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Distance of the heart has become far
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あの未来奪還騒動から、早くも一週間が過ぎてしまった。今のところ未来の実家からの動きはなく、あまりに平和だから拍子抜けだ。
そして俺は、あの日お世話になったのに存在をすっかり忘れていた吉田サマに一週間分のB定食を奢らされている。あの日の次の日から続いて、やっと今日が最後だ。安さが売りの学食とはいえ痛い出費だった……。
「にしても、晃太くんよかったねぇ! いつ付き合いだすのかなって思ってたんだぁ」
そう言ったのは友里ちゃんだ。吉田サマの命であの日のことは事細かに説明させられたから、未来と付き合いだしたことは二人とも知っている。友里ちゃんはまるで自分のことのようにきゃっきゃとはしゃいでいる。対する俺は苦笑いを浮かべるだけだった。
「しかも、同棲だぜ? ウラヤマシー」
「ほんとにね! いいなぁ、やっぱり毎日ラブラブなんでしょ? 付き合いたてはねー」
「毎日ヤりほうだ──」
「下品!」
「げふっ!」
友里ちゃんの肘鉄が綺麗に吉田の鳩尾に入った。吉田は苦しそうに机に突っ伏す。友里ちゃんは心配する様子もなく、キラキラした目を俺に向けた。
「で? どうなのっ? あの未来ちゃんがラブラブって想像できない! どんな感じなの?」
「いや……それが」
“ラブラブ”──その単語に胸がドキリと脈を打った。そうだ。俺は恋愛の師である友里ちゃんに相談しようと思っていたんだ。吉田が同席しているのは気にくわないが、仕方がない。
「……友里ちゃん。折り入って相談が」
「え? 何、急に」
俺は俯きながら、何から話そうか思いを巡らせていた。
* * *
思い出せば、あの日の夜。俺は未来と付き合えたことに対して浮かれていたのかもしれない。
未来と暮らしはじめてから、未来は俺のベッドで、俺は床に座布団敷き詰めて毛布かぶって寝ていたんだけど──あの日は、きっと脳内が麻痺していた。何をバカなことをと思うけれど、俺は未来にこう尋ねたのだ。
「未来──今日、その、一緒にそっちで寝ても、いい?」
ベッドに入りかけていた未来はピタリと動きを止め、しばらく固まっていた。長い沈黙が続いた。いいってことなのか? どうなんだ? 動けずにいた俺は、ただ未来を見つめていた。
その後、やっとこっちを見てくれたと思ったら、その目はかなり鋭く冷たく。
「嫌」
その二文字だけを返した未来は、俺に背を向けてベッドに潜り込んでしまったのだった。
そんなエピソードならまだある。その2、3日後、二人でテレビを見ていた時だった。何となく、隣にいる未来との距離が遠い気がして、少し近くに座り直した。同じ距離だけ、未来が遠退いた。
──……あれ?
おかしいな、ともう一度距離を縮めてみた。やっぱり同じ距離だけ未来が離れてしまった。
「あの……未来?」
「……お風呂入る」
「えっ、えぇ……?」
未来はすくりと立ち上がると、俺の方を見ずにお風呂に向かってしまった。一人取り残された俺は、寂しくテレビを見るしかなかった。
まだある。今日の朝だって。
恋人の朝って、どんなものだろうか。俺が思うに、ほのぼのと温かい雰囲気を醸し出すものだと思うんだけど。
「未来、おはよう。起きて」
俺は、低血圧で寝起きの悪い未来をそっと起こした。自分が学校へいく準備はもうしてある。未来は小さく唸りながら目を開ける。それを確認して、俺は話を続けた。
「俺学校行くから、朝はパン焼いてね。昼は冷蔵庫に入ってるから」
未来は寝そべったままこくりと頷いた。
「俺は今日も昼は吉田たちと食べるからね。あと、3限休みになったから、お昼食べたらすぐ帰ってくるね」
未来はまたこくりと頷く。
「じゃあ、行ってきます!」
「……ん」
やっと喋った、と思うと、未来はまた寝返りをうって布団に潜った。もっとこう……笑顔で「行ってらっしゃい」とか……こう……なんか……あるじゃないか。すやすや寝息をたて始めた未来に何も言えず、俺は家を出たのだった。
* * *
「ん ん ん……それは」
友里ちゃんは眉にシワを寄せながら小さく呟いた。彼女の険しい表情を見ても、この状況がよろしくないのは確かだ。
「今日の朝のは、まあ低血圧なら仕方ないかもって感じはするけど……」
「未来、付き合ってから不機嫌そうな顔ばっかりしてるんだ。基本的に無表情だったのが、もっとあれになったと言うか」
「うーん……」
「お前、実はダンナサマじゃなかったんじゃねーの? 今になって分かったとか」
「う……」
そう、なのかな。俺が未来のお父さんにあんなこと言っちゃった手前、言いづらいとか? いや、でもあの台詞に関しては嬉しいって言ってくれたし……。むしろあの日の未来が幻?
