台風の目(仮)

来条恵夢

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8-2

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 シュムは、体のうごめきが徐々に治まっていく物体から、一歩引いた。 
「誰か、結界を張れる人は? 視界遮断、それか幻術でもいい」 
 シュムにもやれないことはないが、得意ではない。人型を威嚇しながらやってのける自信は、正直なところ全くない。 
「…幻術なら、少し…」 
 おぼつかなげに、一人が手を挙げる。シュムはそちらは見ずに、もう一歩引いた。人型の物体が、ゆっくりと、シュムに近付いた。 
「じゃあ、外に出て目眩めくらましを。これが出ても、騒ぎにならないように。人を散らして。火を使うから、できるなら水以外の属性で」 
「それなら、眠り術でも…」    
「やり合う間に人が取り込まれる。遠ざける方向で」 
 口を挟んだ一人に冷静に言って、シュムはもう少し下がった。人型の前進に伴って、取り囲んだ輪は崩れていた。 
「早く。これは、あたしに惹きつけられてる。外に出すから、術を」 
「でもどこから?!」  
 半ばパニックに陥ったらしい男は、入り口と人型との距離を測るように見ていた。この距離では、飛びかかってこられかねない。そう判じたのだろう。瞬く間もなく捕らえられた獲物の、必死なのに澱んだ瞳は、悪夢を見せるには十分だった。 
「窓がある」 
「触れれば喰われるのに!?」 
「距離はあるだろう!」 
 苛立って、とうとうシュムは声を荒らげた。そこに二階から剣戟の音が聞こえ、男たちはますます身をすくめる。 
 シュムは舌打ちして、もうこのまま外に出すかと、そう決めかけていた。しかしそこで、古い記憶が起き上がった。 
「ミーシャ! いないか、ミーシャ! 金は払う、外の人を追い払って!」 
「仕事?! いいわよ、いくらで…あれえ、シュム?」 
 場違いに華やかな女性は、流行の格好をして、しかし、術師に共通の野暮ったいローブを乱雑に羽織っていた。寝起きらしく、縮れた肩までの髪が、好き放題にはねていた。 
 記憶通りに、剣士のキドニーと術師のミーシャが組んでいたことに感謝して、シュムは振り返らずに同じ言葉を繰り返した。 
「高いわよ!」 
「相場通りでね!」 
「待ってて、すぐ済ませるわ」
「あれには絶対に触れないように」
「わかった!」 
 短い言葉の応酬は、どちらも笑うかのようだった。久々の再開だ。 
 ミーシャは踊るように階段を駆け下りて、目を見張る男たちの横をすり抜けて窓から外に出た。 
「シュム!」 
「おはよう、外に出たら炎を貸してね」 
 待っていた二階からの声に、笑みを含んで返す。それだけの余裕が生まれていた。 
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