カボチャ頭と三角形

天乃 彗

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続編

06 気持ちに整理をつけました

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「……あ、待ってください。宝条さん。先輩も」

 呼び止められて、俺も宝条さんも振り返った。華鈴はやっとの事で宝条さんを見た後、俺のこともちらりと見た。モジモジとしている華鈴に既視感を覚える。これは、そうだ。去年、カボチャ頭に必死で話しかけようとしていた、あの頃と似ている。

「か……──」

 呼びかけようとしたところで、意を決したような華鈴が、俺の元へと一直線に歩いて来て、被っていたカボチャ頭の被り物を奪った。乱暴にされたせいで後頭部を軽く打つ。華鈴てめぇ! 
 呆然と見ていると、華鈴はそれを宝条さんの胸元に押し当てた。宝条さんも驚いた様子でそれを受け取ったが、華鈴はまだじぃっと宝条さんを見ている。──つまり、被れ、と? 華鈴の謎の行動の意図を宝条さんも読み取ったらしい。おずおずとカボチャ頭を被ってみせた。上はカボチャ頭、下はドゥ・ムモンの制服という去年より更に珍妙なジャックオランタンが出来上がる。

「私、カボチャさんにもう一度会えたら、伝えたいことがあったんです」
「……?」

 カボチャ頭はそういうキャラ設定なのか、宝条さんは喋らずこくりと頷いた。そんな前置きをされてから紡がれる言葉なんて、そんなの、聞きたくない。

「……私は、あなたのことが、好きでした。とっても、とっても」

 なんで俺は、こんな聞きたくもない見たくもない告白シーンに同席しているんだ。中は宝条さんだぞ。分かって言ってるんだよな。
 いたたまれなくなってバックヤードから出て行こうとする。が、腕を掴まれて引き戻された。腕を掴んでいたのは──華鈴だ。

「去年は結局言いそびれてしまったから、どうしても伝えたかったです。……この気持ちが恋じゃなかったとしても、あの出来事はやっぱり大切な思い出なので」
「──……!」

 弾けるように華鈴を見る。華鈴は心なしか、すっきりしたような顔をしている。
 あれは恋じゃないと、そう言ったのは俺だ。でも華鈴はあの時納得していない様子だったのに。
 宝条さんを見る。被り物のせいで表情は見えない。カボチャ頭は、向かい合う華鈴の手をぎゅっと握った。ありがとうとでも言うような握手だった。華鈴はしばらく握手した手を眺めていたけど、やがてどちらからともなく手を離して、よし、と声を張る。

「……はい! これでちゃんと、カボチャさんへの気持ちはお片づけしました。満足です!」
「……華鈴。お前、あれが恋じゃないって……」
「さぁさぁ! 着替えるので出ていってください!」
「わ、ちょ、押すな押すな!」

 宝条さんもろともグイグイと背中を押される。よろけた足を必死に踏ん張り、後ろを見やる。華鈴は笑っていた。昨日までより少し大人びた、花のような笑顔。俺の心臓はまた、バカみたいに高鳴った。

 見とれている間に、バックヤードへの扉をバタンと閉じられ、鍵までかけられてしまった。これから着替えるんだから当たり前だけど。
 あんな顔、反則だ。少し子供じみてていつもは無邪気に笑う華鈴が、一つ気持ちに整理をつけて、あんな表情をするようになって。同じ笑顔を見ていたはずの宝条さんを見る。宝条さんはカボチャ頭を被りっぱなしでぼんやりとしていた。

「……宝条さん?」
「……」
「宝条さ、……わぶ!」

 急に視界がオレンジに染まる。乱暴に被らされたそれは目の位置がおかしなところにあったようで、慌てて正面を向かせる。

「これからが本番だな、カボチャくん」
「その呼び方やめろ! ……望むところっすよ、粘着系男子舐めんなよ」

 火花が散りそうなほどお互い睨みつけあってから、仕事に戻るべくそれぞれの持ち場へと戻っていった。勝負はまだこれからなのだ。華鈴を巡る三角形は、まだまだ壊れてくれない。
 宝条さんには負けていられない。たとえこれから環境が変わったとしても、華鈴の隣を死守してやる。いつか華鈴が本当の恋を自覚したその時、隣にいるのが俺であるように。




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