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Husband at work
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「未来、俺今日バイトあるから」
土曜日の初デート騒動の次の日。日曜なのにもかかわらず、俺は起きて着替えを始めた。それに気付いて未来も起きだしてきたので、俺はそう言った。
未来はきょとんとしている。そう言えば、未来と知り合ってから、初めてバイトの話をする。
「ここの近くの食堂なんだけど、大学入ってからずっと働いてるんだ。個人経営のとこだから、従業員俺しかいないけど」
そんなことを話していると、時間が迫ってきていることに気付く。やべっ、遅れたら怒られる。
「えっと、昼はコンビニで買ってあるから、温めて食べて!」
俺は机の上のコンビニの袋を指差して言う。未来は小さく頷いた。
「それと、鍵! 一応ここに置いとくけど、むやみに外出ちゃダメだからね? いい子で待ってるんだよ?」
言いながら、未来を見ずに上着を羽織る。玄関に向かって、スニーカーを履いた。
「じゃあ、行ってくる!」
乱暴に扉を開ける。小さな「いってらっしゃい」が聞こえて、少し胸がくすぐったくなった。
* * *
「晃太ぁっ遅刻ギリギリだぞ!」
「さーせん!」
店長にどやされながら、カウンターの奥に走る。制服(と言ってもただのエプロン)を身にまとい、表に出た。
「たるんでるぞ、晃太ぁ」
「大学生はいそがしーんすよ!」
笑いながら、厨房にいる店長に言い返す。店長──ここ、「まるや食堂」をやっている丸山徹夫さんは、昔柔道をやっていたらしく、結構いい歳なのにがっしりした体つきのおっさんだ。強面だが、話すと意外に優しい。
すると奥から店長の奥さんである清美マネージャーが出てきて笑った。
「そうよー、晃太ちゃんだって大変だもの、ねぇ?」
「さすがマネージャー。分かってくれてる!」
マネージャーは、店長に比べたらいつもニコニコしている。ふくよかでかわいらしいお袋さんって感じ。二人は、大学近くの食堂を経営しているだけあって、客として来る学生に、まるで本当の両親みたいに接している。親元から離れて暮らすやつらには大人気で、マネージャーに癒されに来るやつらも少なくない。そしてそれは俺にとっても同じだ。二人は俺を本当の子供みたいに可愛がってくれていて、俺はここのバイト先が大好きだ。
「へんっ何が忙しいんだ、これの一人もいないくせして」
店長は右手の小指を立てる。このセリフ、何回目だろうか。事実、彼女なんていないからなんとも言えない。
ふと、未来の顔が頭をよぎる。……違う違う。あの子はまだ友達。
──って、“まだ”って何だよ!
脳内で自問自答をしていると、横でマネージャーがうふふと笑った。
「あら、私たちが知らないだけで、いるかもしれないじゃない? 晃太ちゃんだって男の子なんだし」
その言葉に、俺と店長は顔を強張らせた。マネージャー、何で何でもお見通しみたいな顔をしてるんだろう。学生たちの母の力なのだろうか。
「こんなやつにいるわきゃねーだろ! アホ言うな!」
「あらあら」
店長は何故か怒りながら作業に戻る。するとマネージャーがニコニコしながら耳打ちをして来た。
「ごめんね晃太ちゃん。あの人あんなこと言って、実は晃太ちゃんが彼女連れてくるの楽しみにしてるのよー」
「え」
俺は口をあんぐり開けながら店長を見る。……分かりにくいです、店長。苦笑いを浮かべて、俺は仕事を始めた。
* * *
昼のピークも過ぎて、やっと一息つけると思えた、そんなときだった。入り口の開く音がして、いらっしゃいませと笑顔を作った俺は、言葉を失った。見慣れた、顔。
「へい、いらっしゃ──って、えらいべっぴんさんが来たな!」
「あらあら、初めて見る顔ねぇ。そこの大学の子?」
「や……あの、」
店長とマネージャーが話しかける。しかしその女の子はキョロキョロと辺りを見渡すだけだ。そして、目が、合う。やばっ。思ったときにはもう遅かった。
──見つかった!
「……朝霧晃太っ」
彼女──未来は俺の姿を見つけるなり、嬉しそうに駆け寄ってきた。そして店長とマネージャーから隠れるように俺の後ろへと回った。店長とマネージャーは目を丸くさせながら俺と未来を見たのだった。
「えぇと、晃太ちゃん、知り合い?」
マネージャーが首をかしげながら尋ねる。俺は言葉に詰まってしまった。
「いや、何て言うか、その」
「……奥さん、でしょ」
「ちょ、未来! しー!」
「奥さん……だと?」
いち早く反応したのは店長だった。口を開けたまま包丁を持つ手を震わせている。それはまずいって店長!
