生きることが許されますように

小池 月

文字の大きさ
41 / 48
Ⅳ章 リリアに幸あれ

9 奪還作戦

しおりを挟む
 天の川第百区域基地の牢から出た翌日。ロンは何もする気が起きず、ミーを想い天の川を眺めていた。残された手紙を何度も指でなぞり流れる涙を止めることが出来ず嗚咽が漏れる。

悲しいなんてモノではない。この沈んだ心をなんと表現していいのか分からない。苦しくて痛くて。

そんな時、ルーカス陛下の訪室。
「さて、ロン。少し落ち着きは取り戻したか?」
ルーカス様から声がかかる。今日はタクマ様がいないな、とぼんやり考えた。

「……はい。ご迷惑を、おかけしました」
下を向いて小さな声で返答する。返事をしている最中も涙が止まらない。体裁を整えるとか出来る状況ではなかった。

「そうだな。お前は普段穏やかなくせに、ミーが絡むと人が変わるからな。なぁ、ロン。ミーはルドで幸せだと思うか?」
ルーカス様の言葉に頭がカッとした。目の前の机を思いっきり叩いていた。

「ルドが幸せなわけがない!! ミーは、ミーは俺の傍に居るのが幸せなんだ!」
興奮するロンに対し、ルーカス様がニッコリ微笑む。

「だよな。ルドになんか渡したくないよな。お前が諦めているのなら、この話はやめようと思っていた。だが、その気持ちがあるならば、取り戻すか?」

はっとルーカス様を見る。今度は真剣な瞳になりロンを見ている。

「時間がかかるかもしれん。だが、ルドがミーをすぐに殺すようなことはしないだろう。ルドにしてみたら唯一の神の御使いであり王家の羽を持つミーだ」

「攻めるの、ですか?」
「いや、返せと直談判する。ロン、お前がやるんだ」

ルドと交流がないのにどうしろと言うのだ? 意味が分からない。

「ロン、タクマの世界では空を飛ぶ乗り物があるそうだ」
「空を、飛ぶ?」

「そうだ。タクマを交えて話をしたいが、ロンが暴れるならばタクマを同席させない。タクマに危害が加わるならばダメだ。どうだ? 我慢できそうか?」

「もちろんです! タクマ様に危害を成すなど絶対いたしません。誓います!」
「そうだ。絶対、だぞ。お前が暴れると大変なんだからな」

わざとらしくため息をつくルーカス様に深く頭を下げて謝罪した。
 

 「ロン君、こんな時に話しに来てごめんね」
申し訳なさそうなタクマ様。タクマ様も赤い目だ。きっとミーの事で泣いてくれているのだろう。我慢できずに再びロンの目から涙が零れる。

「ロン、大丈夫か?」
「はい。絶対に暴れません。涙は止まりません。申し訳ありません」

「いいさ。暴れなきゃ涙くらいかまわん」
タクマ様をそっと自分の後ろに隠すルーカス様。

そうだろうな、と納得。絶対にタクマ様の前で自制心を失わないように自分を戒めた。室内の応接ソファーで対面する。窓の外には夕日に水面を光らせる天の川。美しい川を見て、川の向こうのミーを想う。無事でいて。

苦しいことが無いように。ミーを想うとまた涙が頬を伝う。

「ロン君、辛い、ね」
タクマ様の一言に天の川を見たまま嗚咽が漏れる。情けないが堪えることができない。

「すみま、せん……」
嗚咽の合間に謝罪を示す。首を横に振りながら一緒に涙するタクマ様。

「ミー君が無事であるよう心から願います」
タクマ様の言葉が優しくロンの心に染み込んだ。

「さて、そろそろ話しを進めようか。タクマ、ロン、共に大丈夫か?」
「はい」
「大丈夫です。申し訳ありませんでした」

ポンポンと肩を叩くルーカス様の気遣いに頭を下げて感謝を示す。気持ちを切り替えなくては。助け出す手段があるならば一日でも早く。ロンが顔を上げるとルーカス様がひとつ頷き話し始める。

「タクマ、空を飛ぶ乗り物の事をロンに話してくれるか?」

「はい。僕のいた世界では飛行機やヘリコプターという機械の原動機力を使用した飛行技術と、風を利用したパラグライダーやハングライダーという飛行技術。そしてもう一つ。熱の上昇気流の力を利用した熱気球や飛行船という飛行技術がありました」

チンプンカンプンな話に首をかしげる。

「ま、絵にしてみれば分かりやすいさ。俺も初めて聞いた時には想像もできなかったからな」

 ルーカス様がイメージ図を用意してくれてあり、タクマ様の説明でやっと理解できた。もしかしたら、空を飛べるかもしれない。ミーを迎えに、行けるかも。淡い期待が生まれる。希望が、ある!

「ただ、ロン。これは危険な事でもある。ルドに侵入すれば、その時点で殺される可能性がある。着地できないかもしれん。団体で行けば敵襲だと思われる。飛行技術をルドに知られるのは避けたい。乗り物を奪われてはいけない。これまでの経験上、片道は天の川の上を飛べるが、二度は川の上を飛べない。意味が分かるか?」

ロンは手を握りしめて頷く。

「いいです。ルドに行き、ミーを奪還します。ルドに着いたら乗り物は天の川に流します。戻りは、ミーと川に入ります。全てを神の意志に委ねます。川の底に沈むのもミーとなら、いいです。離れて苦しい思いをするより、いい」

ミーに会えるなら、助ける可能性があるなら、死んでもいい。ミーと一緒ならいい。何もできずに泣くしかないより、いい。

「ロン君……」
タクマ様が涙を流し泣いていた。

けれど、もうロンは共に涙が流れることは無かった。命を懸けてミーを取り戻す。その思いが炎のようにロンの中に燃え上がっていたから。

 『愛するロン。僕は、僕だけが幸せでいるなんて出来ないよ。僕の幸せと引き換えのように、ルドの獣人一人が死ぬような苦しみを味わうのは耐えられないよ。僕はルドに戻ります。ロン、僕に幸せの日々をありがとう。愛してくれて、ありがとう。ロンは幸せに生きてください。大好きなリリアの全てが、幸せでありますように。ミーより』

幼い字を何度も指でなぞり、覚悟を決めて折りたたむ。二つのつげ櫛と一緒に袋に入れて首から下げる。首に下げるとカチャリと鳴る櫛。ロンの胸で寄り添うような二つの櫛をそっと手で握る。

(待っていて、ミー)
天の川の神にミーの無事を祈った。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

処理中です...