台風の目(仮)

来条恵夢

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胎動

2-2

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 手馴れた一人旅の途上、エバンスは怠ることなく情報収集に努めた。
 今向かっているドーター家のことは元より、どこで耳に挟んだ雑談が、いつどんな形できてくるかわからない。盗み聞きといえば聞こえは悪いが、常に聞き耳を立てていた。
「わぁ、兄さん美人だねぇ。並ぶとあたしの方が見劣りしそうだ」
「君に目を奪われる人はいても、俺に見とれる人はいないよ」
「やだもう、君だなんて」
 嘘はついていない。見る者が男であれば確実だ。
 いささか安っぽいが美人でグラマラスな女性店員は、嬉しそうに笑い、また後でねと声をかけて店主の元に戻った。食事時とあって、店はそこそこに混んでいる。大半は、地元の飲み客だろう。
 今更だが、付き合う女性もいないのに、あしらいばかり上達していくのもどうしたものかと、密かに溜息をこぼす。
「そういや、聞いたか。グロックスの洞窟に何か棲みついてるらしいぞ」
「何かってなんだよ?」
「いや、何かがいるのは確からしいんだが、戻ってきた奴らが、どうにもさっぱりでなあ」
「さっぱりって?」
「腑抜けになったっていうか、魂抜かれたような感じでな」
 ざわめきに紛れた会話を聴き取り、ドーター家の治めるところに洞窟があるのかと思う。洞窟だろうと湖だろうと、あっておかしなものではないが、妙なものが棲んでいるとなると話は別だ。話している二人組みは商人のようだが、広まっている噂なのだろうか。
 こういった場合、真偽もだが、広がりの度合いも問題になる。領地で問題が起きたとなれば、その当主の問題となるからだ。今年で三十になるという若い当主は、そこのところをどう捉えているのだろう。
 余裕があれば、帰りに覗くだけでも見て行こうか。
 職務熱心だな、と心の片隅で自分に呟きながら、職務というよりも、あちこちを渡り歩いたり調べものをしたりといったことが性分に合っているのだと、いつもの結論に落ち着く。
「なんでも、あそこの奥様が亡くなってからのことらしいぞ」
 食事もあらかた終え、明日は半日ほど馬を走らせてドーター邸に到着するつもりでいたこともあり、そろそろ引き上げようかと思っていた矢先の、言葉だった。どうやら、商人二人に他の旅客が口を挟んだようだ。
「それまでは、石英が少し埋まってるくらいのただの洞窟だったのに、奥様が亡くなられてから、変なのが棲みついたんだとよ」
「そりゃあ…関係あるのか?」
「さあ、どうだかなあ。俺も聞いた話で、そう詳しくはない」
 そこで話は立ち消えた。
 だがエバンスはそっと、口を挟んだ男を窺った。無骨な印象に、手が酷く荒れている。剣士や魔導師ではなさそうだ。打ち切ったような会話に、まだ何か知っているのではないかと考える。
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