生きることが許されますように

小池 月

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Ⅳ章 リリアに幸あれ

14 寄り添って生きる

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 フワフワのリス尻尾を優しく丁寧に梳かす。モゾリと動く尻尾。一度グゥっと伸びをしてミーが目覚める。大きな黒い目をぱちぱちさせてロンを見る。

「ミー、おはよう」
声をかけると首をかしげる。

「朝ごはんはパンにする? 卵のおじやにする?」
ロンの問いかけ全てに首をかしげるだけのミー。怯えるようにこちらを見ているのが痛々しい。


 ロンとミーは天の川第四十区域にたどり着いた。リリアについてすぐに気を失ってしまったロンは、翌日に目覚めた。過度のストレスと疲労による失神だった。

目覚めてすぐにミーの状態を確認した。ミーの傷はそのままだった。天の川の神が治してくれていれば、と淡い期待をしたが、亡き母と神が助けてくれたのは命だけだった。

 ルーカス陛下とタクマ様が涙を流して「良く戻った、よくやった!」「ロン君、ミー君、よかった! 神様、ありがとう!」と抱きしめてくれた。こんなに取り乱す二人を見たのは初めてで、感謝を伝えながらロンも泣いてしまった。

 それから、ミーの骨折の治療と全身の傷の治療を最優先に過ごした。

ミーは心身衰弱で一日のほとんどを眠って過ごしていた。リリアの医術でミーの身体の傷は回復の一途をたどった。半月を過ぎると覚醒している時間が長くなってきた。毎日話しかけているが、返事は得られていない。

ミーは言葉と声を発することなく、不思議そうに怯えて周囲を見るだけ。身体の回復に心が伴っていない。

時折カチャカチャとつげ櫛を鳴らし、ぼんやりしている。ミーは二つのつげ櫛をずっと握りしめている。ロンはカチャカチャ音がするたびにミーを撫でて優しく包み込む。全てから守るように胸の中に大切に。

 医師からはショックが大きすぎて精神が崩壊しているのだろう、と言われた。辛すぎることがあると自分の生命を守るために心が壊れてしまうそうだ。

ルドでの数か月はミーにとって地獄の苦しみだったはずだ。全身の傷を見れば、この小さな身体で耐えられるはずが無かったと誰もが納得した。その辛さを想像するとロンの胸が苦しくなる。

 ロンはもう二度とミーが苦しくないようにいつも傍に寄り添っている。毎日尻尾を梳かし、頭を撫でて、愛おしい気持ちが伝わるように願いを込めて。

(もう苦しくないよ、大丈夫だよ。愛おしいミー、もう二度と離れないからね)
ミーの心に届くように優しく声をかけている。


 カチャリ。夜中に音がしてすぐに目覚める。ミーが動くと手にしているつげ櫛が鳴る。

「ミー、トイレ?」
右足の骨折は治ったが、何回か折られた足は骨の変形があり正常に歩けない。足を引きずりながらミーは歩く。

それが痛々しくて見ていられなくて。満面の笑みで外を走っていたミーの姿が脳をよぎりロンの心が苦しくなる。トイレにいくなら抱き上げて。歩きたいようなら支えて。全てをロンがサポートする。そうすることでロンの心が少し救われる。

 起き上がるかと思ったけれど、今日のミーはベッドの上でモゾモゾ。どうしたのだろう? 

様子を見ているとロンの上に乗るように覆いかぶさるミー。久しぶりにミーから密着してくる現実に歓喜と驚きで心臓がバクバク鳴り出す。

「ミー?」
返事が無い事は分かっているけれど、優しく声をかける。

ミーが落ちないようにロンは動かずに見守る。ロンの熊尻尾をそっと撫でるミー。

あまりの出来事にロンは目を見開く。歓喜の声が漏れないように息を飲み込む。カチャリ。優しい音が鳴る。ロンの尻尾をつげ櫛が触れる。小さな手がロンの尻尾を撫で、つげ櫛で梳かしている。

