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続編
01 バイトをすることになりました
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10月にもなると、街中ハロウィンっぽい飾り付け一色になってきていた。黒とオレンジ。コウモリとカボチャ。毒々しい色のロリポップキャンディに侵食される街。
今年もまた賑やかになるなぁと考えてから、去年のことを思い出した。そういえば、去年の今頃だったと思うのだ。華鈴が俺に例の爆弾発言をしてきたのは。俺は急いで宝条さんにLINEを送る。
『今年はあれ、やらないんですか』
主語がない文章だったが、あの人だったらわかるだろう。去年のハロウィンの記憶。あれとはつまり、華鈴の心をあっさり奪っていった「カボチャさん」が彗星の如く現れたあの店の企画のことである。
案の定、俺が聞きたいことを理解した上で、簡潔に返事が返ってきた。
『やらないよ、僕は』
よかった、やらないんだ。その返事を見て深く考えずに俺はスマホをポケットにしまった。やらないんなら心配ないな。また今年も「カボチャさん」が現れたら、華鈴も再び心を揺らしかねない。ようやく近づいてきた(と信じたい)華鈴との距離がまた遠くなってしまう。とりあえずは一安心だな、と胸をなでおろした。
* * *
部室に向かうと、入れ違いで華鈴が出て行くところだった。
「あれ? お前、サークルは?」
「今日は荷物を取りに来ただけです。あれ、今日からしばらくお休みするって言ってなかったでしたっけ?」
「聞いてねーよ!? まじで!?」
なんということだ。ただでさえ俺は四年に上がってからというもの、就活やら卒論やらで忙しかったり、そもそも講義が少なかったりで華鈴に会えるのがサークルだけだったというのに。今日だって、ようやく就活も落ち着いて、久々にサークルに顔を出したところだったのに。というか、まさかそのせいで俺、その話聞けてない?
「まじです。短期でバイトすることになったので」
「お前がバイト!? 大丈夫なのかよ?」
「失礼ですね! 宝条さんがいるから大丈夫ですよ」
「は? 待って待って何言ってるのお前」
どうして今ここで宝条さんが出てくるんだ? 理解できずに考えを巡らせる。
「先輩、宝条さんから聞いてると思ってました。去年お店で仮装して商品を配ったのを今年もやるから、そのバイトを探してるんだってお話頂いたんです」
「それ、今年はやらないって……」
そう言ってたはずって思ったが、はたして本当にそうだったか?
「去年は一から十まで全部スタッフがやったけれど、今年は生産が追いつかないから、お菓子を配るのを外部のバイトを雇うことにしたって」
そんなバカな。すぐさま宝条さんからのLINEを確認する。『やらないよ、僕は』──含みをもたせた『僕は』の意味がようやくわかった。そうかよ、そういうことかよ!
「あのカボチャコロス……」
「先輩? 私、急ぐので……」
「ちょ、ちょっと待て華鈴!」
反射的に華鈴の腕を掴んだ。たとえ『カボチャ頭』が現れなくとも、『宝条さん』との距離が縮まるのだって、俺は嫌だ。それを阻むにはどうしたらいいのかなんて、そんなのそれしか思いつかなくて、俺は叫んだ。
「俺も行く!」
* * *
「バイトが増えることはありがたいんだが……」
宝条さんは、ついて来た俺を見るなり難色を示した。へへん、予想してなかっただろ。自分だけちゃっかり華鈴に近づこうとしやがって。ザマーミロだ。
もともとバイトをすることが決まっていた華鈴は、用意されていた仮装が入っている袋を渡されて着替えた後先に現場に向かったが、俺は1人バックヤードに残されている。物置のような棚をガサゴソと探しながら、宝条さんは言う。
「あいにく、手は足りててね。衣装も人数分しか用意していなくて」
「荷物持ちとか裏方とかでいーっすよ。そもそも仮装なんてアホみたいなことする気ないですし」
「アホなことする気ないならなんで来たんだ?」
あんたが抜け駆けしようとしたのを止めるためだよ。言わずに黙っていると、宝条さんが背中を向けたまま問いかけて来た。
「それに、君の学年じゃ今忙しいんじゃないのか。大丈夫なの、就活」
「お気遣いどうも。こう見えて優秀なんで。早いうちに余裕で終わらせましたよそんなもん」
本当はつい先日まで内定決まらなくてひぃひぃ言ってたけどな。嘘も方便である。
「へぇ。卒業したら工藤さんはフリーになるわけだな」
「させるわけないでしょ。OBの立場を利用してちょくちょく来ますよ」
「君の執念は本当に恐ろしいな──お、」
宝条さんの動きが止まる。何かと思って覗き込もうとしたところで、急にくるりと振り返った。
「よかった。あったあった」
「あったって、ちょっと待ってください、それ……」
宝条さんが持っていたのは、某量販店の黄色い袋だった。随分としわくちゃになっているその袋から透けて見えるのは、黒と、オレンジ? 嫌な予感にジワリと背中に汗がにじむ。
──ちょっと。ちょっと待て。
「働き者の君にはこれを授けよう。去年、一部の人間以外には絶大なる不人気で、今年は使わないでおこうと思っていた、余り物の仮装だよ」
表情筋が死んでることで(俺の中で)定評のある宝条さんの口元が、少し歪んでいるように見えるのは、気のせいなのか。ガサリ、と袋の中身を漁って出て来たのは、見覚えのある、二度と見たくなかった、あの──。
「せいぜい励めよ、アルバイト」
「……あんた、絶対許さないからな……」
手元で、カボチャ頭の被り物が俺を馬鹿にするように笑っている。
