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一章 婚約破棄~王国の滅亡
3 死霊の森、そして届いた報せ
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東への道は、想像以上に険しかった。
「死霊の森」と呼ばれるようになったエリアは、かつては静かな森林地帯だったはずだ。しかし、一歩足を踏み入れると、生気が吸い取られたかのような陰鬱な空気に包まれる。木々は黒く朽ち、地面からは絶えず湿った腐臭が立ち上っていた。
ギルドからの情報は正確だった。夜闇が訪れると、文字通り大量の死霊(アンデッド)が現れた。
まず、動く骸骨スケルトンの群れ。彼らは骨の剣を携え、集団で襲いかかってくる。次に、朽ちた肉体をずるずると引きずるゾンビ。彼らは動きは鈍いものの、その腐敗した体は容易に剣を受け付けず、悪臭をまき散らした。
(これが、あの愚かな王子が対処に手を焼いているという脅威ね)
私は冷静に大剣を構えた。私の剣は、彼らが私を拒絶した理由であり、私の誇りだ。この剣を振るうことに、何の迷いもない。
スケルトンの群れが向かってくる。普通の冒険者なら、その数と異様な雰囲気に萎縮し、包囲される前に逃げ出すだろう。
しかし、私は逃げない。
「邪魔だ」
私は大剣を振り抜いた。回転と同時に放たれた剣圧が、目の前のスケルトン十数体を一瞬で粉砕する。ガシャン、と音を立てて骨の破片が飛び散った。
アルフレッド殿下は、私の剣の強さを「可愛げがない」と評した。だが、この圧倒的な力こそが、私を生き延びさせ、私の道を切り開く。彼らにとっての「可愛げ」とは、私が剣を振るうたびに彼らの自尊心を傷つける、力のなさを意味していたのだ。
私はゾンビの群れにも構わず突進した。ゾンビの腐肉に剣がめり込む感触は不快だが、躊躇はしない。剣圧を込めた一撃は、彼らの核である頭部を確実に破壊する。
討伐は、想像以上に一方的だった。私が公爵令嬢として受けてきた訓練は、辺境の一冒険者が太刀打ちできるレベルのものではない。私の動きには無駄がなく、一太刀で確実に敵を仕留めた。まるで、子供相手の剣術稽古のようだ。
この「死霊の森」での数日間の討伐で、私はランクDから一気にランクBへと昇格した。ギルド内での私の評判は、もはや「腕の立つ新人」ではなく「規格外の怪物」へと変わっていた。
私がこの地で次々と死霊の討伐を続けるうちに、リーフェルの街には活気が戻り始めた。危険が減ったことで、鉱山の採掘や交易の道が再開されたのだ。
ある晩、私はギルドの二階にある宿泊室で、報酬の計算をしていた。大量の魔石と証拠品が、私の目の前で輝いている。
すると、ノックの音がして、ギルドマスターが入ってきた。屈強な体躯を持つ男だが、私の前では少しばかり緊張しているように見える。
「シン、話がある」
彼はそう言うと、一枚の羊皮紙をテーブルの上に置いた。それは、王都の紋章が押された緊急の公文書だった。
「王都から、伝令が来た。内容は、お前に宛てたものだ」
「私に? 私のところに、王都からの伝令が来る理由なんてありませんよ。私はただの冒険者です」
私は皮肉を込めて言った。
ギルドマスターは困ったように頭を掻いた。
「いや、どうやらお前が公爵令嬢シンシアだと、王都側が突き止めたらしい。この街でのあまりに異常な討伐速度と、剣の流派を調べたらしいんだ」
「……それで?」
私の声は氷のように冷たかった。ようやく公爵家を追い出し、自由になったというのに、今さら何の用だ。
ギルドマスターは、羊皮紙を指差した。
「これを読んでくれ。私は、ただの伝達役だ」
私は警戒しながらも、その公文書を開いた。そこには、王家の紋章の下、アルフレッド王子の署名が記されていた。
内容は、私の予想を遥かに超える、図々しいものだった。
公爵令嬢シンシア・フォン・エルンストへ
緊急勅命を発する。
貴国は現在、未曾有の危機に瀕している。死霊の群れは王都の目前まで迫り、王国の軍隊だけでは、もはや防ぎきることが不可能となった。
貴公の「強すぎる剣の腕」こそが、今やこの国を救う唯一の希望である。
即刻、王都へ帰還し、王国の危機を救うために力を尽くせ。
かつての婚約破棄については、王家として深く陳謝する。
帰還すれば、公爵家の地位の回復と、未来の王妃としての立場を保障する。
アルフレッド・フォン・ヴィクトリアス 第二王子 兼 摂政
私は文書を読み終えると、ゆっくりと息を吐き出した。怒りではない。呆れだ。
アルフレッド殿下は、国が滅亡寸前になって、ようやく私の価値を認識したらしい。それも、「未来の王妃」の立場を餌にして、私を呼び戻そうなどと。
(愚かさ、は国を滅ぼすと言ったはずですよ、殿下)
私は公文書を静かに折りたたみ、ギルドマスターに返した。
「王都への返事は?」と尋ねる彼に、私は顔を上げ、冷たい笑みを浮かべた。
「返事はこうだ。ギルドマスター」
私は立ち上がり、窓の外の暗闇、すなわち王都がある東の方向を見た。
「『今さら言われても、もう遅いですよ』と、伝えてください」
