甘い吐息で深呼吸

天乃 彗

文字の大きさ
8 / 16
本編

第8話 初めてのファンレター

しおりを挟む
 打ち合わせの終わりに、小宮さんが顔をほころばせて言った。

「この間から、作品のアクセス数が上昇してますね。ランキングも上がってきていますし、いい感じです」
「ほ、ほんとですか!?」

 確かにそんな気はしていた。ランキングとか人気とか本当は気にしないほうがいいと思うんだけど、やっぱりどうしても気になってしまうので、自分の漫画が掲載されたらチェックしている。ライバルキャラを登場させて以降、何となく上がってきているような気がしていたんだけど、勘違いだったら恥ずかしいので自分からは小宮さんに聞けなかった。でも、こうして小宮さんから言っていただけたので、ここぞとばかりに食いついた。

「やっぱりハヅキを出してから、応援ポイントとかも多くもらえてるような気がしてて! ランキングも、上のほうになってきてくれたな~って思ってたんですけど!」
「そうなんです。運営側でもライバル登場を結構大きくピックアップしていたので、一話目からのアクセス数も上がったんですよね。既存読者の読み返しか、あるいは新規の読者も増えたのかもしれませんね」

 言いながら、小宮さんは自身のカバンを漁った。机の上を滑らせて私に差し出してきたのは、可愛らしいキャラ物の封筒だった。それは何か、私が尋ねる前に彼女は答える。

「ファンレターです」
「えっ……ファンレター!? 私にですか!?」

 思わず大きい声が出た。周りのお客さんからじろりと睨まれ、慌てて口を手で塞いだ(もう遅いのだが)。取り繕うように小宮さんが咳ばらいをし、彼女も彼女でじとりとした目で私を見た。

「他の先生宛のものを渡したりはしませんよ」
「やっ、あの、はい、そ、そういう意味では」

 しどろもどろになってしまう。だってだって、ファンレターって。机の上の封筒をもう一度見る。たどたどしく、編集部宛と書かれているが。

「中身がわからなかったので、一度開けさせていただいてます。すみません」
「や! 大丈夫です! ……み、見てもいいですか?」
「むしろ見ないんですか? ならお預かりしますけど」
「ぎゃああ! 見ます、見ます!」

 カバンにしまわれそうになってしまったのを慌てて取り返す。

「冗談ですよ」
「真顔だから冗談に見えないんですよ……」

 めちゃくちゃ真顔だったから本気だとばかり。小宮さんってなかなか読めない。実は冗談大好きでユーモアあふれる人だったりするんだろうか……とても想像できないけど。……はっ! 折れたり汚れたりしてないよね!? 

「そんな大げさな。今まで運営の問い合わせフォームに来てた応援コメントだってプリントアウトしてお渡ししていたじゃないですか」
「そうですけど、それもかなり嬉しいですけど! 嬉しさが比じゃないというか! だって、直筆ですよ……!」

 このファンレターを送ってくれた人は、わざわざこんなかわいい封筒と便箋を用意してくれて、自分の時間を割いてくれて、こんなふうに編集部宛に送ってくれたのだ。その嬉しさと言ったら、言葉にできない。
 昔、好きな漫画家さんにファンレター書いたことがあったな。へったくそだけど一生懸命描いたファンアートも添えて。うわー、懐かしい。この人もそんな気持ちだっただろうか。

 一度編集部で開けたとのことだったので、糊付けは取れていた。震える手で便箋を広げる。少し角ばった、素直そうな字だった。ほ、本当に直筆だ。内容も読んでないのに泣きそうになる。
 この手紙をくれたのは、中学生の女の子だった。いつもクラスの子たちと読んでくれていること。この子はヒーローのタカヒロが好きだが、クラスの子はハヅキ派が多いということ。自分も好きな子がいて、主人公のヒヨリの気持ちが分かるということ。一つ一つの話題から、この子の作品への愛情を感じることができる。これからも応援しています、という言葉で締めくくられたその手紙は、二枚の便箋にびっしりと文字が書かれていた。この便箋の中に、たくさん言いたいことを詰め込んでくれたんだな、と思うと胸が熱くなる。

「ちょっと、泣かないでくださいよ。私が泣かせたみたいじゃないですか」
「だ、だって……」

 ハンカチなど持っていないので、テーブルに備え付けられた紙ナフキンで涙を拭う。これは嬉しすぎるよ。もっと頑張ろう。そしてこの手紙は家宝にしよう……。

「あ、それでですね。うちって、今まで作品ページにコメントフォームなしの応援ボタンしかなかったじゃないですか。問い合わせフォームに作品へのコメントをいただくことも増えて来ましたし、今回こんなファンレターまでいただいたので、作品ページに読者コメントフォームを設置する方向で話が進んでます」

 今までは応援ポイント制で、読者がボタンをタップすることで作者の応援ができ、そのボタンがどれだけ押されたかによってランキングが決まっていた。気軽さが魅力のシステムだったけれど、作者としては読者の感想が分からないのでちょっと不安があった。でも、今後はコメントが見られるんだ。言葉があるのとないのでは、喜びの大きさが段違いだ。

「コメントを見ることで運営側も人気作品や動向が今以上にわかりますしね。実装は少し先になりそうですが、これで読者をより近くに感じることができますね。絢本先生のモチベーションも上がるといいですが」
「はい! この子のためにも! 頑張ります!」