何の因果か、応報か。人生で二度もこれを被ることになろうとは、一度目の時は全く想像していなかったのである。俺はしばらく現実を受け止められずカボチャ頭を持って立ち尽くした。
今年もまた賑やかになるなぁと考えてから、去年のことを思い出した。そういえば、去年の今頃だったと思うのだ。華鈴が俺に例の爆弾発言をしてきたのは。俺は急いで宝条さんにLINEを送る。
『今年はあれ、やらないんですか』
主語がない文章だったが、あの人だったらわかるだろう。去年のハロウィンの記憶。あれとはつまり、華鈴の心をあっさり奪っていった「カボチャさん」が彗星の如く現れたあの店の企画のことである。
案の定、俺が聞きたいことを理解した上で、簡潔に返事が返ってきた。
『やらないよ、僕は』
よかった、やらないんだ。その返事を見て深く考えずに俺はスマホをポケットにしまった。やらないんなら心配ないな。また今年も「カボチャさん」が現れたら、華鈴も再び心を揺らしかねない。ようやく近づいてきた(と信じたい)華鈴との距離がまた遠くなってしまう。とりあえずは一安心だな、と胸をなでおろした。
* * *
部室に向かうと、入れ違いで華鈴が出て行くところだった。
「あれ? お前、サークルは?」
「今日は荷物を取りに来ただけです。あれ、今日からしばらくお休みするって言ってなかったでしたっけ?」
「聞いてねーよ!? まじで!?」
なんということだ。ただでさえ俺は四年に上がってからというもの、就活やら卒論やらで忙しかったり、そもそも講義が少なかったりで華鈴に会えるのがサークルだけだったというのに。今日だって、ようやく就活も落ち着いて、久々にサークルに顔を出したところだったのに。というか、まさかそのせいで俺、その話聞けてない?
「まじです。短期でバイトすることになったので」
「お前がバイト!? 大丈夫なのかよ?」
「失礼ですね! 宝条さんがいるから大丈夫ですよ」
「は? 待って待って何言ってるのお前」
どうして今ここで宝条さんが出てくるんだ? 理解できずに考えを巡らせる。
「先輩、宝条さんから聞いてると思ってました。去年お店で仮装して商品を配ったのを今年もやるから、そのバイトを探してるんだってお話頂いたんです」
「それ、今年はやらないって……」
そう言ってたはずって思ったが、はたして本当にそうだったか?
「去年は一から十まで全部スタッフがやったけれど、今年は生産が追いつかないから、お菓子を配るのを外部のバイトを雇うことにしたって」
そんなバカな。すぐさま宝条さんからのLINEを確認する。『やらないよ、僕は』──含みをもたせた『僕は』の意味がようやくわかった。そうかよ、そういうことかよ!
「あのカボチャコロス……」
「先輩? 私、急ぐので……」
「ちょ、ちょっと待て華鈴!」
反射的に華鈴の腕を掴んだ。たとえ『カボチャ頭』が現れなくとも、『宝条さん』との距離が縮まるのだって、俺は嫌だ。それを阻むにはどうしたらいいのかなんて、そんなのそれしか思いつかなくて、俺は叫んだ。
「俺も行く!」
* * *
「バイトが増えることはありがたいんだが……」
宝条さんは、ついて来た俺を見るなり難色を示した。へへん、予想してなかっただろ。自分だけちゃっかり華鈴に近づこうとしやがって。ザマーミロだ。
もともとバイトをすることが決まっていた華鈴は、用意されていた仮装が入っている袋を渡されて着替えた後先に現場に向かったが、俺は1人バックヤードに残されている。物置のような棚をガサゴソと探しながら、宝条さんは言う。
「あいにく、手は足りててね。衣装も人数分しか用意していなくて」
「荷物持ちとか裏方とかでいーっすよ。そもそも仮装なんてアホみたいなことする気ないですし」
「アホなことする気ないならなんで来たんだ?」
あんたが抜け駆けしようとしたのを止めるためだよ。言わずに黙っていると、宝条さんが背中を向けたまま問いかけて来た。
「それに、君の学年じゃ今忙しいんじゃないのか。大丈夫なの、就活」
「お気遣いどうも。こう見えて優秀なんで。早いうちに余裕で終わらせましたよそんなもん」
本当はつい先日まで内定決まらなくてひぃひぃ言ってたけどな。嘘も方便である。
「へぇ。卒業したら工藤さんはフリーになるわけだな」
「させるわけないでしょ。OBの立場を利用してちょくちょく来ますよ」
「君の執念は本当に恐ろしいな──お、」
宝条さんの動きが止まる。何かと思って覗き込もうとしたところで、急にくるりと振り返った。
「よかった。あったあった」
「あったって、ちょっと待ってください、それ……」
宝条さんが持っていたのは、某量販店の黄色い袋だった。随分としわくちゃになっているその袋から透けて見えるのは、黒と、オレンジ? 嫌な予感にジワリと背中に汗がにじむ。
──ちょっと。ちょっと待て。
「働き者の君にはこれを授けよう。去年、一部の人間以外には絶大なる不人気で、今年は使わないでおこうと思っていた、余り物の仮装だよ」
表情筋が死んでることで(俺の中で)定評のある宝条さんの口元が、少し歪んでいるように見えるのは、気のせいなのか。ガサリ、と袋の中身を漁って出て来たのは、見覚えのある、二度と見たくなかった、あの──。
「せいぜい励めよ、アルバイト」
「……あんた、絶対許さないからな……」
手元で、カボチャ頭の被り物が俺を馬鹿にするように笑っている。
何の因果か、応報か。人生で二度もこれを被ることになろうとは、一度目の時は全く想像していなかったのである。俺はしばらく現実を受け止められずカボチャ頭を持って立ち尽くした。
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