ヒトガタの命

天乃 彗

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テディベア

01

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 ペレンニス親子と別れてから、どのくらい経ったのだろう。サラは街を彷徨いながら、一つの考えを巡らせていた。
 名前のない人形と会話していたとき、パペとマペと会話していたとき、イオナと会話していたとき──記憶の欠片が、蘇った。断片的にだが、確実に、記憶が蘇ったのだ。

──間違いない。記憶を取り戻す鍵は、人形にある。
 サラは路地裏を通り抜けて、建物を眺める。かと言って、自分のような人間がそう何度も人形と会話できるわけがない。ベリスは自然に人形を見せてくれたが、他の人はそうは行かないだろう。
 だから、どこかに自分でも会話できる人形はないか。キョロキョロと辺りを見渡して探していた。

──あ。

 サラは、自分の目線の先──古びた小さな建物のガラスケースの中に、人形のようなものが置いてあることに気付いた。人気のない道に面したショーウィンドウならば、立ち止まっていても不自然ではないだろう。
 小走りでそこへ向かう。その建物──どうやらお店らしい建物のショーウィンドウの中には、色々なものが入っていた。
 埃をかぶった皿や壺や、木製の箱、シンプルな装飾の鏡など、それらからはどこか古い印象を受けた。そのガラスケースの中に一つだけあったのは、小さな子供くらいの大きさのテディベアだった。
 くりくりとした大きな目。手足の付け根にはボタンがついている。おそらく上下に自由に動くようになっているのだろう。首には赤いリボンがまかれていて、肩の位置で蝶結びされていた。ケースの中でちょこんと座っているそのテディベアの足の裏には、「Grandiflorus」と刺繍がされていた。

──かわいい……。

 サラは素直にそう思った。触れないから分からないが、見るからに毛並みはふわふわしている。

「……あのぅ……」

 恐る恐るテディベアに話し掛けてみる。一応建物の中にいるのだから、消えたわけではないのだろう。だから話し掛ければ答えてくれるはず。
 サラはドキドキしながら反応を待った。このかわいらしい身なりだ。きっとすごくかわいらしい声で答えて──。

「……なんだあ、俺に何か用か? 小娘」

──え……。

 聞こえたのは、低くて渋い、おじさんのような声だった。サラは辺りを見渡す。まわりにはおじさんらしき人物も、他に人形も見当たらない。

「……くまさん?」
「だから、何か用かって聞いてんだ!」

 急に声を荒げたために、サラはビクリと体を震わせた。やっぱりこの渋い声はこのテディベアで間違いないらしい。見た目とのギャップがありすぎだ。サラは体を硬直させる。
 しかし、「何か用か」と問われると、言葉につまってしまう。自分の記憶を取り戻すきっかけが、おそらく人形にある。だから話し掛けたのだが、何と言えばいいのだろう。

「あなたと、お話しようと思って……。ええと、あなた、お名前は?」

 とりあえず、今までは会話の途中で記憶が蘇った。とにかくこのテディベアと会話をしてみようと質問をしてみた。テディベアは少し黙りこくったあと、小さな声で呟いた。

「フィラデルフス・グランディフロルスだ」
「え……? フィ、フィラデル……」
「フィラデルフス・グランディフロルスだ!」
「フィラデルフス、グラ……?」

 長くて中々覚えられない。そんなサラにイライラした様子のフィラデルフスは、小さく舌打ちをした。

「ちっ……まぁいい。俺もこの長ったらしい名前は気にくわねぇ。好きに呼べ」
「……じゃあ、くまおさん?」

 思いついた名前を言ってみる。すると、フィラデルフス──くまおは大きなため息を吐いた。

「……お前なぁ、もうちょっとこう、センスってぇもんを持ってねぇのか」
「だ、だって、かわいいのに中身は渋かったから……」

 おどおどと言うと、くまおはまぁいい、と呟いた。

「おめぇは何てーんだ」
「私……私は、サラ」
「はぁん、サラってぇのか。おめぇ、いくつだ」
「歳は、分からないの」
「……まぁまぁガキだろうな。俺はガキは嫌いなんだ」
「……どうして?」

 サラは首を傾げた。子供嫌いのテディベアなんておかしなものだ。子供にこそ可愛がられるものなのに。

「──子供ってぇのは、飽きるのも一瞬だからな……」
「……どういう、こと?」

 サラの問いに、くまおは小さく自嘲ぎみに笑った。サラはその声に何故かドキリとした。

「くまさんくまさんなんて言って寄ってくるくせしてよぉ。飽きると見向きもしなくなるんだよ。……可愛がってくれたことが、嘘みたいにな」

──可愛がってくれたことが、嘘みたいに。

 サラは、ゴミ捨て場で消えていった人形を思い出した。彼女もきっと、可愛がってくれたときの記憶を大事にしていた──その記憶が消えてしまうまで。
 飽きられて見向きもされなくなった人形は、一体どんな気持ちでいるのだろう。

「まぁ……かと言って大人も嫌いだけどな。奴らは自分の物差しで価値を勝手に決めやがる」

 また、ドキリとした。何かを、思い出しそうな──。

「……くまおさんは、人が嫌いなの?」

 小さな声で尋ねた。言ってみて気付いた。私は、この答えを聞いてどうするのだろうか。
 くまおは少し黙って、小さく鼻で笑った。笑われるとは思わず、サラは目を丸くさせる。

「……さぁな」

 その答えが、哀しげに響いた気がするのは、気のせいなのだろうか。サラは何と言っていいのかわからず、ただガラスに手を添えた。その時だった。

「あらぁ、お客さんかしら?」

 中から初老の女性が出てきて、サラを見て言った。サラは思わずガラスから手を離し、その女性に向き直る。
 上品な感じの女性だった。白髪混じりの髪の毛を下の方でまとめてお団子にしている。銀の鎖で首からかけられているのは、高級そうな老眼鏡だ。その女性は、裾がふんわりとしたワインレッドのワンピースに、前掛けエプロンをしていた。

「あ、あのっ……私……、すみません!」

 お金など持ってもいない、醜い姿の自分が冷やかしをしていたとなれば、絶対に怒られる。瞬時にそう思ったサラは、すぐに謝ってそこから逃げ出そうとした。
 すると、女性がクスクスと笑い始めた。驚いて、足を止める。

「なぁんて、冗談よ。あなたを見ればお金なんか持ってないの分かるわ」
「え……」
「フィラデルフスをじっと見ていたから、気に入ったのかしらと思って。でも、その子、高くつくわよ?」

──今、フィラデルフスと言った。

 サラは女性をじっと見た。この人が、くまおの持ち主なのだろうか。

「まぁ、せっかくだし、中も見ていきなさいな。誰も来なくて暇だったのよ」
「え……?」
「ちょっとおばちゃんの話相手になってちょうだい。何も出ないけれど」

 そう言って、女性は中に入っていった。来いと言うことだろうか。サラは自分の姿をガラスに映す。決して綺麗とは言い難いが、彼女がいいと言うのだからいいのだろう。
 サラは恐る恐る中へ足を踏み入れた。建物の中も、たくさんのもので溢れかえっていた。乱雑に置かれたたくさんのもの。ガラスケースに入っていたような絵皿や大きな壺、天使をかたどった大きな置物。鹿の頭の壁掛けの置物。果ては古びた机や椅子まで、統一性のない様々なものがあった。
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