39 / 59
お馬鹿王子ですわっ
しおりを挟む
馬車に突っ込まれて着替えさせられ、ひとまずディモアール辺境伯邸に移動した私たちは、こじんまりとした書斎に通されてやっと腰を落ち着けた。
小さめの重厚感ある机には4脚椅子が据えられていて、私の横にはオーウェンが座り、対面に毛足の長いブランケットに包まれた殿下が座っている。
「湯を」と騒ぐ殿下をスルーしているところを見ると、もてなす気もなくさっさと王宮へ返す気満々のようね。
「それで?どうしてあのような所から出てこられたのですか?」
私が最初に口火を切ると、出されたカップに口をつけていた殿下はぴたりと動きを止めてそのまま目だけソロ~~っと動かし彷徨わせた。
そして逡巡した後、ゆっくりとカップを置いた殿下は真一文字に引き結んだ口を徐に開いた。
「…………皆間違っているというのだ。私が正しいと思っていたことが全て。共に教えそばにいた者たちは捕らえられた」
婚約当初、何度言っても治らなかった事だからすっかり放置したけれど、あの変な唯我独尊的な考えを打ち壊すべく、離宮へ押し込められてスパルタ再教育中らしい。
長年信じていた基盤が崩れて縋る相手もなく、途方に暮れた…………まで辛うじて理解はできる。
しかし。
「そこを聞いているんじゃありませんわ。
何故謹慎中の身でありながら、長年使われずに秘匿されていた緊急脱出用の隠し通路を態々通って抜け出てきたかを聞いているのですっ!
民衆の面前でやってご覧なさい、急遽大噴水は取り壊され、国立公園も封鎖、若しくは取り壊させざるを得ない事態になっていたかもしれないのですよ?!」
「お、大袈裟な」
悲劇の主人公のように語っていた殿下をバッサリ切り捨てて、問題の論点を戻すと殿下はびくりと肩を震わせ小声で反論する。
「びしょ濡れではあるが、身なりのいい貴族が出てくれば、そこが何処に繋がるか探る輩は出てくるでしょう。
その情報を売られて、最悪関係の悪い国が買いでもしたら……まず密偵を数人。次に工作員を少しずつ送り込まれますね。こうなれば城の守りなんて一瞬で瓦解。逃げる暇なくその首をスッパリ落とされますよ」
オーウェンが目をすがめながら「私ならそうしますね」と付け加えると、ハイデリウスはヒッと小さく悲鳴をあげて、首を包むように抑える。
流石国境を守り続ける辺境伯家の者らしく、説得力が凄い。
説教モードの重たい空気が漂う中、部屋にノックの音が響く。
人払いをしていたため、オーウェンが席を立って扉へと向かう。
扉を小さく開いてやり取りをし始めるのを横目に、私は殿下に顔を向けた。
「それで?抜け出して、どうなさるおつもりでしたの?」
「…………ヘザーに会いに行こうと」
「ヘザー………………?ぁあっ、真実のなんちゃらって言う、童顔・まな板娘ですねっ!」
「貴様っっ!どんな覚え方をしているんだっ、悪戯なフェアリーのように愛らしい、僕の真実の愛の相手だ!」
「モノは言いようですわね。悪戯された結果が今ではございませんの?」
「っっ!ふん、僕に婚約破棄されてから益々可愛げがなくなったのではないか?」
「殿下へ可愛げをお見せして何か得がございまして?」
「このっっ、浮気相手に愛想を尽かされてしまえっ!」
「殿下とは喜ばしいことに、婚約解消済みですわ。フリーの私に浮気だなんだと、可笑しいんじゃありません?」
ハッと鼻で笑って言い返すと、横から机に手が置かれた。
「アデレイズ、フリーじゃないだろ?新たな婚約者……だろ?」
オーウェンはその手に体重をかけるようにしながら、座る私の顔を上から覗き込んで、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「かかかか顔がちかいっ!待って、そう、婚約者っ!間違いなくオーウェン様は私の婚約者、私はフリーじゃないわっ!」
極至近距離の顔を両手で防ぎながら弁明すると、オーウェンはぴたりと止まって嬉しそうに微笑んだ。
「よく出来た」
オーウェンは私の掌にチュッと音を立てて口付けると、姿勢を戻して隣の席に座り直す。
「はぁ。厄介なことになりました。殿下の身柄を数日預かれとの書状が来ましたよ」
「なっっ!何故私がっっ!」
オーウェンは、やや投げるように届いた書状を殿下の前に滑らせると、殿下はそれを掴み取るように取り上げて書かれた文字に目を滑らせる。
「……っっっなにっ!」
「そこにある通り、数日預かれと。但し、扱いの判断はうちに任せる。不敬も必要であれば体罰も不問とする、だそうだ」
「う、うそだ」
「ちゃんと書いてあるだろ?色々と覚悟しろよ?元婚約者?」
──────
<補足>
奇襲にあった場合の離宮に避難する、妃や小さな子供を想定した緊急脱出経路でした。
女神の台座の一面が横にずれて、そこから出入りする仕組みになっていました。
