台風の目(仮)

来条恵夢

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居残

2-1

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「悪いな、呼び出して」 
「――いえ」 
 そうは言うものの、このところ、エバンスはろくに寝ていない。呼び出しは、大きくはないとはいえ、負担には違いなかった。 
 宮廷魔導士の同僚と共にミハイルの師に相応しいと思える候補を挙げ、選考に必要な情報の手配を行ない、アルから話を聞き、魔道士のギルドには一人の女の手配を頼み。 
 それに加えて日常業務も、おこたるわけにはいかない。直裁的な力を使うことはあまりないが、時間はやたらに喰われる仕事の数々だ。 
 アルとの契約も続いており、聞き終わるかあらかじめ定めておいた期限を過ぎなければ、彼はまだこちらにいることになる。これも大きな負担のうちの一つだ。 
 早くかえして縁を切りたいと思うが、好奇心や知識欲から、折角の質問ができる機会を手放す気にもなれない。 
「それで早速だが、シュムが襲われたという魔物の片腕の、報告は読んでいるな?」 
「はい」 
 シュムが宿の娘に託した報告書は、厭になるほど繰り返して読んだ。同職の二人も、その事実に目を見張った。 
 そして、そこにいたのが並外れた力の持ち主であったことに、感謝したのだった。常人では太刀打ちできなかっただろうと、その点では皆の意見が一致している。 
「補足報告も読んだか?」 
「はい。私に届けられたものは全て目を通しました」 
 シュムの報告書に応じて、あの小さな温泉街からこの都までの間の、最近の失踪者を調べさせたものだ。十数人という数字は、多かったのか少なかったのか、まだ結論が出せずにいる。 
「それが何か?」 
「それらとは別の場所で、人が人の中に消えた、という報告があった」 
「――!?」 
 言葉を失って兄を見ると、ジェイムスは、報告書らしい羊皮紙をエバンスに渡した。 
「報告のあった付近での行方不明者も多い。この数日で、二、三十人」 
 年間で行方不明になる者の数は知れない。姿を眩まそうと思えば、比較的簡単にできるものなのだ。しかし、短期間に行方不明者が多ければ、何かあったと考えるべきだろう。 
「それは――しかし、あの人は完全に燃やしきったと――」 
「地名を見ろ。シュムが燃やしたものと同じとすれば、ここから、目撃された日までに移動するのは無理だ」 
「では、別物…それにしては、似すぎていますね。術を使ったということでしょうか」 
 そこで、ふと気付く。兄は、エバンスがこの部屋に入ったときからずっとしかめ面をしている。それは、厭なことを行なうときの癖だった。 
 身内に対してはなるべく嘘をつかない人だと、知っている。 
「俺は、シュムの能力も報告も信用している。別物と考えた方がいいだろう。そして、これはただの推論――というよりも、思いつきに近いが」 
 そっと、ジェイムスはエバンスを見つめた。 
「化け物の正体は同族喰らいの腕だとあったな。腕は、何本ある?」 
「――まさか」 
 口にしてから、だから「片腕の報告」と言ったのかと納得もしていた。
「わからない。思いつきだと言っただろう。しかし、あの町からすぐに移動を始めたと考えれば、不可能ではない」 
 だがそれでは、もう一本と共にシュムを追わなかった理由がわからない。そう思いながらも、今までなかった種類の怪物が、同時期に関係なく出現するのも妙な話だとわかっている。 
 もう一度報告書に目を通してから、エバンスは顔を上げた。 
「私が確認に行きます。それでいいのですね?」 
「――すまん」 
 言って、ジェイムスはいよいよ顔をしかめる。 
 しかし、宮廷魔導師の他の二人は年を取っていて、旅は堪える。そもそも、城外はエバンスの担当だ。 
「もし居場所の見当がつくなら、シュムと合流してからでも構わない。無理はせず、報告だけにしろ。もしもシュムを襲ったのと同じとなれば、そう簡単にどうにかできる相手ではないだろうからな。いいな」 
 本心から心配する眼差し。苦笑しそうになったが、敢えて堪えた。 
「己のぶんわきまえています。エドモンド師方には、まだ?」 
「今から報せる」 
「それでは、夕刻頃城を出ます」 
 そうして、エバンスはジェイムスの執務室を後にした。 
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