「なんか心当たりはないの?」
「……ない、と、思いたい」
俺が気にしていない何かで、未来を怒らせたり傷つけたりしている可能性もないわけじゃない。なんだか俺は自信がなくなってきてしまって、長いため息をついた。
「まぁ、一番手っ取り早いのは未来ちゃんに直接聞いてみることだと思うけど」
「そうだよね……やっぱり」
俺はゆっくり立ち上がって、お盆を持った。
「今日はもう帰りだし、帰ったら聞いてみる」
「うん、聞いたら教えてね」
友里ちゃんはにこりと笑うと、ヒラヒラと手を振った。「了解」とだけ言い残して、俺は食器を片付けに向かった。
* * *
そして俺は、あの日お世話になったのに存在をすっかり忘れていた吉田サマに一週間分のB定食を奢らされている。あの日の次の日から続いて、やっと今日が最後だ。安さが売りの学食とはいえ痛い出費だった……。
「にしても、晃太くんよかったねぇ! いつ付き合いだすのかなって思ってたんだぁ」
そう言ったのは友里ちゃんだ。吉田サマの命であの日のことは事細かに説明させられたから、未来と付き合いだしたことは二人とも知っている。友里ちゃんはまるで自分のことのようにきゃっきゃとはしゃいでいる。対する俺は苦笑いを浮かべるだけだった。
「しかも、同棲だぜ? ウラヤマシー」
「ほんとにね! いいなぁ、やっぱり毎日ラブラブなんでしょ? 付き合いたてはねー」
「毎日ヤりほうだ──」
「下品!」
「げふっ!」
友里ちゃんの肘鉄が綺麗に吉田の鳩尾に入った。吉田は苦しそうに机に突っ伏す。友里ちゃんは心配する様子もなく、キラキラした目を俺に向けた。
「で? どうなのっ? あの未来ちゃんがラブラブって想像できない! どんな感じなの?」
「いや……それが」
“ラブラブ”──その単語に胸がドキリと脈を打った。そうだ。俺は恋愛の師である友里ちゃんに相談しようと思っていたんだ。吉田が同席しているのは気にくわないが、仕方がない。
「……友里ちゃん。折り入って相談が」
「え? 何、急に」
俺は俯きながら、何から話そうか思いを巡らせていた。
* * *
思い出せば、あの日の夜。俺は未来と付き合えたことに対して浮かれていたのかもしれない。
未来と暮らしはじめてから、未来は俺のベッドで、俺は床に座布団敷き詰めて毛布かぶって寝ていたんだけど──あの日は、きっと脳内が麻痺していた。何をバカなことをと思うけれど、俺は未来にこう尋ねたのだ。
「未来──今日、その、一緒にそっちで寝ても、いい?」
ベッドに入りかけていた未来はピタリと動きを止め、しばらく固まっていた。長い沈黙が続いた。いいってことなのか? どうなんだ? 動けずにいた俺は、ただ未来を見つめていた。
その後、やっとこっちを見てくれたと思ったら、その目はかなり鋭く冷たく。
「嫌」
その二文字だけを返した未来は、俺に背を向けてベッドに潜り込んでしまったのだった。
そんなエピソードならまだある。その2、3日後、二人でテレビを見ていた時だった。何となく、隣にいる未来との距離が遠い気がして、少し近くに座り直した。同じ距離だけ、未来が遠退いた。
──……あれ?
おかしいな、ともう一度距離を縮めてみた。やっぱり同じ距離だけ未来が離れてしまった。
「あの……未来?」
「……お風呂入る」
「えっ、えぇ……?」
未来はすくりと立ち上がると、俺の方を見ずにお風呂に向かってしまった。一人取り残された俺は、寂しくテレビを見るしかなかった。
まだある。今日の朝だって。
恋人の朝って、どんなものだろうか。俺が思うに、ほのぼのと温かい雰囲気を醸し出すものだと思うんだけど。
「未来、おはよう。起きて」
俺は、低血圧で寝起きの悪い未来をそっと起こした。自分が学校へいく準備はもうしてある。未来は小さく唸りながら目を開ける。それを確認して、俺は話を続けた。
「俺学校行くから、朝はパン焼いてね。昼は冷蔵庫に入ってるから」
未来は寝そべったままこくりと頷いた。
「俺は今日も昼は吉田たちと食べるからね。あと、3限休みになったから、お昼食べたらすぐ帰ってくるね」
未来はまたこくりと頷く。
「じゃあ、行ってきます!」
「……ん」
やっと喋った、と思うと、未来はまた寝返りをうって布団に潜った。もっとこう……笑顔で「行ってらっしゃい」とか……こう……なんか……あるじゃないか。すやすや寝息をたて始めた未来に何も言えず、俺は家を出たのだった。
* * *
「ん ん ん……それは」
友里ちゃんは眉にシワを寄せながら小さく呟いた。彼女の険しい表情を見ても、この状況がよろしくないのは確かだ。
「今日の朝のは、まあ低血圧なら仕方ないかもって感じはするけど……」
「未来、付き合ってから不機嫌そうな顔ばっかりしてるんだ。基本的に無表情だったのが、もっとあれになったと言うか」
「うーん……」
「お前、実はダンナサマじゃなかったんじゃねーの? 今になって分かったとか」
「う……」
そう、なのかな。俺が未来のお父さんにあんなこと言っちゃった手前、言いづらいとか? いや、でもあの台詞に関しては嬉しいって言ってくれたし……。むしろあの日の未来が幻?
「なんか心当たりはないの?」
「……ない、と、思いたい」
俺が気にしていない何かで、未来を怒らせたり傷つけたりしている可能性もないわけじゃない。なんだか俺は自信がなくなってきてしまって、長いため息をついた。
「まぁ、一番手っ取り早いのは未来ちゃんに直接聞いてみることだと思うけど」
「そうだよね……やっぱり」
俺はゆっくり立ち上がって、お盆を持った。
「今日はもう帰りだし、帰ったら聞いてみる」
「うん、聞いたら教えてね」
友里ちゃんはにこりと笑うと、ヒラヒラと手を振った。「了解」とだけ言い残して、俺は食器を片付けに向かった。
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