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胎動
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「遠いところ、ご足労いただき申し訳ない。私がステファン・ドーターです」
迎えた当主は隠し切れていない傲岸さを滲ませて言い、エバンスに椅子を勧めた。
広い屋敷だ。裏手はすぐに山になっているらしく、通された部屋の窓の向こうには、緑が広がっていた。
「エバンス・リーです。お悔やみ申し上げます」
「母は、長く患っていましたから。いっそ解放されて、よかったのかもしれません」
亜麻色の髪に早くも白いものの混じっている男は、両目の間隔の開いた顔に、少しばかり気の毒そうな表情を浮かべ、淡々と言葉を口にした。
葬儀が終わったこともあり、区切りがついたのだろう。あるいは、演技か。そのくらい、珍しいことでも何でもない。
葬儀には、はじめは参列するつもりだったのだが、考えてみれば、通常の方法で届けられた書簡とエバンスがこちらに来るまでの間は、ドーター邸がこの国のほぼ西端にあることもあり、併せて十数日は開いている。遺体は、埋められた後だった。
まあそれは、ティアトの遺体自体に用があったわけではないのだから、当面は問題ない。
「もっとも、あんなものを残していくことになるのは、心残りだったと思いますが」
「…私のことは、他の方々には、どのように?」
「私の友人と言ってあります。そのように振舞ってくださって結構ですよ」
婉曲な強制だ。文句はないので、丁重に承諾する。
ステファンは、あからさまにではないものの、満足したように肯いた。
「こんな回りくどいことをせずに、処分していただいて構わないのですがね」
「決まったことですから」
無難な言葉を口にすると、興を殺がれたように肩をすくめた。
ありふれた、まっとうとも言える反応だ。魔物の血を引く子の処遇を決めるとき、もっとも強行に処分――殺害を叫んだのは、ドーター家だったのだと聞く。ステファンも、その風潮の中で育てられたのだろう。
ただこれが、エバンス自身とその兄に置き換えて考えてみると、違った対応を取ったのではないかと考えてしまう。そのあたりは、大分毒されている。
話はこれで終わりと決めたのか、執事を呼ぶ。隣の部屋に控えていた頭の薄い中年は、主人の命を受け、一礼して承り、しかし予想外のことを告げた。
「キール様がお話があるとのことですが、いかが致しましょう」
執事は礼儀正しく表情を作り、その感情は読み取れない。対するステファンは、不快そうに顔をしかめた。そうして、思い出したようにエバンスを見る。
「ついでに見ていかれますか」
「…しかし」
「通せ」
会うではなく、見る。
もっともな反応と、そう思いはするのだが、正直なところ、気分のいいものではない。二人の話に勝手に立ち会うことになってしまったのも、かなりなところで非礼だ。
やはり感情を見せることのない執事は、速やかにその人物を連れてきた。
ステファンに似た、癖のない髪を束ねた、緑の瞳の男。人と何ら変わったところは見られず、むしろ、兄のステファンよりも、男女を問わずに好評を博しそうな、どこか無邪気な印象を受ける顔立ちだ。身長は、エバンスとあまり変わらないだろうか。つまりは、ステファンよりも少し高いことになる。
彼は、まずは兄に深々と一礼し、その間に気付いたのか予め執事に教えられていたのか、エバンスにも礼をする。
「こちらは、私の学生時代の友人だ。話とは?」
「アトゥア様にティアト様の訃報をお伝えしました」
それだけの言葉に、驚きか怒りか、ステファンは言葉を失う。
そうやってじっと睨み合っていたが、やがてステファンが、押し殺した声で退室を命じた。ついでにエバンスも、部屋を出る。
迎えた当主は隠し切れていない傲岸さを滲ませて言い、エバンスに椅子を勧めた。
広い屋敷だ。裏手はすぐに山になっているらしく、通された部屋の窓の向こうには、緑が広がっていた。
「エバンス・リーです。お悔やみ申し上げます」
「母は、長く患っていましたから。いっそ解放されて、よかったのかもしれません」
亜麻色の髪に早くも白いものの混じっている男は、両目の間隔の開いた顔に、少しばかり気の毒そうな表情を浮かべ、淡々と言葉を口にした。
葬儀が終わったこともあり、区切りがついたのだろう。あるいは、演技か。そのくらい、珍しいことでも何でもない。
葬儀には、はじめは参列するつもりだったのだが、考えてみれば、通常の方法で届けられた書簡とエバンスがこちらに来るまでの間は、ドーター邸がこの国のほぼ西端にあることもあり、併せて十数日は開いている。遺体は、埋められた後だった。
まあそれは、ティアトの遺体自体に用があったわけではないのだから、当面は問題ない。
「もっとも、あんなものを残していくことになるのは、心残りだったと思いますが」
「…私のことは、他の方々には、どのように?」
「私の友人と言ってあります。そのように振舞ってくださって結構ですよ」
婉曲な強制だ。文句はないので、丁重に承諾する。
ステファンは、あからさまにではないものの、満足したように肯いた。
「こんな回りくどいことをせずに、処分していただいて構わないのですがね」
「決まったことですから」
無難な言葉を口にすると、興を殺がれたように肩をすくめた。
ありふれた、まっとうとも言える反応だ。魔物の血を引く子の処遇を決めるとき、もっとも強行に処分――殺害を叫んだのは、ドーター家だったのだと聞く。ステファンも、その風潮の中で育てられたのだろう。
ただこれが、エバンス自身とその兄に置き換えて考えてみると、違った対応を取ったのではないかと考えてしまう。そのあたりは、大分毒されている。
話はこれで終わりと決めたのか、執事を呼ぶ。隣の部屋に控えていた頭の薄い中年は、主人の命を受け、一礼して承り、しかし予想外のことを告げた。
「キール様がお話があるとのことですが、いかが致しましょう」
執事は礼儀正しく表情を作り、その感情は読み取れない。対するステファンは、不快そうに顔をしかめた。そうして、思い出したようにエバンスを見る。
「ついでに見ていかれますか」
「…しかし」
「通せ」
会うではなく、見る。
もっともな反応と、そう思いはするのだが、正直なところ、気分のいいものではない。二人の話に勝手に立ち会うことになってしまったのも、かなりなところで非礼だ。
やはり感情を見せることのない執事は、速やかにその人物を連れてきた。
ステファンに似た、癖のない髪を束ねた、緑の瞳の男。人と何ら変わったところは見られず、むしろ、兄のステファンよりも、男女を問わずに好評を博しそうな、どこか無邪気な印象を受ける顔立ちだ。身長は、エバンスとあまり変わらないだろうか。つまりは、ステファンよりも少し高いことになる。
彼は、まずは兄に深々と一礼し、その間に気付いたのか予め執事に教えられていたのか、エバンスにも礼をする。
「こちらは、私の学生時代の友人だ。話とは?」
「アトゥア様にティアト様の訃報をお伝えしました」
それだけの言葉に、驚きか怒りか、ステファンは言葉を失う。
そうやってじっと睨み合っていたが、やがてステファンが、押し殺した声で退室を命じた。ついでにエバンスも、部屋を出る。
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