台風の目(仮)

来条恵夢

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 カイは、男――ハーネット家の四男のガルヴォア・ハーネットを拘束して、セレンが術のけかけていたアルを眠らせた。
 ともすればかすむ意識で、シュムが窓を開けさせ、ガルヴォア・ハーネットとアルを殺しかねない二人を制して、それぞれの指示を出したのだった。 
 そのシュムは、床に片膝を立てて座っている。換気されて大分ましにはなったが、意識がはっきりとしてくるにつれて、気持ち悪さが強くなってくる。
 カイから手渡された剣ごと、ガルヴォアが出てきた扉のある側の壁を背に、膝を抱きかかえる。旅先で休むときのような体勢のそれが、倒れないでいる精一杯だ。 
 カイが、心配するように覗き込む。 
「何かできることはあるか?」 
「んー、へーきへーきだいじょーぶ。香がまだ少し残ってるだけだから。立ち回りもして少し疲れてたし」 
 そう言って、疲れを隠し切れない笑みを浮かべるシュムの顔の横には、剣を握る手があり、細い手首に残る手枷てかせの痕に、カイは眉をひそめた。手枷の件では既に激怒しており、シュムになだめられている。 
 じっと、睨み付けるようにして見つめる。 
「本当だろうな?」 
「うん」 
 やはり笑って応えるが、カイがとりあえず信用するよりも先に、セレンが首を傾げて、歩み寄ってきた。寝台では、アルが音も立てずに眠り込んでいる。 
「ねえ。あの手枷、どうやって外したの? 変な壊れ方してるけど」 
「えーっとー……噛んで…とか…」 
 手枷には、あのハリネズミもどきの魔獣が鉄を噛み切った跡が、はっきりと残っている。しまった、と思ってももう遅い。折角、魔法陣を中空に書いて痕跡が残りにくくしたというのに、これでは意味がない。 
「おい。シュム」 
 セレンの言葉を聞いて即座に手枷を調べたカイが、わった目で睨みつけてくる。シュムは、心底この場を飛び出したい衝動に駆られた。 
 しかし、そういうわけにもいかない。 
「ま、まあまあ、落ち着いて。あ、そういえばこの屋敷って、あいつ以外の人っていたの?」 
「シュム。あの魔法陣はよほど緊急のとき以外開くなって、言ったよな?」 
「いやほら、緊急事態だよ? 両手が動かせないなんて致命的じゃない」 
「ほう。しかし、あのくらいの鉄に力を使わない程度の奴を呼ぶ魔法陣なんて、手首が固定されてたって描けただろう? ん?」 
「いや、ほら、こんな状況だから、気が動転してたんだよ!」 
「へえ。お前がねえ。へええ」 
 嫌味たっぷりのカイに、シュムは引きつった笑顔を返す。セレンが一人、よくわからずに首を傾げていた。
 そこで、シュムが唐突に声を上げる。 
「あ! 道具がなかった! そうだよ、描くもの何もなかったよ!」 
 宙に指で描いたところで、普通は発動しない。魔方陣は器具を使うなり刻み込むなりして、しっかりと目に見える痕跡を残すのが基本だ。 
 しかしカイは、じろりとシュムを見つめた。 
「…お前、それ、今気付いただろ」 
「結果は一緒だし! さあ、さっさと話聞き出して、ご飯でも食べよう!」 
「シュム!」 
 立ち上がった拍子によろめいたシュムを、カイが咄嗟に支える。思わず声を上げていたセレンは安堵の息を吐いたが、カイは逆に、怒った表情の奥で、瞳だけが心配そうに揺らめいていた。 
「お前…他に何か、召喚したか?」 
「してないよ。だから、立ち回りとか香とか。疲れただけだってば」 
 そう言うのに、応えがない。短く考え込む。 
「セレン」 
「は、はい」 
 いきなり声をかけられたからか、妙に強張った声音の返事をする。 
 カイは、シュムを無理矢理座らせなおすと、真剣なカオでセレンを振り返った。
「ひょっとしてお前をんだ魔法陣、歪んでなかったか?」 
「ええ。はじめの時以外はいつもだけど…それが何か…」  
 カイが顔をしかめたことで何かまずいことだったらしいと気付き、セレンも眉をひそめた。 
「…問題があるの、ね?」 
「ああ。でもそれは後だ。先にこいつを片付けて、シュムをちゃんと休ませよう。どうせ、片付くまで居座るつもりだろう」 
 そう言ってカイは、縛り上げてあるガルヴォアの目の前まで移動すると、それまで律儀にかけていた黒眼鏡を外して笑って見せた。肉食獣のような笑みだ。 
「いいか、知ってることは洗いざらい吐け。俺はシュムほど、優しくも気が長くもないからな」 
 ガルヴォアは、かすれて奇妙に高い悲鳴を上げた。  
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