懐かしい、その可愛らしい行為がロンの胸を揺り動かす。涙がぼろぼろ溢れてくる。我慢できず声が漏れる

「っひぃっ、うぅ……、うぅ」
静かな室内にロンの嗚咽が漏れる。

鼻水も垂れているが、そんなこと構わずに涙を流す。しばらくロンの尻尾を梳かしていたミーはそのまま寝入った。

小さな吐息を全身に感じ、ロンは動けなかった。ミーの心は生きている。ミーの中で生きている。そう確信した。


 
 「ミー君に会えるかな?」
ルーカス陛下とタクマ様の訪室。ほぼ毎日様子を見に来てくれている。ルーカス様は獣耳を隠す帽子とマントを着けている。獅子獣人の姿をミーに見せないように配慮してくれている。その気遣いが嬉しい。

「もちろんです。ありがとうございます」
「ミー君はどこ?」
タクマ様の言葉に苦笑する。

目が開いている時間が多くなったミーは、ベッドの上、床、ソファーと様々な場所で身体を小さくして丸くなる。日によっては、カーテンの裾に入り込んで震えていることもある。

ミーの居たい場所でゆっくりできるように、どの場所でもくつろげるようにしている。床には毛足の長い柔らかい絨毯を敷き詰め、カーテンは毎日交換洗濯して肌障りの良い生地に変えた。ホコリやゴミが無いようにロンが毎日隅から隅まで掃除している。

「今日はベッドの上に居ます。大丈夫そうです」
寝室に案内する。タクマ様がそっとミーに近づく。

「ミー君、こんにちは。今日は良い天気だよ」
ミーは話しかけるタクマ様をじっと見ている。

タクマ様は街の様子やお菓子屋の新商品の話をしている。そう言えばルドでは焦点が合わず、ミーの瞳に映っているものは無かった。

リリアに来てからはミーの瞳が何かしらを映している。ゆっくりだけど、心が回復しているように感じる。

「ミー君、また一緒に勉強しようよ。お菓子も買いに行こう。ミー君が居ない学習の時間は寂しいよ」
じゃ、また明日、とミーの手をそっと握るタクマ様。

「え? あれ?」
タクマ様が発する言葉にルーカス様が反応する。

「どうした?」
「ミー君が、手を、握り返している……」

「本当か!?」
ルーカス様とともにロンも手元を覗き込む。

途端に驚いたように手を引っ込めて背中を向けてしまうミー。
「あぁ、すまない。驚かせてしまったか」
残念そうに笑うルーカス様。

「でも、嬉しいな。なんだか手が温かいよ」
優しい空気を残して退出する二人を見送った。



  「ミー、疲れた? タクマ様の声をずっと追っていたよね。もしかしたら聞こえていたのかな?」
今日はベッドから起き上がらないミーの尻尾をブラッシングする。

つげ櫛はミーが握りしめているから違うブラシ。花の香りのオイルをつけて梳かす。負傷して剥げていた尻尾の毛並みも揃ってきた。全身の傷跡に瘢痕治療オイルを塗布する。傷跡が少しでも良くなりますように。うとうとしているミーの頭をそっと撫でる。


 「失礼します。ルーカス陛下がロン参謀をお呼びです」
ドア越しの小さな声に驚く。先ほどルーカス様はここに居たばかりじゃないか? ミーを見ればスヤスヤ寝入ったばかり。

そっと傍を離れて寝室を出る。
「ルーカス様の居室に伺えばいいですか?」

「はい。それか陛下がこちらに伺うとおっしゃられています」

「いえ、そのような恐れ多いことはできません。陛下の居室に伺います。離れている間、ひとりミーの傍についていただけますか?」

「はい。承ります」
お願いします、と依頼して、隣の特別貴賓室に向かう。



 「ルーカス陛下、お呼びでしょうか?」
「ロン、かしこまるな。いつも通りで良い。見て欲しいものがある」

ルーカス様が手元に広げているのは、書状?

「え? ルーカス様、これは……」
「天の川から流れ着いている。いくつか届いているぞ」

ルーカス様が見せてくれた書状。そこに描かれた太陽花の絵。よかった。ちゃんと育っているのか。サエル国王の印がある書状。

「これは、我が国からも返事をしなくては、な。ロン、良い働きをしてきたな。お前はミーを救っただけではなく、ルドとリリアの架け橋になってくれたな。心から感謝する」

そっと書状を手に取る。
「陛下、こちらの書状は写しをいただけますか?」

「これはロンとミーのものだ。どうみても俺宛じゃないだろう。何通も届いているから、これは持っていくがいい」
「ありがとうございます!」

すぐに居室に戻った。ミーに読んで聞かせたい。ミーの頑張りを天の川の神が見ていたんだ!
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