小さめの重厚感ある机には4脚椅子が据えられていて、私の横にはオーウェンが座り、対面に毛足の長いブランケットに包まれた殿下が座っている。
「湯を」と騒ぐ殿下をスルーしているところを見ると、もてなす気もなくさっさと王宮へ返す気満々のようね。
「それで?どうしてあのような所から出てこられたのですか?」
私が最初に口火を切ると、出されたカップに口をつけていた殿下はぴたりと動きを止めてそのまま目だけソロ~~っと動かし彷徨わせた。
そして逡巡した後、ゆっくりとカップを置いた殿下は真一文字に引き結んだ口を徐に開いた。
「…………皆間違っているというのだ。私が正しいと思っていたことが全て。共に教えそばにいた者たちは捕らえられた」
婚約当初、何度言っても治らなかった事だからすっかり放置したけれど、あの変な唯我独尊的な考えを打ち壊すべく、離宮へ押し込められてスパルタ再教育中らしい。
長年信じていた基盤が崩れて縋る相手もなく、途方に暮れた…………まで辛うじて理解はできる。
しかし。
「そこを聞いているんじゃありませんわ。
何故謹慎中の身でありながら、長年使われずに秘匿されていた緊急脱出用の隠し通路を態々通って抜け出てきたかを聞いているのですっ!
民衆の面前でやってご覧なさい、急遽大噴水は取り壊され、国立公園も封鎖、若しくは取り壊させざるを得ない事態になっていたかもしれないのですよ?!」
「お、大袈裟な」
悲劇の主人公のように語っていた殿下をバッサリ切り捨てて、問題の論点を戻すと殿下はびくりと肩を震わせ小声で反論する。
「びしょ濡れではあるが、身なりのいい貴族が出てくれば、そこが何処に繋がるか探る輩は出てくるでしょう。
その情報を売られて、最悪関係の悪い国が買いでもしたら……まず密偵を数人。次に工作員を少しずつ送り込まれますね。こうなれば城の守りなんて一瞬で瓦解。逃げる暇なくその首をスッパリ落とされますよ」
オーウェンが目をすがめながら「私ならそうしますね」と付け加えると、ハイデリウスはヒッと小さく悲鳴をあげて、首を包むように抑える。
流石国境を守り続ける辺境伯家の者らしく、説得力が凄い。
説教モードの重たい空気が漂う中、部屋にノックの音が響く。
人払いをしていたため、オーウェンが席を立って扉へと向かう。
扉を小さく開いてやり取りをし始めるのを横目に、私は殿下に顔を向けた。
「それで?抜け出して、どうなさるおつもりでしたの?」
「…………ヘザーに会いに行こうと」
「ヘザー………………?ぁあっ、真実のなんちゃらって言う、童顔・まな板娘ですねっ!」
「貴様っっ!どんな覚え方をしているんだっ、悪戯なフェアリーのように愛らしい、僕の真実の愛の相手だ!」
「モノは言いようですわね。悪戯された結果が今ではございませんの?」
「っっ!ふん、僕に婚約破棄されてから益々可愛げがなくなったのではないか?」
「殿下へ可愛げをお見せして何か得がございまして?」
「このっっ、浮気相手に愛想を尽かされてしまえっ!」
「殿下とは喜ばしいことに、婚約解消済みですわ。フリーの私に浮気だなんだと、可笑しいんじゃありません?」
ハッと鼻で笑って言い返すと、横から机に手が置かれた。
「アデレイズ、フリーじゃないだろ?新たな婚約者……だろ?」
オーウェンはその手に体重をかけるようにしながら、座る私の顔を上から覗き込んで、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「かかかか顔がちかいっ!待って、そう、婚約者っ!間違いなくオーウェン様は私の婚約者、私はフリーじゃないわっ!」
極至近距離の顔を両手で防ぎながら弁明すると、オーウェンはぴたりと止まって嬉しそうに微笑んだ。
「よく出来た」
オーウェンは私の掌にチュッと音を立てて口付けると、姿勢を戻して隣の席に座り直す。
「はぁ。厄介なことになりました。殿下の身柄を数日預かれとの書状が来ましたよ」
「なっっ!何故私がっっ!」
オーウェンは、やや投げるように届いた書状を殿下の前に滑らせると、殿下はそれを掴み取るように取り上げて書かれた文字に目を滑らせる。
「……っっっなにっ!」
「そこにある通り、数日預かれと。但し、扱いの判断はうちに任せる。不敬も必要であれば体罰も不問とする、だそうだ」
「う、うそだ」
「ちゃんと書いてあるだろ?色々と覚悟しろよ?元婚約者?」
──────
<補足>
奇襲にあった場合の離宮に避難する、妃や小さな子供を想定した緊急脱出経路でした。
女神の台座の一面が横にずれて、そこから出入りする仕組みになっていました。
112
あなたにおすすめの小説
病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで
あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。
怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。
……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。
***
『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』
はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」
「……あぁ、君がアグリア、か」
「それで……、離縁はいつになさいます?」
領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。
両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。
帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。
形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。
★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます!
※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
婚約破棄ですか?勿論お受けします。
アズやっこ
恋愛
私は婚約者が嫌い。
そんな婚約者が女性と一緒に待ち合わせ場所に来た。
婚約破棄するとようやく言ってくれたわ!
慰謝料?そんなのいらないわよ。
それより早く婚約破棄しましょう。
❈ 作者独自の世界観です。
【完結】チャンス到来! 返品不可だから義妹予定の方は最後までお世話宜しく
との
恋愛
予約半年待ちなど当たり前の人気が続いている高級レストランのラ・ぺルーズにどうしても行きたいと駄々を捏ねたのは、伯爵家令嬢アーシェ・ローゼンタールの十年来の婚約者で伯爵家二男デイビッド・キャンストル。
誕生日プレゼントだけ屋敷に届けろってど〜ゆ〜ことかなあ⋯⋯と思いつつレストランの予約を父親に譲ってその日はのんびりしていると、見たことのない美少女を連れてデイビッドが乗り込んできた。
「人が苦労して予約した店に義妹予定の子と行ったってどういうこと? しかも、おじさんが再婚するとか知らないし」
それがはじまりで⋯⋯豪放磊落と言えば聞こえはいいけれど、やんちゃ小僧がそのまま大人になったような祖父達のせいであちこちにできていた歪みからとんでもない事態に発展していく。
「マジかぁ! これもワシのせいじゃとは思わなんだ」
「⋯⋯わしが噂を補強しとった?」
「はい、間違いないですね」
最強の両親に守られて何の不安もなく婚約破棄してきます。
追伸⋯⋯最弱王が誰かは諸説あるかもですね。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
約7万字で完結確約、筆者的には短編の括りかなあと。
R15は念の為・・
【完結】時戻り令嬢は復讐する
やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。
しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。
自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。
夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか?
迷いながらもユートリーは動き出す。
サスペンス要素ありの作品です。
設定は緩いです。
6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
【完結】結婚しておりませんけど?
との
恋愛
「アリーシャ⋯⋯愛してる」
「私も愛してるわ、イーサン」
真実の愛復活で盛り上がる2人ですが、イーサン・ボクスと私サラ・モーガンは今日婚約したばかりなんですけどね。
しかもこの2人、結婚式やら愛の巣やらの準備をはじめた上に私にその費用を負担させようとしはじめました。頭大丈夫ですかね〜。
盛大なるざまぁ⋯⋯いえ、バリエーション豊かなざまぁを楽しんでいただきます。
だって、私の友達が張り切っていまして⋯⋯。どうせならみんなで盛り上がろうと、これはもう『ざまぁパーティー』ですかね。
「俺の苺ちゃんがあ〜」
「早い者勝ち」
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結しました。HOT2位感謝です\(//∇//)\
R15は念の為・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる