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腹話術人形
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路地裏で体育座りのまま眠りにつくせいか、体があちこち痛んだ。せめて横になって眠りたい、と、新しい寝床を探して歩き回っていたとき、サラは大きな公園に辿り着いた。目立った遊具こそはないが、大きな広場があり、生い茂った木々が青々とした葉を広げている。広場では至る所で大道芸人たちが己の腕を披露していた。
とりあえず、木陰を覗いてみる。茂みが壁となり、横になればサラの姿は人通りが多いほうからは見えないようだった。
──ここなら、横になって眠れるわ。
サラは安堵から顔の筋肉を緩めた。
それにしても、こんな所に大きな公園があったとは気が付かなかった。そう思っていると、向こうから歓声が聞こえた。
そっと見てみる。遠くで人が集まっているようだった。彼らが何を見ているのか、ここからでは見えない。
「……何だろう」
この生活を送るようになってから、何かに対して「すごい」とか「素敵」とか、思わなくなった。あそこに行けば、そういう感情を取り戻せるだろうか。
「……」
人々は芸に夢中で、他のものなんて見ている余裕はなさそうだ。サラが人目を気にせず芸を見に行けるのは、今しかなかった。サラはそっと茂みから出て、一番人が集まっている所へと歩いていく。とりあえず、多少の距離をとりつつ、何とか芸は見える所で立ち止まった。
「じゃあ、次はしりとりだよ! しりとりの、『り』!」
少し高めの声がサラの耳に届いた。見ると、大柄の男が両手に小さな男の子くらいの大きさの2体の木製の人形を持って座っていた。人形は2つともそっくりだが、シンメトリーなデザインはまるで双子のようだった。
右手の人形は、白いシャツにサスペンダー付きのベージュのチノパンを穿いている。左手の人形は、ベージュのシャツにサスペンダー付きの白いチノパンを穿いていた。どちらもクリクリとした目をキョロキョロと動かし、口は忙しなく開閉を繰り返していた。
左手の人形の口が動くと、さっきとは違う声色の声が聞こえた。
「『り』……リンゴ!」
すかさず右手の人形が口を動かす。
「ゴキブリ!」
「『り』……? り……り……陸!」
「栗!」
「『り』? り……リンドウ!」
「ウリ!」
「……ねぇ、さっきから『り』ばっかりなんだけど」
「さぁ? 気のせいじゃない?」
観客がくすくすと笑いをこぼす。この間、男の口はまったく動いていなかった。
──腹話術か……。
初めて見る腹話術に、サラは素直に感動した。1つの人形ですることも難しいのに、2つの人形で完璧に芸をするこの男は、確かに腕の立つ人物だった。
「おじさーん! 酷いよ! パペってば僕のことをいじめるんだ!」
すると、男の口がやっと動いた。
「何だって? 本当かい? パペ」
パペと呼ばれた右の人形は、目をキョロキョロさせながら言う。
「ううん。僕はマペとゲームしてただけだよ?」
小さな子供の観客は、声を出して笑っていた。
「マペ、ゲームをしていただけじゃないか。大げさだぞ」
マペと呼ばれた左手の人形は、瞳をしたに向けて言う。
「違うやい! 違うやい! パペのバカ!」
「バカって言うほうがバカなんだ!」
男は人形をわざとぶつけ合った後、真ん中に割って入っていった。
「こらこら、喧嘩をするんじゃない。後でお菓子を買ってあげるから」
「えー? 本当?」
「わーい! おじさん、大好き!」
すると男は人形をそっとイスに横たえ、かぶっていた帽子を地面に置いた。観客に向かって一礼をする。
「……と、いうわけで、後でこの子たちにお菓子を買わなきゃいけません。楽しんでいただけたのならこちらにお願いします」
男の笑顔に、観客たちは今日一番の笑いをあげた。
「ねぇ、ママー、お人形さんにお菓子買わせてあげてー」
「もう、しょうがないわね」
観客たちがぞろぞろと帽子に見物料を入れる。紙幣を入れる人も多かった。男はニコニコとその様子を眺めていた。
そろそろ立ち去らないと目立ってしまう。サラは男に背を向けて歩きだした。──その時。
「大好き、だってさ」
「ウソばっかり」
小さな声が、聞こえた気がした。振り返ってみたが、そんな発言をしたような人は見当たらない。
「──……」
気のせいだったのだろうか。少し胸に引っ掛かるものを感じながら、サラは走ってその場から離れた。
* * *
街で食べられそうなものを探してきた後、サラはあの公園に戻ってきた。辺りはすっかり暗くなってきていて、街灯の明かりがぼんやりと園内を照らしていた。昼間は賑わっていたこの場所も、今は静まり返っていて人影も少ない。