 帰ったら即刻続きを描かなきゃ。いつもよりタカヒロを描くのに気合いが入ってしまいそうだけど。小宮さんはそんな私の姿を見て、呆れたように笑った。


 * * *


 あの日から数日が経過しているというのに、まだまだ興奮の熱が冷めない。帰ってからひたすらに描いて、時折ファンレターを眺めて……を繰り返しているうちに、いつもより早く原稿が上がった。いつもなら、原稿が終わった後は屍のようになっているのだが、まだまだエネルギーが残っている。ファンの声ってすごい。
 落ち着いたし、もう一度読もう。すぐに見れるように、机のすぐそばに置いているファンレターを手に取って、何十回目かわからない読み返しをする。何回読んでも、腹の底から嬉しさと感動が湧き上がってくる。
 その時、いつものリズムでチャイムが鳴った。ミカゲさんだ。一旦ファンレターを机の上に置いて、ミカゲさんをお迎えする。

「あれ。今日は出ないかと思いました」
「原稿、早く終わったんです」

 ミカゲさんが驚いたような声で言うので苦笑いする。いつも修羅場中は出ないからな……。
 いつものごとく、汚れた部屋の綺麗な部分を飛ぶようにして歩いて机に戻った。机の上の便箋に気が付いたミカゲさんは、それを指さして「それは何ですか?」と言った。私が封の開いた手紙を読んでいる姿が珍しかったのだろう。いつも郵便受けに入っている手紙は封も開けず玄関に放置しているから。

「あっ! これだけは、間違っても絶対に捨てないでくださいね! 大事な大事なファンレターなんです」
「ほう、ファンレターですか」

 ミカゲさんは、自身のひげをさすりながら、興味深そうに手紙を見ている。

「そんなに後生大事に抱えて。僕にはファンなんていないのでわかりませんが、そんなに大事なんですか?」
「当たり前じゃないですか! 何言っているんですか!」

 アクセス数にせよ、応援ポイントにせよ、それらすべては漫画家としてやっていくにはなくてはならないものである。そして読者のそういう応援や感想は、全部私の活力だ。

「漫画家にとってファンは神様みたいなものですよ! 読者がいてこそ成り立つ世界なんですから!」

 ミカゲさんは、ふうん、と理解しているんだかいないんだかわからない相槌を打った。まぁ、こればっかりはその職業に就いた人じゃないとわからないか。

「……じゃあ、アヤちゃんにとって僕はどんな存在ですか?」
「えっ」

 そんなことを聞かれるとは思っていなかったので、口ごもる。私にとってのミカゲさん? 
 ミカゲさんは、漫画家として壁にぶち当たって、深く深く沈んでいた私を優しく救い上げてくれた。それを考えたらミカゲさんだって、いうなれば神様のような存在だ。でもミカゲさんは姿も見えるし、触れるし、何ならセックスもできるし。だから神様とはまた少し違う。ていうか神様は美味しいご飯を作ってくれたり、部屋を掃除してくれたり、落ち込んでいるときには慰めてくれたりしない。こう考えると、私の生活ってだいぶミカゲさんに支えられてないか? 身体的にも、精神的にも。ミカゲさんに出会う前の自分がどんなだったかも思い出せない。それくらい、ミカゲさんの存在は私にとって大きく、なくてはならないものになっている。

「……なんでしょう、水とか、空気……? うーん、何か違うな。一言じゃ言い表せないです。大切な存在なのは確かですけど……」

 結局、当てはまる言葉は浮かばなかった。もともと、私たちの関係性だって、これといった名前があるものでもないのだから、当然と言えば当然かもしれない。

「じゃあ逆に聞きますけど、ミカゲさんにとって私ってどんな存在なんですか?」

 悩まされた仕返しのつもりで聞いてみる。でも、言われてみれば気になる。ミカゲさんは、どうして私のことをここまで気にかけてくれるのだろう。ミカゲさんの中で私はどんな存在なのだろう。
 ミカゲさんは、すこし考えるようなそぶりをしてから、へにゃりと笑った。

「僕も、一言では。ところで、お腹すきませんか? 職場の方に美味しいラーメン屋があると伺ったので、一緒にどうかと思って来たんでした」
「えっ……あ、お腹はすいてますけど」
「じゃあ、一緒に。シャワーを浴びてから」

 ミカゲさんは、私の額にちゅ、と小さく口づけて、先にお風呂場へと向かっていった。
 ……はぐらかされた? いや、そりゃ私だってごまかしたけど。
 掴めない人だな、とはいつも思う。でも、今日ほどそれがもどかしく思ったことはない。本当に、ミカゲさんはどう思っているんだろう。何で私に尽くしてくれるんだろう。どうでもいい存在だったら、こんなふうにはしてくれないよね。ミカゲさんの行動の理由を知りたい。
 言葉や形にしてもらわないと、分からないことだってあるんですよ。言葉があるのとないのでは、大違いなんですよ、ミカゲさん。頭の中でそう問いかけている時点で私も同じだ。貰ったファンレターに目を落としながら考える。
 私は彼になんと言ってほしかったのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君までの距離

高遠 加奈
恋愛
普通のOLが出会った、特別な恋。 マンホールにはまったパンプスのヒールを外して、はかせてくれた彼は特別な人でした。

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い

森本イチカ
恋愛
妹じゃなくて、女として見て欲しい。 14歳年下の凛子は幼馴染の優にずっと片想いしていた。 やっと社会人になり、社長である優と少しでも近づけたと思っていた矢先、優がお見合いをしている事を知る凛子。 女としてみて欲しくて迫るが拒まれてーー ★短編ですが長編に変更可能です。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。 俺と結婚、しよ?」 兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。 昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。 それから猪狩の猛追撃が!? 相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。 でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。 そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。 愛川雛乃 あいかわひなの 26 ごく普通の地方銀行員 某着せ替え人形のような見た目で可愛い おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み 真面目で努力家なのに、 なぜかよくない噂を立てられる苦労人 × 岡藤猪狩 おかふじいかり 36 警察官でSIT所属のエリート 泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長 でも、雛乃には……?

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

処理中です...