54 / 229
居残
2-1
しおりを挟む
「悪いな、呼び出して」
「――いえ」
そうは言うものの、このところ、エバンスはろくに寝ていない。呼び出しは、大きくはないとはいえ、負担には違いなかった。
宮廷魔導士の同僚と共にミハイルの師に相応しいと思える候補を挙げ、選考に必要な情報の手配を行ない、アルから話を聞き、魔道士のギルドには一人の女の手配を頼み。
それに加えて日常業務も、怠るわけにはいかない。直裁的な力を使うことはあまりないが、時間はやたらに喰われる仕事の数々だ。
アルとの契約も続いており、聞き終わるかあらかじめ定めておいた期限を過ぎなければ、彼はまだこちらにいることになる。これも大きな負担のうちの一つだ。
早く還して縁を切りたいと思うが、好奇心や知識欲から、折角の質問ができる機会を手放す気にもなれない。
「それで早速だが、シュムが襲われたという魔物の片腕の、報告は読んでいるな?」
「はい」
シュムが宿の娘に託した報告書は、厭になるほど繰り返して読んだ。同職の二人も、その事実に目を見張った。
そして、そこにいたのが並外れた力の持ち主であったことに、感謝したのだった。常人では太刀打ちできなかっただろうと、その点では皆の意見が一致している。
「補足報告も読んだか?」
「はい。私に届けられたものは全て目を通しました」
シュムの報告書に応じて、あの小さな温泉街からこの都までの間の、最近の失踪者を調べさせたものだ。十数人という数字は、多かったのか少なかったのか、まだ結論が出せずにいる。
「それが何か?」
「それらとは別の場所で、人が人の中に消えた、という報告があった」
「――!?」
言葉を失って兄を見ると、ジェイムスは、報告書らしい羊皮紙をエバンスに渡した。
「報告のあった付近での行方不明者も多い。この数日で、二、三十人」
年間で行方不明になる者の数は知れない。姿を眩まそうと思えば、比較的簡単にできるものなのだ。しかし、短期間に行方不明者が多ければ、何かあったと考えるべきだろう。
「それは――しかし、あの人は完全に燃やしきったと――」
「地名を見ろ。シュムが燃やしたものと同じとすれば、ここから、目撃された日までに移動するのは無理だ」
「では、別物…それにしては、似すぎていますね。術を使ったということでしょうか」
そこで、ふと気付く。兄は、エバンスがこの部屋に入ったときからずっとしかめ面をしている。それは、厭なことを行なうときの癖だった。
身内に対してはなるべく嘘をつかない人だと、知っている。
「俺は、シュムの能力も報告も信用している。別物と考えた方がいいだろう。そして、これはただの推論――というよりも、思いつきに近いが」
そっと、ジェイムスはエバンスを見つめた。
「化け物の正体は同族喰らいの腕だとあったな。腕は、何本ある?」
「――まさか」
口にしてから、だから「片腕の報告」と言ったのかと納得もしていた。
「わからない。思いつきだと言っただろう。しかし、あの町からすぐに移動を始めたと考えれば、不可能ではない」
だがそれでは、もう一本と共にシュムを追わなかった理由がわからない。そう思いながらも、今までなかった種類の怪物が、同時期に関係なく出現するのも妙な話だとわかっている。
もう一度報告書に目を通してから、エバンスは顔を上げた。
「私が確認に行きます。それでいいのですね?」
「――すまん」
言って、ジェイムスはいよいよ顔をしかめる。
しかし、宮廷魔導師の他の二人は年を取っていて、旅は堪える。そもそも、城外はエバンスの担当だ。
「もし居場所の見当がつくなら、シュムと合流してからでも構わない。無理はせず、報告だけにしろ。もしもシュムを襲ったのと同じとなれば、そう簡単にどうにかできる相手ではないだろうからな。いいな」
本心から心配する眼差し。苦笑しそうになったが、敢えて堪えた。
「己の分は弁えています。エドモンド師方には、まだ?」
「今から報せる」
「それでは、夕刻頃城を出ます」
そうして、エバンスはジェイムスの執務室を後にした。
「――いえ」