──よかった。この調子なら、ここで寝ても怪しまれないわ。
ホッと胸を撫で下ろし、昼間見つけた茂みに向かおうとした時、サラはあるものに目を奪われた。昼間、腹話術師が芸をしていた場所に、人が座り込んでいる。大きな荷物に、大きな体──サラにはすぐにそれがあの腹話術師だとわかった。
男は地面に座り込んだまま動かない。
──もしかしたら、具合が悪いのかしら……。
少し心配になって、サラは少しずつ近づいてみる。男のそばには、空になった酒のビンが大量に転がっていた。男の周りは、酒の匂いが漂っている。
──……酔っているのね。
それだけなら、心配する必要もない。そう思って男に背を向けたその時、
「オイ!」
荒々しく、後ろから声がかけられた。男から発せられたものだということは言うまでもない。
「……はい」
「小娘、昼間俺の芸を見てただろう。薄汚ねーから覚えていた。こんな所で何してる。あ?」
昼間の紳士的な態度とは180度違う男の姿に、サラは肩をビクリと震わせた。見ると、男の顔は耳まで真っ赤だった。相当酔っているのだろう。
サラが何も言えず固まっていると、男がゲラゲラと笑い始めた。
「まぁいい。今の俺は気分がいい。オイ、座れ、小娘」
右手を地面に置き、2、3度叩く。おとなしく座ったほうが賢明だと思い、サラは男の横に腰を下ろした。
男はビンをそのままらっぱ飲みすると、プハーと息を吐いた。
「うまい! 儲けた後の酒はうまいぜ!」
ガハハ、と男が笑う。図体がでかい分すごい迫力だ。
──儲け。
昼間、お金でいっぱいになった帽子を思い出す。おそらく、この男はそのお金を全部酒に注ぎ込んだのだろう。まだ開いていないビンを含めると、相当の量である。
「オイ小娘。俺の芸はどうだった!」
いきなり話を振られ、おどおどしながらも正直に感想を述べる。
「す……すごかった、です。あんなにすごいの、初めて見ました」
「そうだろう! 俺は天才だからな!」
そう言ってまたガハハと笑った。サラは、早くここから離れたい一心で、ちらりと横を見やる。男のカバンだろう。やけに大きな革のカバンだ。ファスナーから、昼間の人形の足がはみ出ていた。
──あれは……。
酷い。そう思った。
乱雑に扱っている証拠である。人形を大切にしている芸人ならば、それなりのケースに入れるか、丁寧に入れるかするはずだ。
『大好き、だってさ』
『ウソばっかり』
不意に、昼間聞こえた声を思い出した。
──もしや、あの声は。
「……あのっ、よかったら人形を見せていただきたいんですが──」
男を見ると、ビンを持ったままいびきをかいて眠ってしまっていた。口がだらしなく開いたままだったため、涎もたれている。
──……お酒臭い。
サラはカバンを少しだけ男から遠ざけた。眠っているから、大丈夫だろう。ファスナーをゆっくりと開ける。木で出来た2体の人形が、ぶつかり合ってカラコロと音を立てた。
サラは、両手で1体ずつ取り出す。人形は口が動く仕組みがあるためかわりと重く、サラは2体を並べ終えると思わず息をついた。
とりあえず、木陰を覗いてみる。茂みが壁となり、横になればサラの姿は人通りが多いほうからは見えないようだった。
──ここなら、横になって眠れるわ。
サラは安堵から顔の筋肉を緩めた。
それにしても、こんな所に大きな公園があったとは気が付かなかった。そう思っていると、向こうから歓声が聞こえた。
そっと見てみる。遠くで人が集まっているようだった。彼らが何を見ているのか、ここからでは見えない。
「……何だろう」
この生活を送るようになってから、何かに対して「すごい」とか「素敵」とか、思わなくなった。あそこに行けば、そういう感情を取り戻せるだろうか。
「……」
人々は芸に夢中で、他のものなんて見ている余裕はなさそうだ。サラが人目を気にせず芸を見に行けるのは、今しかなかった。サラはそっと茂みから出て、一番人が集まっている所へと歩いていく。とりあえず、多少の距離をとりつつ、何とか芸は見える所で立ち止まった。
「じゃあ、次はしりとりだよ! しりとりの、『り』!」
少し高めの声がサラの耳に届いた。見ると、大柄の男が両手に小さな男の子くらいの大きさの2体の木製の人形を持って座っていた。人形は2つともそっくりだが、シンメトリーなデザインはまるで双子のようだった。
右手の人形は、白いシャツにサスペンダー付きのベージュのチノパンを穿いている。左手の人形は、ベージュのシャツにサスペンダー付きの白いチノパンを穿いていた。どちらもクリクリとした目をキョロキョロと動かし、口は忙しなく開閉を繰り返していた。
左手の人形の口が動くと、さっきとは違う声色の声が聞こえた。
