ヒトガタの命

天乃 彗

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腹話術人形

02

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「あいてててて。よかった、助かったよ」
「きつくて大変だったんだ。ありがとう」

 2体の人形は、話しだしているくせに口はぴくりとも動かない。サラにはそれぞれがどちらの発言だかわからなかった。
 見た目もかなりそっくりだが、声もそっくりだった。腹話術師が作った声ではない、本当の声。何だか不思議だと思った。

「ボクはパペ。白いシャツがボクだよ」
「ボクはマペ。ベージュのシャツがボクだよ」

 サラはコクリと頷いた。まだ声の識別は曖昧だが、名前がわかっただけ助かった。

「キミさ、今日ボクらのショーを見てたよね」
「うんうん、そして初めてボクらの声に耳を傾けてくれた」

 昼間キョロキョロと動いていた目は、どうやら飾りではないらしい。サラは気付かれていたことに驚いたが、素直に頷く。
 人形たちはぴくりとも動かないまま、ペラペラと話し続けた。なまじ口がある分、違和感が拭いきれない。

「見てたならわかるだろ、ボクらの苦労」
「そうそう。酷かったでしょ、アレ」
「え……。酷かったって、何が……」

 サラは困惑する。確かにさっきまでの二人の扱いは酷いと思ったが、芸中に酷いと思ったことは特になかった。芸としては完成されていたと思うが……何が不満だったのだろう。

「何がって、全部だよ、全部。ボクらはあんな下らないケンカはしないし、そもそもマペはあんなにバカじゃない」
「そうそう。勝手にキャラを付けられて……やってられないよ」
「それに、アレ。ボクらをぶつけ合ってたでしょ、あの人」

 そういえば、そうだった。喧嘩の演出のために、二人をガンガンぶつけ合っていた。

「アレね、結構なダメージくらうんだよね。イタイイタイ」
「そうだよね。それに加えて、この扱いの悪さ。えーと……キミ、名前は?」

 話を聞くだけだったところに、いきなり話を振られてハッとする。

「サラ。……それが私の名前」

 本当なら、なくしていたはずの。出かかった言葉を押し止めた。そんなサラを気にする様子もなく、パペは言った。

「サラ、じゃあボクらの腕を持ち上げてごらん」
「え……腕を?」

 急に何を言いだすのだろう。サラはわけもわからぬまま、パペの腕を上に持ち上げた。
 ギシギシギシッ──。間接の部分が、鈍い音を立てて軋んだ。
 サラは驚いて思わず手を離してしまう。カランッ。脚の部分にぶつかって、小さく音が鳴った。

「ご、ごめんなさい」
「いや、いいのさ。で、わかったでしょ。ボクらの苦労」

 パペが自嘲ぎみに笑った。サラは横でいびきをかく男を見た。おそらく、今日の報酬で買ったと思われる、酒の山。軋む人形の体。多分、ずっと前から二人の体は痛んだまま──。

「……痛い?」
「もう慣れた。ね、マペ」
「うん。あの人が動かさなければ、大丈夫だし」

──それって、芸中はずっと痛いってことじゃ……。

 思ったが、言えなかった。マペはそんなサラの心情を読み取ったのか、クスリと笑った。

「ねぇ、サラ。ここでクイズだよ。ボクらの口は何のために付いてると思う?」

 その問いは、とても悲しみに満ちていた。クスリと笑いながら言った声は、少し震えているように聞こえた。
 答えられなかった。芸中、休むことなく動いていた口。何のために、あるといったら──。

