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着せ替え人形
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パペとマペと別れて二日が経った。サラは町で食べ物を探し彷徨い歩いていたが、もう空腹で倒れそうだった。
あの公園にはあれ以来行っていない。またパペとマペを見たら、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
立っていられなくなり、サラは建物の影に座り込んだ。背中に煉瓦のひんやりとした感触が伝わる。
サラは小さくため息を吐いた。少しずつ、本当に少しずつ記憶の欠片が戻りつつあるが、決定的なものは分からずじまいだ。結局自分が何者で、何故今こんな姿でいるのかは分からない。
──シュリーマン一家。
あの女性が口にした人名と思われる単語。それを辿れば、自分に近付けるだろうか。……しかし、辿るすべがない。人は、いつだってサラの話なんか聞いてくれないのだから──。
こんな所で、空腹で倒れたまま消えていくのだろうか? 自分の末路を想像して、自嘲気味に笑った。
「──お姉ちゃん、どうしたの?」
急に声が降ってきて、サラは勢い良く顔を上げた。
そこには、4、5歳かと思われる少女がサラを見下ろして立っていた。大きな目をクリクリとさせて、興味深そうにサラを見ている。
──この子……。
サラは少女を見て息を飲んだ。この顔には見覚えがある。
『ねぇ、ママー、お人形さんにお菓子買わせてあげてー』
『もう、しょうがないわね』
そんな会話をしながら、パペとマペの芸を見ていた親子連れの娘だ。少女の方はサラのことには気付いていないようだが。
「あ……、何でも、ないの。ただ、お腹がすいているだけで」
サラがそう言うと、少女は驚いたようだった。
「お腹すいてるの? 大変!」
そう言うと、少女は自身の服のポケットを探る。しかし何も入っていなかったようで、哀しげに眉尻を下げた。すると、少し考えるようにした後、
「ちょっと待ってて!」
と駆けていってしまった。
「あっ……ちょっと」
サラは慌てて引き止めようとしたが、少女は聞く耳持たずで姿を消した。追い掛けようにも、体が動かない。サラは行き場の無い手を下ろし、ため息を吐いた。
──放っておこう。きっとあんな小さい子には何もできない。
サラはぼうっと宙を眺めた。
「──こっちこっち!」
遠くでさっきの少女が何か言っているのが聞こえた。声のするほうを見てみると、少女が母親の手をとりこちらに向かっているところだった。
──っ!
サラは目を見張る。まさか母親をつれてくるとは思わなかった。慌てて逃げ出そうとするも、少女がこちらに到着するほうが早かった。
言葉につまる。視線がかち合った少女の母親が、一瞬表情を歪めたのがわかったのだ。
「ママー、この人ねー? お腹すいてるんだって! 今、夕飯のお買物終わったでしょ? だからごちそうしてあげようよ! ねー? いいでしょママー」
少女が母親の手を揺さ振った。おそるおそる母親の顔を見上げる。固まった表情を和らげようとしているのか、頬の筋肉をピクピクとさせていた。思っていることが洩れてくるようだった。──本当ならば断りたい。だが、娘の前で人に冷たい態度はとれない。『いい母親』でいたい。
「わっ……私は、大丈夫ですから、そのっ……!」
「何でー? 大丈夫じゃないよぅ、だって、今お腹すいて動けないんでしょ? それに、お洋服も汚れてるし、可哀相だよぅ、ねぇママー?」
「え……、えぇ……そうね」
母親がぎこちなく微笑んだ。少女の厚意が、すごく痛い。
「お家もすぐそこだし、いいでしょ?」
「えと……」
「お姉ちゃん、心配しなくてもいいんだよ! ママはすっごく優しいし、お料理もすっごくうまいんだから!」
少女の無垢な思いが、母親を黙らせた。サラはばつが悪くて俯く。
「ね? ママー」
長い長い沈黙の後、母親は小さく頷いた。明らかな作り笑いだった。
「やった! お姉ちゃん、よかったね! 行こう!」
「あ……」
少女は嬉々としてスキップで先をゆく。サラは自力で立ち上がれず、困ったように呟いた。
すると、母親が無言で手を差し出した。少し迷って、サラはその手をとって立ち上がる。
「こっちです」
目を合わせずに、母親は歩きだした。母親が、サラが触れた手を服でそっと拭うのを見てしまい、サラは哀しげに俯いた。
* * *
あの公園にはあれ以来行っていない。またパペとマペを見たら、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
立っていられなくなり、サラは建物の影に座り込んだ。背中に煉瓦のひんやりとした感触が伝わる。
サラは小さくため息を吐いた。少しずつ、本当に少しずつ記憶の欠片が戻りつつあるが、決定的なものは分からずじまいだ。結局自分が何者で、何故今こんな姿でいるのかは分からない。
──シュリーマン一家。
あの女性が口にした人名と思われる単語。それを辿れば、自分に近付けるだろうか。……しかし、辿るすべがない。人は、いつだってサラの話なんか聞いてくれないのだから──。
こんな所で、空腹で倒れたまま消えていくのだろうか? 自分の末路を想像して、自嘲気味に笑った。
「──お姉ちゃん、どうしたの?」
急に声が降ってきて、サラは勢い良く顔を上げた。
そこには、4、5歳かと思われる少女がサラを見下ろして立っていた。大きな目をクリクリとさせて、興味深そうにサラを見ている。
──この子……。
サラは少女を見て息を飲んだ。この顔には見覚えがある。
『ねぇ、ママー、お人形さんにお菓子買わせてあげてー』
『もう、しょうがないわね』
そんな会話をしながら、パペとマペの芸を見ていた親子連れの娘だ。少女の方はサラのことには気付いていないようだが。
「あ……、何でも、ないの。ただ、お腹がすいているだけで」
サラがそう言うと、少女は驚いたようだった。
「お腹すいてるの? 大変!」
そう言うと、少女は自身の服のポケットを探る。しかし何も入っていなかったようで、哀しげに眉尻を下げた。すると、少し考えるようにした後、
「ちょっと待ってて!」
と駆けていってしまった。
「あっ……ちょっと」
サラは慌てて引き止めようとしたが、少女は聞く耳持たずで姿を消した。追い掛けようにも、体が動かない。サラは行き場の無い手を下ろし、ため息を吐いた。
──放っておこう。きっとあんな小さい子には何もできない。
サラはぼうっと宙を眺めた。
「──こっちこっち!」
遠くでさっきの少女が何か言っているのが聞こえた。声のするほうを見てみると、少女が母親の手をとりこちらに向かっているところだった。
──っ!
サラは目を見張る。まさか母親をつれてくるとは思わなかった。慌てて逃げ出そうとするも、少女がこちらに到着するほうが早かった。
言葉につまる。視線がかち合った少女の母親が、一瞬表情を歪めたのがわかったのだ。
「ママー、この人ねー? お腹すいてるんだって! 今、夕飯のお買物終わったでしょ? だからごちそうしてあげようよ! ねー? いいでしょママー」
少女が母親の手を揺さ振った。おそるおそる母親の顔を見上げる。固まった表情を和らげようとしているのか、頬の筋肉をピクピクとさせていた。思っていることが洩れてくるようだった。──本当ならば断りたい。だが、娘の前で人に冷たい態度はとれない。『いい母親』でいたい。
「わっ……私は、大丈夫ですから、そのっ……!」
「何でー? 大丈夫じゃないよぅ、だって、今お腹すいて動けないんでしょ? それに、お洋服も汚れてるし、可哀相だよぅ、ねぇママー?」
「え……、えぇ……そうね」
母親がぎこちなく微笑んだ。少女の厚意が、すごく痛い。
「お家もすぐそこだし、いいでしょ?」
「えと……」
「お姉ちゃん、心配しなくてもいいんだよ! ママはすっごく優しいし、お料理もすっごくうまいんだから!」
少女の無垢な思いが、母親を黙らせた。サラはばつが悪くて俯く。
「ね? ママー」
長い長い沈黙の後、母親は小さく頷いた。明らかな作り笑いだった。
「やった! お姉ちゃん、よかったね! 行こう!」
「あ……」
少女は嬉々としてスキップで先をゆく。サラは自力で立ち上がれず、困ったように呟いた。
すると、母親が無言で手を差し出した。少し迷って、サラはその手をとって立ち上がる。
「こっちです」
目を合わせずに、母親は歩きだした。母親が、サラが触れた手を服でそっと拭うのを見てしまい、サラは哀しげに俯いた。
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