「『り』……リンゴ!」
すかさず右手の人形が口を動かす。
「ゴキブリ!」
「『り』……? り……り……陸!」
「栗!」
「『り』? り……リンドウ!」
「ウリ!」
「……ねぇ、さっきから『り』ばっかりなんだけど」
「さぁ? 気のせいじゃない?」
観客がくすくすと笑いをこぼす。この間、男の口はまったく動いていなかった。
──腹話術か……。
初めて見る腹話術に、サラは素直に感動した。1つの人形ですることも難しいのに、2つの人形で完璧に芸をするこの男は、確かに腕の立つ人物だった。
「おじさーん! 酷いよ! パペってば僕のことをいじめるんだ!」
すると、男の口がやっと動いた。
「何だって? 本当かい? パペ」
パペと呼ばれた右の人形は、目をキョロキョロさせながら言う。
「ううん。僕はマペとゲームしてただけだよ?」
小さな子供の観客は、声を出して笑っていた。
「マペ、ゲームをしていただけじゃないか。大げさだぞ」
マペと呼ばれた左手の人形は、瞳をしたに向けて言う。
「違うやい! 違うやい! パペのバカ!」
「バカって言うほうがバカなんだ!」
男は人形をわざとぶつけ合った後、真ん中に割って入っていった。
「こらこら、喧嘩をするんじゃない。後でお菓子を買ってあげるから」
「えー? 本当?」
「わーい! おじさん、大好き!」
すると男は人形をそっとイスに横たえ、かぶっていた帽子を地面に置いた。観客に向かって一礼をする。
「……と、いうわけで、後でこの子たちにお菓子を買わなきゃいけません。楽しんでいただけたのならこちらにお願いします」
男の笑顔に、観客たちは今日一番の笑いをあげた。
「ねぇ、ママー、お人形さんにお菓子買わせてあげてー」
「もう、しょうがないわね」
観客たちがぞろぞろと帽子に見物料を入れる。紙幣を入れる人も多かった。男はニコニコとその様子を眺めていた。
そろそろ立ち去らないと目立ってしまう。サラは男に背を向けて歩きだした。──その時。
「大好き、だってさ」
「ウソばっかり」
小さな声が、聞こえた気がした。振り返ってみたが、そんな発言をしたような人は見当たらない。
「──……」
気のせいだったのだろうか。少し胸に引っ掛かるものを感じながら、サラは走ってその場から離れた。
* * *
街で食べられそうなものを探してきた後、サラはあの公園に戻ってきた。辺りはすっかり暗くなってきていて、街灯の明かりがぼんやりと園内を照らしていた。昼間は賑わっていたこの場所も、今は静まり返っていて人影も少ない。
──よかった。この調子なら、ここで寝ても怪しまれないわ。
ホッと胸を撫で下ろし、昼間見つけた茂みに向かおうとした時、サラはあるものに目を奪われた。昼間、腹話術師が芸をしていた場所に、人が座り込んでいる。大きな荷物に、大きな体──サラにはすぐにそれがあの腹話術師だとわかった。
男は地面に座り込んだまま動かない。
──もしかしたら、具合が悪いのかしら……。
少し心配になって、サラは少しずつ近づいてみる。男のそばには、空になった酒のビンが大量に転がっていた。男の周りは、酒の匂いが漂っている。
──……酔っているのね。
それだけなら、心配する必要もない。そう思って男に背を向けたその時、
「オイ!」
荒々しく、後ろから声がかけられた。男から発せられたものだということは言うまでもない。
「……はい」
「小娘、昼間俺の芸を見てただろう。薄汚ねーから覚えていた。こんな所で何してる。あ?」
昼間の紳士的な態度とは180度違う男の姿に、サラは肩をビクリと震わせた。見ると、男の顔は耳まで真っ赤だった。相当酔っているのだろう。
サラが何も言えず固まっていると、男がゲラゲラと笑い始めた。
「まぁいい。今の俺は気分がいい。オイ、座れ、小娘」
右手を地面に置き、2、3度叩く。おとなしく座ったほうが賢明だと思い、サラは男の横に腰を下ろした。
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──あれは……。
酷い。そう思った。
乱雑に扱っている証拠である。人形を大切にしている芸人ならば、それなりのケースに入れるか、丁寧に入れるかするはずだ。
『大好き、だってさ』
『ウソばっかり』
不意に、昼間聞こえた声を思い出した。
──もしや、あの声は。
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男を見ると、ビンを持ったままいびきをかいて眠ってしまっていた。口がだらしなく開いたままだったため、涎もたれている。
──……お酒臭い。
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