生きることが許されますように

小池 月

文字の大きさ
28 / 48
Ⅲ章 ロンと片耳の神の御使い

5 天国の生活〈side:ミゴ〉

しおりを挟む
 天国にたどり着いた。なんて幸運なんだろう。

僕がルドで苦しかったのは天国に来るための修行だったのか。そう思うと全て納得がいった。だって今、僕は天国にいるから。天国にいるからゴミとも言われない。神の御使いと言われて驚く。川から出てくると天国でも神の御使いになるのか、と知った。ゴミから神の御使いに格上げだよ。優しい世界に慣れなくてくすぐったくて笑ってしまう。

僕にはお世話係なんてのも付いている。大きな熊獣人のロン。大きな手でこれ以上ないくらいに優しく僕に触れる手。何でもしてくれる温かい手。きっとロンは天使なんだ。

 毎日僕を撫でてくれる優しいロン。心がホカホカして大好き。優しい穏やかな大型獣人がこんなに安心するものだと知らなかった。ずっとロンにくっついていたい。

天国には意地悪な獅子獣人が居ない。大型獣人の皆が優しく笑う。僕に話しかけてくれる。こんな扱い初めてで嬉しくて幸せ。尻尾をブラッシングしてもらって、まるで王子様だ。

そのままゴロゴロ寝ちゃえば毛布が掛けられている。神様の飼い猫になった気分だ。



 天国に来て一か月が過ぎると、右の切られたリス耳もそれほど痛くなくなった。

「傷が良くなったので、外を散歩してみますか?」
ロンに問われる。

この広い部屋の中で時々入ってくる獣人としか触れ合ってなかった。これで十分幸せだったけれど、外にも出ていいのか。見てみたい。天国ってどうなっているのだろう。ワクワクする。

「うん。出てみたいです」

 これまで着ていたパジャマのような服から、黒い上シャツと薄茶色の長ズボンに着替える。靴もサイズピッタリ。

腰巻から尻尾をぴょこんと出して着替え完了。尻尾をふわふわ整えてくれるロン。気持ち良くて笑ってしまう。先がくるんと巻いていて背中にくっつくような大きな尻尾。最近は手入れしてもらっているから艶々で手触りが抜群。いつもジクジク痛んでいた尻尾の痛みが無い。

ロンを見ると、普段の白シャツじゃなく軍服のような制服姿。筋肉質で大きな身体が一段と大きく見える。僕の背はロンの肩までしかない。ふと僕を引きずる獅子皇子たちを思い出す。彼らも大きかった。少し心臓がゾワリとして、ロンを見上げる。優しく微笑む顔。

「どうしましたか? 気が向かないなら外に出るのは今度にしましょう」
優しい声が降ってくる。そう、これはロンだ。皇子たちじゃない。

そっとロンに抱き着いてみる。逞しくて厚い身体。顔をすり寄せて心臓の速い鼓動を聞く。大型獣人は脈が速いのか。新しい発見。

「ミー、ミー様。ほんとに、自制できなくなりますから」
自制って何だろう? 気持ちいいのに。

抱きつきながら見上げると真っ赤な顔。熊耳がピクピクせわしなく動いている。可愛い。触りたいな。

「耳、触ってもいい、ですか?」
「はぁ!? 俺の、俺の耳を?!」
「だめ?」
上を向いて赤い顔で考えるロンが面白くて、絶対に獣耳を触りたくてロンの身体をよじ登る。

「あぁ、こら、ミー」
口では戒めながら、僕を抱き上げて助けてくれるロン。抱き上げられればロンの熊耳に手が届く。頭に抱き着くようにして耳に手を伸ばす。ピクピク動き続けている。小さな黒茶色の耳。可愛い。

なぜか涎が出そうになりゴクリと唾を飲み込む。耳の形を確かめるように、指でグニグニと触り心地を堪能する。あぁ、コレ気持ちいい。触っているとモジモジ変な気分になる。もっと、味わいたい。

伸びあがって、ハムっと口で甘噛みしてみた。

「うぁっ、うっ」
ロンの変な声。心臓がバクバク鳴る。もっと、もっと欲しいよ。レロレロと耳を嘗め回すと、しがみつくロンの身体がビクついて息が荒くなる。

急にロンに引きはがされ、ソファーに縫い留められる。真っ赤になって、息が荒くなっているロン。目が、離せない。そのまま、口を合わせる。自然とお互いに貪るように口の中を舐めあう。粘膜の独特のいやらしさ。ロンの荒い息。

あぁ、キモチイィ。

「コンコン」
突然のドアノックに身体がビクっとなる。

「お支度はいかがでしょうか?」
声がかかり、頭がクリアになってくる。

あれ? 僕、何しているんだ! 恥ずかしさに顔全体が一瞬で熱を持つ。ロンに腰も擦り付けている! すぐに僕から離れるロン。

「もう少しです。お待ちください」
「わかりました」
落ち着いた声でやり取りをするロンを呆然と見た。もう真っ赤な顔じゃない。穏やかな顔で僕を見ている。

「すみません。自制していましたが、大型獣人は小型獣人に欲情しやすいのです。愛らしく可愛らしいものに弱い本能があるので」

え? 何て言った? 本能? 大型の? 言われたことをゆっくり頭で復唱した。僕に優しいのも、キスしたのも、本能なだけ? 

心臓が一気に冷えていくのを感じた。ロンを見ていられない気持ちになり、下を向く。

「あ、そう、なんだ。天国は、そう、なんだね」
ショックのような、心を折られたような悲しい気持ち。なんだろう、コレ。ちょっと震える手。

「怖がらせて、すみません」
そっと手を包まれる。いつもの優しい手が、すこし冷たく感じた。

怖いわけじゃない。そう伝えていいのか分からず、ロンを見る。困った顔のロン。僕の顔をサッと拭いてくれる。

「行きましょう」
もう、いつも通りのロンになっている。なぜかそれが苦しくて。
楽しみだった外出が、少し色あせてしまったように感じた。


 部屋の外に出てみて驚いた。大型の獣人が沢山。この獣人たちは天国の天使だから怖くない。そう思っても心臓がバクバクする。いつも部屋に来る隊長さんと医師先生とロンが一緒に建物内を案内してくれる。

ちょっと不安になってロンの服をつまむ。ほんの少しだけ。すぐに気が付いて、僕を見るロン。優しい微笑み。

「疲れましたか? 抱き上げましょうか?」
抱き上げる? ここで? 

顔が熱を持つ。でも、抱き上げてくれるのかな。さっきの心のチクチクが少し残っていた。ロンは皆の前で僕を抱き上げることに抵抗がないのだろうか。なんだか、少し困らせたいような気持になった。

「うん。抱っこして」
ロンの服の裾を掴んだまま、下を向いて小さな声に出す。

言ってみて、恥ずかしさに居たたまれなくなる。やっぱりいい、そう言おうとしたけれど。ふわりとロンに抱え上げられる。慌ててロンの首にしがみつく。僕の尻尾がブワっと広がって大きくなる。

「あぁ、驚かせてしまいましたか? すみません」
抱き上げながらそっと尻尾を撫でられる。すぐに逆毛が治まりクルリと元に戻る尻尾。

それを見ていた獣人たちから「可愛い」「最高だ」「羨ましい」「ロンめ」と声が飛ぶ。

 恥ずかしいような、変な気持ちになる。
「建物が広いですから、このまま行きましょう」

満足そうな余裕の笑みを浮かべ、そのまま歩くロン。僕のほうが恥ずかしくて困ってしまって、少しの後悔とモヤモヤが残った。

優しいロンを困らせようとして、僕の心はどうしちゃったんだろう。

四階建ての施設を案内してもらっていたのに、説明が頭に少しも残っていなかった。


 「ミー様、外にも行きますか?」
隊長さんの声にハッと顔を上げる。ぼんやりロンにしがみ付いているうちに建物の中を見終わっていた。いつの間にか一階の出入口。

「歩いてみますか?」
ロンの言葉にコクリと頷く。外の風がふわりと気持ちいい。

「運んでくれて、ありがとう」
ささやいてロンから降りる。

「いつでも運ぶよ」
耳元にささやき返される。僕だけに聞こえるように、そっと。ロンを見ると優しい目で僕を見つめている。それだけで、さっきまでのモヤモヤが吹き飛ぶ。温かい気持ちが満ちていく。嬉しくてロンに微笑む。ロンも微笑んでくれる。

