深紅に浮かぶ月

第一章

6

　潦史ラオシたちが訪おとずれた翌日から、破壊された建物を直すために人の出入りが増えていた道観どうかんも、数日もすると、人の出入りは相変わらず多いものの、それなりに落ちついてきた。
　他出たしゅつから帰った人々はしばらくは呆然としていたが、今では、精力的に建たて直しを行っている。
　すっかり片付けられ、骨組ほねぐみから作られていく光景を見ていると、微笑ほほえましい気がした。元凶が何考えてんだか、と潦史は自分に突っ込みを入れたが、やはりその口元には微笑びしょうが浮かんでいる。　
「おーい、行かないのか？」
「って―…。ヒラク、お前馬鹿力なんだから、もっと考えろよ。下手したら怪我してもおかしくないんだからな」
「あ、ごめん」
「…悪気ないってのは判ってっけど…」
　あっさりとした謝罪に、潦史は溜息ためいきをついた。この何日かの間で、男に「常識」がないことは改めてはっきりとしていた。
　丹念たんねんに訊きいたことによると、どうやら独房どくぼうのようなところで生活し、言葉も、たった一人だけいた人物の独白どくはくや一方的な語りかけから覚えたものらしかった。生まれ持った能力に対してもこの世界についても、ほとんど知識がない。
　不安は大いにあるが、だからといって男をこのまま置いて行く気も、潦史にはない。見つけた以上、せめて常識くらいは教えるべきだろう。自分は李敬尊リケイソンに見つけてもらえて、男にはそれがなかった。そういう親近感があるのも確かだった。
「…まあ、いいか。行こう」
「うん」
　潦史の隣に立つ男は、少なくとも茶の瞳のときには、充分に人に見えた。どうやら、妖気ようきが出るのは黄金きんの目のときで、気が昂るとそうなるらしいということが判った。神気ジンキは茶の瞳で、平常時。訓練次第でどうにかなるだろう。
　こうして、二人の旅は始まった。