そして、私は静かに大剣を抜き、窓に映る自分の姿を見つめた。私の瞳には、もう王家の光は宿っていなかった。
「私は今、最高の冒険者稼業を楽しんでいる。誰かのための剣ではなく、自分のための剣を振るう自由を、手放すつもりはない」
「死霊の森」と呼ばれるようになったエリアは、かつては静かな森林地帯だったはずだ。しかし、一歩足を踏み入れると、生気が吸い取られたかのような陰鬱な空気に包まれる。木々は黒く朽ち、地面からは絶えず湿った腐臭が立ち上っていた。
ギルドからの情報は正確だった。夜闇が訪れると、文字通り大量の死霊(アンデッド)が現れた。
まず、動く骸骨スケルトンの群れ。彼らは骨の剣を携え、集団で襲いかかってくる。次に、朽ちた肉体をずるずると引きずるゾンビ。彼らは動きは鈍いものの、その腐敗した体は容易に剣を受け付けず、悪臭をまき散らした。
(これが、あの愚かな王子が対処に手を焼いているという脅威ね)
私は冷静に大剣を構えた。私の剣は、彼らが私を拒絶した理由であり、私の誇りだ。この剣を振るうことに、何の迷いもない。
スケルトンの群れが向かってくる。普通の冒険者なら、その数と異様な雰囲気に萎縮し、包囲される前に逃げ出すだろう。
しかし、私は逃げない。
「邪魔だ」
私は大剣を振り抜いた。回転と同時に放たれた剣圧が、目の前のスケルトン十数体を一瞬で粉砕する。ガシャン、と音を立てて骨の破片が飛び散った。
アルフレッド殿下は、私の剣の強さを「可愛げがない」と評した。だが、この圧倒的な力こそが、私を生き延びさせ、私の道を切り開く。彼らにとっての「可愛げ」とは、私が剣を振るうたびに彼らの自尊心を傷つける、力のなさを意味していたのだ。
私はゾンビの群れにも構わず突進した。ゾンビの腐肉に剣がめり込む感触は不快だが、躊躇はしない。剣圧を込めた一撃は、彼らの核である頭部を確実に破壊する。
討伐は、想像以上に一方的だった。私が公爵令嬢として受けてきた訓練は、辺境の一冒険者が太刀打ちできるレベルのものではない。私の動きには無駄がなく、一太刀で確実に敵を仕留めた。まるで、子供相手の剣術稽古のようだ。
この「死霊の森」での数日間の討伐で、私はランクDから一気にランクBへと昇格した。ギルド内での私の評判は、もはや「腕の立つ新人」ではなく「規格外の怪物」へと変わっていた。
私がこの地で次々と死霊の討伐を続けるうちに、リーフェルの街には活気が戻り始めた。危険が減ったことで、鉱山の採掘や交易の道が再開されたのだ。
ある晩、私はギルドの二階にある宿泊室で、報酬の計算をしていた。大量の魔石と証拠品が、私の目の前で輝いている。
すると、ノックの音がして、ギルドマスターが入ってきた。屈強な体躯を持つ男だが、私の前では少しばかり緊張しているように見える。
「シン、話がある」
彼はそう言うと、一枚の羊皮紙をテーブルの上に置いた。それは、王都の紋章が押された緊急の公文書だった。
「王都から、伝令が来た。内容は、お前に宛てたものだ」
「私に? 私のところに、王都からの伝令が来る理由なんてありませんよ。私はただの冒険者です」
私は皮肉を込めて言った。
ギルドマスターは困ったように頭を掻いた。
「いや、どうやらお前が公爵令嬢シンシアだと、王都側が突き止めたらしい。この街でのあまりに異常な討伐速度と、剣の流派を調べたらしいんだ」
「……それで?」
私の声は氷のように冷たかった。ようやく公爵家を追い出し、自由になったというのに、今さら何の用だ。
ギルドマスターは、羊皮紙を指差した。
「これを読んでくれ。私は、ただの伝達役だ」
私は警戒しながらも、その公文書を開いた。そこには、王家の紋章の下、アルフレッド王子の署名が記されていた。
内容は、私の予想を遥かに超える、図々しいものだった。
公爵令嬢シンシア・フォン・エルンストへ
緊急勅命を発する。
貴国は現在、未曾有の危機に瀕している。死霊の群れは王都の目前まで迫り、王国の軍隊だけでは、もはや防ぎきることが不可能となった。
貴公の「強すぎる剣の腕」こそが、今やこの国を救う唯一の希望である。
即刻、王都へ帰還し、王国の危機を救うために力を尽くせ。
かつての婚約破棄については、王家として深く陳謝する。
帰還すれば、公爵家の地位の回復と、未来の王妃としての立場を保障する。
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私は公文書を静かに折りたたみ、ギルドマスターに返した。
「王都への返事は?」と尋ねる彼に、私は顔を上げ、冷たい笑みを浮かべた。
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私は立ち上がり、窓の外の暗闇、すなわち王都がある東の方向を見た。
「『今さら言われても、もう遅いですよ』と、伝えてください」
そして、私は静かに大剣を抜き、窓に映る自分の姿を見つめた。私の瞳には、もう王家の光は宿っていなかった。
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