「お前……俺らに黙っていつの間に結婚なんて……」
「誤解! 誤解です店長! この子は友達で! 俺は独身です!!」
「そうよねぇ。晃太ちゃんももう結婚出来る歳だものねぇ」
「マネージャー余計なこと言わないでっっ!」
俺は必死になって未来のことを説明する。と言っても、居候してる、とは言えないから、近くに住む友達だと嘘はついたけど。店長はまだ少し訝しげな顔をしていたけど、マネージャーの「まぁまぁ、晃太ちゃんが友達だって言ってるんだから」という言葉で追及するのをやめてくれた。実は主導権を握っているのはマネージャーなんじゃないか、とたまに思う。
「ふぅ……。で、未来、何で来たの?」
ようやく落ち着いて未来に尋ねた。
「……ご飯、食べに」
未来はお店をぐるりと見渡したあと、小さく言った。俺はその言葉に面食らった。
「だって、お弁当渡したじゃんか!」
「あれは朝食べたもの」
しれっと言ってのける未来に、俺はあんぐりと口を開けた。未来は少しだけウキウキした顔をしながら、俺を見る。何で楽しそうなんだろう。
ふと、後ろから視線を感じて、振り返った。カウンターの奥から、店長とマネージャーが俺たちをじっと見ている。……やめてほしい。
俺は未来に視線を戻した。まぁ……来ちゃったものはしょうがないか。ご飯食べに来たらしいし、ちゃんと接客しないとだな。俺はポケットからペンと伝票を取り出した。
「ご注文は?」
すると、未来は机の上をキョロキョロと見始めた。あ、そうか。俺は、椅子に座る未来に目線を合わせる。
「メニューは、壁の貼り紙。それを見て決めてね」
「……どれがおすすめ?」
「えっとね、どれもおいしいけど、俺は焼き肉定食が好き」
「じゃあ、それにする……」
「ご飯少なめにも出来るよ。未来にはちょっと量多いかも」
「そうする」
俺はサラサラと注文をメモすると、にっこりと笑った。
「かしこまりました!」
未来は俺につられたのか、少しだけ微笑んだ。……かわいい。なんて考えている場合じゃない。俺は伝票を厨房へと持っていき、店長へと渡した。
「焼き肉定食、ご飯少なめが一つで!」
「おう、まかせとけ」
店長はそう言うと、またちらりと未来を見た。未来はぼんやりと店内を眺めている。古びた食堂に美少女って、なんかミスマッチだ。
「本当に、あの子は何でもねぇのか?」
「だから、何度も言いますけど──」
言いかけたところで、入り口のベルが鳴った。
土曜日の初デート騒動の次の日。日曜なのにもかかわらず、俺は起きて着替えを始めた。それに気付いて未来も起きだしてきたので、俺はそう言った。
未来はきょとんとしている。そう言えば、未来と知り合ってから、初めてバイトの話をする。
「ここの近くの食堂なんだけど、大学入ってからずっと働いてるんだ。個人経営のとこだから、従業員俺しかいないけど」
そんなことを話していると、時間が迫ってきていることに気付く。やべっ、遅れたら怒られる。
「えっと、昼はコンビニで買ってあるから、温めて食べて!」
俺は机の上のコンビニの袋を指差して言う。未来は小さく頷いた。
「それと、鍵! 一応ここに置いとくけど、むやみに外出ちゃダメだからね? いい子で待ってるんだよ?」
言いながら、未来を見ずに上着を羽織る。玄関に向かって、スニーカーを履いた。
「じゃあ、行ってくる!」
乱暴に扉を開ける。小さな「いってらっしゃい」が聞こえて、少し胸がくすぐったくなった。
* * *
「晃太ぁっ遅刻ギリギリだぞ!」
「さーせん!」
店長にどやされながら、カウンターの奥に走る。制服(と言ってもただのエプロン)を身にまとい、表に出た。
「たるんでるぞ、晃太ぁ」
「大学生はいそがしーんすよ!」
笑いながら、厨房にいる店長に言い返す。店長──ここ、「まるや食堂」をやっている丸山徹夫さんは、昔柔道をやっていたらしく、結構いい歳なのにがっしりした体つきのおっさんだ。強面だが、話すと意外に優しい。
すると奥から店長の奥さんである清美マネージャーが出てきて笑った。
「そうよー、晃太ちゃんだって大変だもの、ねぇ?」
「さすがマネージャー。分かってくれてる!」
マネージャーは、店長に比べたらいつもニコニコしている。ふくよかでかわいらしいお袋さんって感じ。二人は、大学近くの食堂を経営しているだけあって、客として来る学生に、まるで本当の両親みたいに接している。親元から離れて暮らすやつらには大人気で、マネージャーに癒されに来るやつらも少なくない。そしてそれは俺にとっても同じだ。二人は俺を本当の子供みたいに可愛がってくれていて、俺はここのバイト先が大好きだ。
「へんっ何が忙しいんだ、これの一人もいないくせして」
店長は右手の小指を立てる。このセリフ、何回目だろうか。事実、彼女なんていないからなんとも言えない。
ふと、未来の顔が頭をよぎる。……違う違う。あの子はまだ友達。
──って、“まだ”って何だよ!
脳内で自問自答をしていると、横でマネージャーがうふふと笑った。
「あら、私たちが知らないだけで、いるかもしれないじゃない? 晃太ちゃんだって男の子なんだし」
その言葉に、俺と店長は顔を強張らせた。マネージャー、何で何でもお見通しみたいな顔をしてるんだろう。学生たちの母の力なのだろうか。
「こんなやつにいるわきゃねーだろ! アホ言うな!」
「あらあら」
店長は何故か怒りながら作業に戻る。するとマネージャーがニコニコしながら耳打ちをして来た。
「ごめんね晃太ちゃん。あの人あんなこと言って、実は晃太ちゃんが彼女連れてくるの楽しみにしてるのよー」
「え」
俺は口をあんぐり開けながら店長を見る。……分かりにくいです、店長。苦笑いを浮かべて、俺は仕事を始めた。
* * *
昼のピークも過ぎて、やっと一息つけると思えた、そんなときだった。入り口の開く音がして、いらっしゃいませと笑顔を作った俺は、言葉を失った。見慣れた、顔。
「へい、いらっしゃ──って、えらいべっぴんさんが来たな!」
「あらあら、初めて見る顔ねぇ。そこの大学の子?」
「や……あの、」
店長とマネージャーが話しかける。しかしその女の子はキョロキョロと辺りを見渡すだけだ。そして、目が、合う。やばっ。思ったときにはもう遅かった。
──見つかった!
「……朝霧晃太っ」
彼女──未来は俺の姿を見つけるなり、嬉しそうに駆け寄ってきた。そして店長とマネージャーから隠れるように俺の後ろへと回った。店長とマネージャーは目を丸くさせながら俺と未来を見たのだった。
「えぇと、晃太ちゃん、知り合い?」
マネージャーが首をかしげながら尋ねる。俺は言葉に詰まってしまった。
「いや、何て言うか、その」
「……奥さん、でしょ」
「ちょ、未来! しー!」
「奥さん……だと?」
いち早く反応したのは店長だった。口を開けたまま包丁を持つ手を震わせている。それはまずいって店長!
「お前……俺らに黙っていつの間に結婚なんて……」
「誤解! 誤解です店長! この子は友達で! 俺は独身です!!」
「そうよねぇ。晃太ちゃんももう結婚出来る歳だものねぇ」
「マネージャー余計なこと言わないでっっ!」
俺は必死になって未来のことを説明する。と言っても、居候してる、とは言えないから、近くに住む友達だと嘘はついたけど。店長はまだ少し訝しげな顔をしていたけど、マネージャーの「まぁまぁ、晃太ちゃんが友達だって言ってるんだから」という言葉で追及するのをやめてくれた。実は主導権を握っているのはマネージャーなんじゃないか、とたまに思う。
「ふぅ……。で、未来、何で来たの?」
ようやく落ち着いて未来に尋ねた。
「……ご飯、食べに」
未来はお店をぐるりと見渡したあと、小さく言った。俺はその言葉に面食らった。
「だって、お弁当渡したじゃんか!」
「あれは朝食べたもの」
しれっと言ってのける未来に、俺はあんぐりと口を開けた。未来は少しだけウキウキした顔をしながら、俺を見る。何で楽しそうなんだろう。
ふと、後ろから視線を感じて、振り返った。カウンターの奥から、店長とマネージャーが俺たちをじっと見ている。……やめてほしい。
俺は未来に視線を戻した。まぁ……来ちゃったものはしょうがないか。ご飯食べに来たらしいし、ちゃんと接客しないとだな。俺はポケットからペンと伝票を取り出した。
「ご注文は?」
すると、未来は机の上をキョロキョロと見始めた。あ、そうか。俺は、椅子に座る未来に目線を合わせる。
「メニューは、壁の貼り紙。それを見て決めてね」
「……どれがおすすめ?」
「えっとね、どれもおいしいけど、俺は焼き肉定食が好き」
「じゃあ、それにする……」
「ご飯少なめにも出来るよ。未来にはちょっと量多いかも」
「そうする」
俺はサラサラと注文をメモすると、にっこりと笑った。
「かしこまりました!」
未来は俺につられたのか、少しだけ微笑んだ。……かわいい。なんて考えている場合じゃない。俺は伝票を厨房へと持っていき、店長へと渡した。
「焼き肉定食、ご飯少なめが一つで!」
「おう、まかせとけ」
店長はそう言うと、またちらりと未来を見た。未来はぼんやりと店内を眺めている。古びた食堂に美少女って、なんかミスマッチだ。
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