夢を見た。
兄さんが、父さんが、僕を怒っている。探している。徐々に近くに来ている。とんでもないことをした、罰だ! と怒鳴っている。捕まってしまう。逃げたいのに、怖くて動けない。目の前に、僕を見下ろす兄さん。
兄さんが楽しそうに笑って、僕に手を伸ばす。
「いやああああ!!」
悲鳴を上げて、飛び起きた。捕まる! いやだ。いやだ。全身が震えて、呼吸が苦しい。
「おい、どうした?」
声がするけれど、耳鳴りがして何を言っているのか分からない。
ゼイゼイと鳴る呼吸と、冷汗。悲鳴を上げてしまった。自分でも気が付いたくらいだ。隣の部屋の兄さんに煩くした罰だ、と叱られる。怖い。これ以上少しの音も出してはいけない。
呼吸の音を押さえるように、できるだけ息をしないように、背中を丸めて息をこらえる。浅く、浅く。こらえてもヒューっとなる息。ベッドの上に丸くなる。頭を抱えて亀のように。少しでも音がもれないように。いつものことだ。我慢できる。口を手で押さえて苦しさにこらえる。
背中をなでる温かい大きな手。何だろう。何か言っている。だめだよ。兄さんに聞こえたら、いけない。静かにするんだよ。
「……、……」
僕の背中を優しい手が撫でる。ゆっくり、上下に。優しい声がする。
あれ? 怖くない、かも?
身体の力が少し抜けた。背中を撫でる手の動きに合わせて、呼吸をゆっくり吐く。苦しさが和らぐ。丸く下向きになっていた僕を、優しく横向きに転がす手。ずっと背中をさする手。誰?
「大丈夫、大丈夫だ。怖くない。ゆっくり息をするんだ。ゆっくりだぞ」
少し呼吸がしやすくなって、見上げる。僕を数名が囲んでいる。
頭がガンガンして顔がよく見えない。横向きに倒されたまま身体をくの字に曲げて、全力疾走した後のような荒い呼吸を整える。汗が噴き出していて気持ち悪い。苦しさで自然と流れた涙を拭く力もない。
「水を、飲もうか」
聞いたことのない優しい声。
首の下から背中に腕を入れられる。少し抱え上げられ、水を飲ませてもらう。コップの水が喉の渇きを潤す。少し甘い。果物の甘さかな。冷えていて美味しい。
促されるままに飲み干す。柔らかい布で顔を拭かれた。父と兄を思い出した恐怖で全身が細かく震えている。身体に力が入らない。されるままに誰かに抱きしめられる。小さいころ母に抱きしめてもらった記憶がよみがえる。
僕は海に落ちて死んでいればいい。ここには、父も兄もいなければいい。
でも、もしここに兄さんが来たらどうしよう。震えが止まらない。周りの声がまた遠くに聞こえる。
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