好きに歩いてみていいよ、と言われて建物の庭を抜けて森を歩く。抜ける風が肌に触れる。すっかり気分が良くなって、世界がキラキラして見える。

 「チィチィ」
鳥の鳴き声。小鳥だ。ロンも気が付いている。

「どこかな。ヒナだよね」
「そうだな。少し先、ですかね?」

「ミー様、あまり奥までは行かないようにしましょう。久しぶりの外出で体調を崩したら大変です」
付いてきてくれる隊長さんが心配してくれる。

「はい。もう少しだけ」
どうしても気になって声の方に向かう。

 いた。背の高いドングリの木の根元。鳥の巣から落ちたのか。見上げると高い枝に巣が見える。鷹の子、かな。

「これは、可哀そうですが巣には戻せないですね」
「どうして?」
「あの高さでは無理です。我々が戻そうとすれば枝が折れてしまいます。これだけ小さいと獣人の手で育てることも難しいかもしれません」

「僕行けます」

「はい?」
「木の実は自分でとれって木登りもさせられていたから、大丈夫です」
「ミー、ダメだ! 危ないから!」
「大丈夫だよ」

手に小鳥を包んで、ポッケに入れる。落ちないでね、と声をかける。

止めるロンと隊長さんたちをスルリと抜けて、木の幹をササっと上る。尻尾でバランスをとる。身軽なのはリス獣人の特徴。

鳥の巣にたどり着き、そっとヒナを戻す。その時、「危ない!」「ミー様!」そんな声が聞こえた。はっと見ると直ぐそこに鷹の親鳥。

しまった。右のリス耳がなくて周囲の音に気が付くのが遅れた。鷹の威嚇に、足を滑らせた。落ちる! ダメ! 下にはロンがいる! 怪我をさせたくない! 落ちたらいけない! 初めてそんな風に考えた。

初めて、飛ばなきゃって。

 バサっと大きな羽音。

「ミー様……」
「ミー……」
付いてきてくれていた全員が、僕を見ている。僕にも何が起きたか分からなかった。地面に降り立つ。もう一度、腕を動かすように意識すると、バサっと羽音。

背中を見て、驚く。ぽかんと口が開いてしまう。これ、白い、羽。何? 手で触ると、僕の身体に触れている感覚。僕の身体の一部?

訳が分からずに、立ちすくむ。

「どうなって、いるの?」

僕の問いに答えてくれる者はいなかった。


 そのままロンに抱えられて基地に戻った。羽が大きすぎて隠せず、基地の獣人、皆に見られた。「神の御使いが、神になった」と大騒ぎになっている。すぐに王都の偉い方と映像電話で話すことになった。羽の戻し方が分からないから。

「王族の、白き羽だ」
僕を見た医師が震える声で言った。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

鬼神と恐れられる呪われた銀狼当主の元へ生贄として送られた僕、前世知識と癒やしの力で旦那様と郷を救ったら、めちゃくちゃ過保護に溺愛されています

水凪しおん
BL
東の山々に抱かれた獣人たちの国、彩峰の郷。最強と謳われる銀狼一族の若き当主・涯狼(ガイロウ)は、古き呪いにより発情の度に理性を失う宿命を背負い、「鬼神」と恐れられ孤独の中に生きていた。 一方、都で没落した家の息子・陽向(ヒナタ)は、借金の形として涯狼の元へ「花嫁」として差し出される。死を覚悟して郷を訪れた陽向を待っていたのは、噂とはかけ離れた、不器用で優しい一匹の狼だった。 前世の知識と、植物の力を引き出す不思議な才能を持つ陽向。彼が作る温かな料理と癒やしの香りは、涯狼の頑なな心を少しずつ溶かしていく。しかし、二人の穏やかな日々は、古き慣習に囚われた者たちの思惑によって引き裂かれようとしていた。 これは、孤独な狼と心優しき花嫁が、運命を乗り越え、愛の力で奇跡を起こす、温かくも切ない和風ファンタジー・ラブストーリー。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

処理中です...