「……マペ。いじめすぎ」

 パペが小さく言った。強張ったサラの顔を見たのだろう。パペはやれやれという風にため息を吐くと、静かに言う。

「でもね、本当に。ボクらは、言いたいことも言えない。こんなによく動く口があるのにね。何のための口なんだろうね」

 ズキンッ。覚えのある頭痛が、サラを襲った。

──この感覚は。

 ズキン。ズキン。ズキン。人形の声が、近くて遠い。体が、動かない。

「本音を隠して、ウソを言うための口なのかなぁ……」

 その一言で、何かが堰を切ったようにサラの中に溢れた。


 * * *


『サラ』

 呼ばれた声に、サラは振り返る。

『今日はシュリーマンさん一家とお茶会があります。着替えてらっしゃい』

──え……? 
 今日は予定がないはずだった。だから1日ゆっくりしていようと思ったのに。それに、お茶会はあまり好きじゃない。

 行きたくない。行きたくない。行きたくない。

『……何か問題が?』

 尋ねられて、サラはにっこりと笑った。

『……いいえ、何も。お茶会は好きだし、楽しみです』


 * * *


「……っ、はぁっ……!」

 ようやく自分の力で息が吸えた時、頭痛は引いていた。

──今のは、私の記憶……! 

 流れてきた映像を思い出し、確信する。今のような汚れた格好はしていなかったが、『サラ』と呼ばれていたのは間違いなく自分だった。サラを呼んだ女性──相変わらず相手の顔にはもやがかかっていてよくわからなかった。衝撃が隠せない。

──これじゃ、まるで……! 

「……サラ? どうしたんだい?」

 パペの声にハッとして、サラは顔を上げた。心なしかその声は、サラを心配しているように聞こえた。

「……どうも……どうもしないわ、ありがとう」

 サラはそう言って、わざとらしく笑った。
 言えるわけがない。記憶の中の自分が、まるであなたたちのようで驚いたなんて。言えるわけがない──。

「サラ、もうすぐあの人、起きると思うよ」
「え?」
「あの人、今二回寝返りうったでしょ。あれ、起きる前触れ。酒飲んだ後、かなり寝起き悪くて。ボクらにも当たったりするから、キミはもう行ったほうがいい」
「え……でも」
「いいから。行って」

 強い口調に、何も言えなくなった。

──『ボクらにも当たったりするから』。
 そう言ったパペの声は哀しげで。サラの身を案じてくれたその優しさが、痛ましかった。サラは何も言わず──言えず、走りだした。
 走って、走って、とりあえず、二人の様子が伺える、茂みの中に隠れた。マペの予言どおり、うぅんと呻き声を上げて男は起き上がる。するとらカバンから出ている人形に気が付いたのか、大きな舌打ちをした。ゆっくりパペとマペに近づき──思い切り、蹴り倒した。

「ひゃっ……」

 思わず小さな悲鳴を洩らした。あんな扱い、酷すぎる。
 男は乱暴に2体の人形を拾い、カバンに詰め込んだ。そして、カバンと酒の入った袋を持って、どこかに行ってしまった。
 サラは、小さく震えていた。持ち主に大切にされない人形。でも、持ち主がいなければ、彼らは消えてしまうのだ。──いつか出会った、人形たちのように。
 あの二人は、我慢しながら、あの男と共に生きていかねばならないのだ。それが悲しくて──サラは泣いていた。きっとあの男は、人形が壊れてしまうまで、あの二人の痛みに気付かない。でも、壊れてしまったら、きっと新しい人形を買うのだろう。
 それが悲しくて、サラはまた泣いた。


 * * *


 次の日──男は同じ場所で芸をしていた。酔っていたときとは別人のように、実に紳士的に客を湧かせていた。
 昨日とは違うネタらしい。昨日見た親子連れも見かけた。

「全く、喧嘩をするな。私はお前たち二人とも、同じくらい大好きだよ」
「……それ、本当?」
「ウソじゃない?」
「あぁ、二人とも大好きさ!」
「……うわぁーん! おじさーん!」
「僕たちも、おじさんが大好きだからね!」

 男の頬に、2体が口付ける。観客からパチパチと拍手が聞こえた。

『本音を隠して、ウソを言うための口なのかなぁ……』

 そんなパペの哀しげな言葉を思い出した。

「…………」

 聞いていられなくなって、サラは人だかりからそっと離れた。

 自分だけは、彼らの本音を知ってあげていたい。そうすることで、彼らの気持ちが少しでも晴れればいい。そんなことを思って歩いていると、拍手の音はもう遠く離れてしまっていた。 
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