そうは言うものの、このところ、エバンスはろくに寝ていない。呼び出しは、大きくはないとはいえ、負担には違いなかった。
宮廷魔導士の同僚と共にミハイルの師に相応しいと思える候補を挙げ、選考に必要な情報の手配を行ない、アルから話を聞き、魔道士のギルドには一人の女の手配を頼み。
それに加えて日常業務も、怠るわけにはいかない。直裁的な力を使うことはあまりないが、時間はやたらに喰われる仕事の数々だ。
アルとの契約も続いており、聞き終わるかあらかじめ定めておいた期限を過ぎなければ、彼はまだこちらにいることになる。これも大きな負担のうちの一つだ。
早く還して縁を切りたいと思うが、好奇心や知識欲から、折角の質問ができる機会を手放す気にもなれない。
「それで早速だが、シュムが襲われたという魔物の片腕の、報告は読んでいるな?」
「はい」
シュムが宿の娘に託した報告書は、厭になるほど繰り返して読んだ。同職の二人も、その事実に目を見張った。
そして、そこにいたのが並外れた力の持ち主であったことに、感謝したのだった。常人では太刀打ちできなかっただろうと、その点では皆の意見が一致している。
「補足報告も読んだか?」
「はい。私に届けられたものは全て目を通しました」
シュムの報告書に応じて、あの小さな温泉街からこの都までの間の、最近の失踪者を調べさせたものだ。十数人という数字は、多かったのか少なかったのか、まだ結論が出せずにいる。
「それが何か?」
「それらとは別の場所で、人が人の中に消えた、という報告があった」
「――!?」
言葉を失って兄を見ると、ジェイムスは、報告書らしい羊皮紙をエバンスに渡した。
「報告のあった付近での行方不明者も多い。この数日で、二、三十人」
年間で行方不明になる者の数は知れない。姿を眩まそうと思えば、比較的簡単にできるものなのだ。しかし、短期間に行方不明者が多ければ、何かあったと考えるべきだろう。
「それは――しかし、あの人は完全に燃やしきったと――」
「地名を見ろ。シュムが燃やしたものと同じとすれば、ここから、目撃された日までに移動するのは無理だ」
「では、別物…それにしては、似すぎていますね。術を使ったということでしょうか」
そこで、ふと気付く。兄は、エバンスがこの部屋に入ったときからずっとしかめ面をしている。それは、厭なことを行なうときの癖だった。
身内に対してはなるべく嘘をつかない人だと、知っている。
「俺は、シュムの能力も報告も信用している。別物と考えた方がいいだろう。そして、これはただの推論――というよりも、思いつきに近いが」
そっと、ジェイムスはエバンスを見つめた。
「化け物の正体は同族喰らいの腕だとあったな。腕は、何本ある?」
「――まさか」
口にしてから、だから「片腕の報告」と言ったのかと納得もしていた。
「わからない。思いつきだと言っただろう。しかし、あの町からすぐに移動を始めたと考えれば、不可能ではない」
だがそれでは、もう一本と共にシュムを追わなかった理由がわからない。そう思いながらも、今までなかった種類の怪物が、同時期に関係なく出現するのも妙な話だとわかっている。
もう一度報告書に目を通してから、エバンスは顔を上げた。
「私が確認に行きます。それでいいのですね?」
「――すまん」
言って、ジェイムスはいよいよ顔をしかめる。
しかし、宮廷魔導師の他の二人は年を取っていて、旅は堪える。そもそも、城外はエバンスの担当だ。
「もし居場所の見当がつくなら、シュムと合流してからでも構わない。無理はせず、報告だけにしろ。もしもシュムを襲ったのと同じとなれば、そう簡単にどうにかできる相手ではないだろうからな。いいな」
本心から心配する眼差し。苦笑しそうになったが、敢えて堪えた。
「己の分は弁えています。エドモンド師方には、まだ?」
「今から報せる」
「それでは、夕刻頃城を出ます」
そうして、エバンスはジェイムスの執務室を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる