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Ⅰ章 生きることが許されますように
9 侵入者 <SIDE:タクマ>
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「え?」
森の中に、僕ひとり。緩やかな風に、葉のさえずり。急に心細くなる。背筋を嫌な汗が流れる。基地まで、ルーカス様のところまで、急がなきゃ。心臓が音を立てて鳴り出す。足が、震える。
「タクマ様!」
遠くから知っている声。心から安堵する。
「トムさん!」
呼んだ時、身体が浮いた。誰かの脇に、抱えられている? 一瞬で分からなかった。
「タクマ様を離せ!」
少し距離のあるところからのトムさんとサムさんの声。
僕は、荷物みたいに扱われている。ぞっとするほど優しさが無い。身体をくの字に折り曲げられていて、僕からはこの獣人の足と地面しか見えない。
頭に血が上る。左手の力をぬくと肩が外れそうになる。右手で必死におさえることで精いっぱい。「離して、おろしてください!」と必死で声を上げる。血が上って頭がガンガンする。
「うお!」「ぐあ~!」と声がいくつか飛んで、静かになる。サムさんとトムさんは?
そのまま、獣人が走り出す。振動で頭が痛む。そのうち、どさりと地面に落とされる。衝撃にうめき声をあげるが、構わず足で蹴り転がされる。
顔を足で上向きにされる。容赦のない扱いに「うぅ」と声が漏れる。
「これが、神の御使いか」
「へぇ」
三人。僕を覗き込む獣人が、三人だ。耳と尻尾、ライオンだ。
ルーカス様以外の獅子を初めて見た。怖くて、立ち上がることも出来ない。僕は、どうなるのか。ごくりと唾を飲み込む。
急に蹴り転がされる。ケガをするほどじゃない。何? 起き上がろうとすると、また、転がされる。起き上がるのをやめてみる。そうするとゾッとするような怖い顔の獅子獣人が冷たい声を出す。
「立て」
命じられる。何がしたいのか、分からない。立とうとすれば、蹴り転がされる。繰り返すうちに足がガクガクして、起き上がろうとしても起き上がれなくなった。疲労で息がきれる。
それでも、休めば「立て」と命令されて、どうしていいか分からなくなる。
「ぷはっ。お前、それ好きだよな。小型、立てなくして引きずりたいんだろ?」
頭の上から声がする。
「暴れられたら面倒だからな。殴って死なれたら困る。小型は力加減が難しい。これが一番簡単だ。おい、立て」
声がするけれど、全身の筋肉がブルブルしていて、本当にもう起き上れない。
すると、身体を持ち上げられて、一メートルほどの高さから地面に落とされる。大きなケガになるほどではないけれど、全身の痛みと衝撃。疲れ切った筋肉が限界まで疲労させられる。繰り返し落とされるうちに意識がもうろうとする。
「タクマ!」
声。あぁ、幻聴だろうか。ルーカス様だ。頭がぼんやりして、指の一本も動かせない。地面に落とされたまま、姿勢もなおせず必死で息をする。
「チッ。早かったな」
「何のつもりだ! タクマを離せ!」
ルーカス様、怒っている。はっきりしない頭で、ルーカス様の怒りの圧を感じた。
「何のつもりもないだろう。リリアの皇子よ。お前は、不公平だと思わないのか? 俺たちはルドの王族だ。言いたいことが分かるか?」
「全くわからんな。お前たちがルドの者ならば、なぜリリアに足を踏み入れている。天の川の神が許すはずがない」
「そうさ。川に入れば、神は許さないだろうな。だが、王族には羽がある。川に入らず、こちらに渡れる。ルドは、王子が沢山いるのさ。俺たち末端の王族は王位には程遠い。だから、神の御使いを作って王に献上したり、王位継承権をめぐって色々画策しているんだよ。なぁ、リリアの皇子。お前たち、神の御使いを作る努力を怠っているだろう。それなのに、俺たちが川に献上した御使いどもを横取りして。おこぼれにありついて、ずるいだろう。リリアに流れ着いた者は、俺たちの献上物だったんだぞ。だから、この御使いは俺らがもらっていく。こいつ、ルドの者でもリリアの者でもないな。面白い献上物になる。コレは、俺たちが貰う」
僕を転がしていた獣人が、僕を脇に抱える。もう抵抗する体力がない。涙が、溢れる。届かないと分かっているがルーカス様を小さな声で呼び続ける。この場にいる獅子たちの威圧で、疲労で、涙で、頭がガンガンする。
「タクマは絶対に渡さん」
ルーカス様の声がはっきりと聞こえた。
「ほう。どうするか? 獅子一匹で、こちらの獅子三匹を相手にするか?」
僕を抱えている獣人が、笑っている。この獣人はルーカス様を傷つけるつもりだ。沸々と怒りが心に沸き上がる。動かないと思った身体が、怒りで動いた。僕を抱える腕に、思いっきり噛みついた。
「痛っ! このクソガキ!」
腕から落とされ、蹴り上げられる。さっきまでの力と比べ物にならない蹴り。息が止まる。近くの木まで僕の身体が吹き飛んだ。
木に衝突する前に、大きな体に受け止められる。顔を見なくても、分かる。ルーカス様だ。知っている匂いに、優しい腕に、手に、涙が溢れる。
ルーカス様にしがみつこうとしたけれど、ルーカス様が吹き飛ぶ。二匹の大きな羽のあるライオンに体当たりされて、噛みつかれて、もみくちゃにされる。僕の喉の奥から悲鳴が上がった。こんなに大きな声が出たのかと思うほどの悲鳴が出た。
「いやだぁ!! ルーカス様ぁ!! やめて! やめてー!!」
駆け寄ろうとするが、僕を蹴り飛ばした獣人に捕まる。
「俺はこいつを連れて先に行く! 後で来い」
獣人は、一瞬で大きな羽のあるライオンに変身した。大きな口で僕の脇腹を咥えて一気に舞い上がる。
ありえない。空、飛んでる。高さと怖さに身動きが出来ない。あっという間に地面が遠ざかる。ズンズン近づく大きな川。ぞっとする。ルドに、行くの?
そのうちに二体の羽のあるライオンが追い付いてくる。二体とも流血している。
ルーカス様は?? まさか、そんなこと、ない、よね。言葉にならない不安に身体が震える。こんなの、嘘だ。嫌だ。嫌だ。
「嫌だぁあ!! 嫌ぁあ!!」
大声を上げて泣き叫んだ。
うるさい、と言うように、咥えていた牙を僕の身体に少し食い込ませてくる。痛い。悔しくて、暴れた。
よくも、ルーカス様を。許せない。死んでもいいから暴れてやる。手足を無茶苦茶に振り回した。牙が食い込む。僕の身体なんてどうなっても構うものか。
そのうち、空中でバランスを崩したライオンが高い飛行から川の水面近くまで高度が落ちていることに気が付いた。そうだ。川に入ってしまえばいい。
天の川の神様は、もう僕を助けてくれないかもしれない。それでもいい。優しい国に僕を招いてくれて、ありがとう。僕は、ルドには行きたくない。
僕をルーカス様のところに連れて行ってください。
そう願い川に手を伸ばす。もう少しで川に触れる。そこで、またライオンが高度を上げる。あぁ、あと少しなのに。その時。
川が高い波を起こした。川の上を飛ぶ三匹と僕が、波にのまれる。
僕はやっぱりここの神様は優しいと思った。僕の願いを聞いてもらえた。ありがとうございます。どうかこのままルーカス様のところに導いてください。心を込めて伝えた。
川の水は、とても温かい水だった。苦しくない。いつまでも包まれていたいような場所。良く知っているような温かさに涙が溢れた。
森の中に、僕ひとり。緩やかな風に、葉のさえずり。急に心細くなる。背筋を嫌な汗が流れる。基地まで、ルーカス様のところまで、急がなきゃ。心臓が音を立てて鳴り出す。足が、震える。
「タクマ様!」
遠くから知っている声。心から安堵する。
「トムさん!」
呼んだ時、身体が浮いた。誰かの脇に、抱えられている? 一瞬で分からなかった。
「タクマ様を離せ!」
少し距離のあるところからのトムさんとサムさんの声。
僕は、荷物みたいに扱われている。ぞっとするほど優しさが無い。身体をくの字に折り曲げられていて、僕からはこの獣人の足と地面しか見えない。
頭に血が上る。左手の力をぬくと肩が外れそうになる。右手で必死におさえることで精いっぱい。「離して、おろしてください!」と必死で声を上げる。血が上って頭がガンガンする。
「うお!」「ぐあ~!」と声がいくつか飛んで、静かになる。サムさんとトムさんは?
そのまま、獣人が走り出す。振動で頭が痛む。そのうち、どさりと地面に落とされる。衝撃にうめき声をあげるが、構わず足で蹴り転がされる。
顔を足で上向きにされる。容赦のない扱いに「うぅ」と声が漏れる。
「これが、神の御使いか」
「へぇ」
三人。僕を覗き込む獣人が、三人だ。耳と尻尾、ライオンだ。
ルーカス様以外の獅子を初めて見た。怖くて、立ち上がることも出来ない。僕は、どうなるのか。ごくりと唾を飲み込む。
急に蹴り転がされる。ケガをするほどじゃない。何? 起き上がろうとすると、また、転がされる。起き上がるのをやめてみる。そうするとゾッとするような怖い顔の獅子獣人が冷たい声を出す。
「立て」
命じられる。何がしたいのか、分からない。立とうとすれば、蹴り転がされる。繰り返すうちに足がガクガクして、起き上がろうとしても起き上がれなくなった。疲労で息がきれる。
それでも、休めば「立て」と命令されて、どうしていいか分からなくなる。
「ぷはっ。お前、それ好きだよな。小型、立てなくして引きずりたいんだろ?」
頭の上から声がする。
「暴れられたら面倒だからな。殴って死なれたら困る。小型は力加減が難しい。これが一番簡単だ。おい、立て」
声がするけれど、全身の筋肉がブルブルしていて、本当にもう起き上れない。
すると、身体を持ち上げられて、一メートルほどの高さから地面に落とされる。大きなケガになるほどではないけれど、全身の痛みと衝撃。疲れ切った筋肉が限界まで疲労させられる。繰り返し落とされるうちに意識がもうろうとする。
「タクマ!」
声。あぁ、幻聴だろうか。ルーカス様だ。頭がぼんやりして、指の一本も動かせない。地面に落とされたまま、姿勢もなおせず必死で息をする。
「チッ。早かったな」
「何のつもりだ! タクマを離せ!」
ルーカス様、怒っている。はっきりしない頭で、ルーカス様の怒りの圧を感じた。
「何のつもりもないだろう。リリアの皇子よ。お前は、不公平だと思わないのか? 俺たちはルドの王族だ。言いたいことが分かるか?」
「全くわからんな。お前たちがルドの者ならば、なぜリリアに足を踏み入れている。天の川の神が許すはずがない」
「そうさ。川に入れば、神は許さないだろうな。だが、王族には羽がある。川に入らず、こちらに渡れる。ルドは、王子が沢山いるのさ。俺たち末端の王族は王位には程遠い。だから、神の御使いを作って王に献上したり、王位継承権をめぐって色々画策しているんだよ。なぁ、リリアの皇子。お前たち、神の御使いを作る努力を怠っているだろう。それなのに、俺たちが川に献上した御使いどもを横取りして。おこぼれにありついて、ずるいだろう。リリアに流れ着いた者は、俺たちの献上物だったんだぞ。だから、この御使いは俺らがもらっていく。こいつ、ルドの者でもリリアの者でもないな。面白い献上物になる。コレは、俺たちが貰う」
僕を転がしていた獣人が、僕を脇に抱える。もう抵抗する体力がない。涙が、溢れる。届かないと分かっているがルーカス様を小さな声で呼び続ける。この場にいる獅子たちの威圧で、疲労で、涙で、頭がガンガンする。
「タクマは絶対に渡さん」
ルーカス様の声がはっきりと聞こえた。
「ほう。どうするか? 獅子一匹で、こちらの獅子三匹を相手にするか?」
僕を抱えている獣人が、笑っている。この獣人はルーカス様を傷つけるつもりだ。沸々と怒りが心に沸き上がる。動かないと思った身体が、怒りで動いた。僕を抱える腕に、思いっきり噛みついた。
「痛っ! このクソガキ!」
腕から落とされ、蹴り上げられる。さっきまでの力と比べ物にならない蹴り。息が止まる。近くの木まで僕の身体が吹き飛んだ。
木に衝突する前に、大きな体に受け止められる。顔を見なくても、分かる。ルーカス様だ。知っている匂いに、優しい腕に、手に、涙が溢れる。
ルーカス様にしがみつこうとしたけれど、ルーカス様が吹き飛ぶ。二匹の大きな羽のあるライオンに体当たりされて、噛みつかれて、もみくちゃにされる。僕の喉の奥から悲鳴が上がった。こんなに大きな声が出たのかと思うほどの悲鳴が出た。
「いやだぁ!! ルーカス様ぁ!! やめて! やめてー!!」
駆け寄ろうとするが、僕を蹴り飛ばした獣人に捕まる。
「俺はこいつを連れて先に行く! 後で来い」
獣人は、一瞬で大きな羽のあるライオンに変身した。大きな口で僕の脇腹を咥えて一気に舞い上がる。
ありえない。空、飛んでる。高さと怖さに身動きが出来ない。あっという間に地面が遠ざかる。ズンズン近づく大きな川。ぞっとする。ルドに、行くの?
そのうちに二体の羽のあるライオンが追い付いてくる。二体とも流血している。
ルーカス様は?? まさか、そんなこと、ない、よね。言葉にならない不安に身体が震える。こんなの、嘘だ。嫌だ。嫌だ。
「嫌だぁあ!! 嫌ぁあ!!」
大声を上げて泣き叫んだ。
うるさい、と言うように、咥えていた牙を僕の身体に少し食い込ませてくる。痛い。悔しくて、暴れた。
よくも、ルーカス様を。許せない。死んでもいいから暴れてやる。手足を無茶苦茶に振り回した。牙が食い込む。僕の身体なんてどうなっても構うものか。
そのうち、空中でバランスを崩したライオンが高い飛行から川の水面近くまで高度が落ちていることに気が付いた。そうだ。川に入ってしまえばいい。
天の川の神様は、もう僕を助けてくれないかもしれない。それでもいい。優しい国に僕を招いてくれて、ありがとう。僕は、ルドには行きたくない。
僕をルーカス様のところに連れて行ってください。
そう願い川に手を伸ばす。もう少しで川に触れる。そこで、またライオンが高度を上げる。あぁ、あと少しなのに。その時。
川が高い波を起こした。川の上を飛ぶ三匹と僕が、波にのまれる。
僕はやっぱりここの神様は優しいと思った。僕の願いを聞いてもらえた。ありがとうございます。どうかこのままルーカス様のところに導いてください。心を込めて伝えた。
川の水は、とても温かい水だった。苦しくない。いつまでも包まれていたいような場所。良く知っているような温かさに涙が溢れた。
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