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胎動
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「シュム!」
カイの声が反響して聞こえる。ただ真っ直ぐに駆けたシュムは、反響で音源の定まりにくいカイの呼び声や探す足音を無視して、いつしか開けた空間に出ていた。
闇に感覚が多少は狂っているが、あまり走っていないはずだ。走るとさすがに、足に違和感があった。だか、酔いからか、痛みは感じない。
「火を」
指で軽く炎の章紋を描き、指先に灯す。このくらいの基礎なら、学んでいる。
小さな灯りでも一瞬目が眩み、しばらくして慣れてきた空間には、一本の木が立っていた。
尖った固い葉は、季節ごとに葉を落とす種類ではなく、年間を通じて緑を見せる種類のものだとわかる。ただ、炎という光源のせいか、葉は緑には見えなかった。赤か、黒に見える。
一瞬それが血の乾いた死骸のように見え、大きく目を瞠る。逸らしてしまうほど、見慣れないものではない。
幹を観察すると、表皮には平らなところと細く隆起した部分があり、生物の血管のように見えなくもない。若々しい様子だが、根の張り具合からも、五十年も生きていないものと思えた。
不意に、枝が鳴った。枝葉がざわめき、揺れる。風に揺れるように。
しかしここは、洞窟の中だ。微風でそよぐような類の木ではなく、強風が吹き込めば、当然シュムにも当たるはずだ。だがシュムの、髪の一本も揺れてはいない。
意識が逸れて、喚び灯した炎が消えた。再び闇が、当然とばかりに全てを覆う。
「しゅーむーっ!」
乱反射する呼び声に、金縛りにあったようになっていた体が、動きと思考を取り戻す。酔いも、既に引いていた。
「出て!」
長い言葉は、聞き取れるかどうかが怪しい。短く口にしたシュムは、自身も、元来た道を駆け出していた。
酔っていた間も、理性の箍は緩んでいたが記憶は確かに残っている。馬鹿なことをした、という後悔は、今更だと思い浮かべて即座に飲み込んだ。
力を込めた分入ったときよりも短時間で外に出たが、そこにカイの姿はなかった。まだ酔った虚言と思って探しているかと恐る恐る首を伸ばすと、耳に足音が聞こえた。
「カイ」
思わず、安堵の声が出た。シュムは、不安の正体がわからないままに、とりあえず無事な姿を見せたカイに、笑みを向けた。が、殴られた。
「一体どこに隠れてたんだ! 何もなくたって、暗闇の洞窟が危ないってことくらい知ってるだろう、この馬鹿!」
「~っごめん」
人相手なのだから当然手加減はしてあるはずだが、それでも痛い。それも仕方がないかと頭を垂れていると、殴られた部分に、ひやりとした手があてられた。
「二度とやるなよ」
何故かそれが、「いなくなるなよ」と言っているように聞こえて、肯けず、曖昧に返すと、載せられた手を振り払って先に立った。
「とにかく、もう寝よう。中のことは明日話すよ」
「…ああ」
頬をなでる優しい風を受けながら、シュムはカイと連れ立って宿に戻った。
そうしてその夜、悪夢を見た。
カイの声が反響して聞こえる。ただ真っ直ぐに駆けたシュムは、反響で音源の定まりにくいカイの呼び声や探す足音を無視して、いつしか開けた空間に出ていた。
闇に感覚が多少は狂っているが、あまり走っていないはずだ。走るとさすがに、足に違和感があった。だか、酔いからか、痛みは感じない。
「火を」
指で軽く炎の章紋を描き、指先に灯す。このくらいの基礎なら、学んでいる。
小さな灯りでも一瞬目が眩み、しばらくして慣れてきた空間には、一本の木が立っていた。
尖った固い葉は、季節ごとに葉を落とす種類ではなく、年間を通じて緑を見せる種類のものだとわかる。ただ、炎という光源のせいか、葉は緑には見えなかった。赤か、黒に見える。
一瞬それが血の乾いた死骸のように見え、大きく目を瞠る。逸らしてしまうほど、見慣れないものではない。
幹を観察すると、表皮には平らなところと細く隆起した部分があり、生物の血管のように見えなくもない。若々しい様子だが、根の張り具合からも、五十年も生きていないものと思えた。
不意に、枝が鳴った。枝葉がざわめき、揺れる。風に揺れるように。
しかしここは、洞窟の中だ。微風でそよぐような類の木ではなく、強風が吹き込めば、当然シュムにも当たるはずだ。だがシュムの、髪の一本も揺れてはいない。
意識が逸れて、喚び灯した炎が消えた。再び闇が、当然とばかりに全てを覆う。
「しゅーむーっ!」
乱反射する呼び声に、金縛りにあったようになっていた体が、動きと思考を取り戻す。酔いも、既に引いていた。
「出て!」
長い言葉は、聞き取れるかどうかが怪しい。短く口にしたシュムは、自身も、元来た道を駆け出していた。
酔っていた間も、理性の箍は緩んでいたが記憶は確かに残っている。馬鹿なことをした、という後悔は、今更だと思い浮かべて即座に飲み込んだ。
力を込めた分入ったときよりも短時間で外に出たが、そこにカイの姿はなかった。まだ酔った虚言と思って探しているかと恐る恐る首を伸ばすと、耳に足音が聞こえた。
「カイ」
思わず、安堵の声が出た。シュムは、不安の正体がわからないままに、とりあえず無事な姿を見せたカイに、笑みを向けた。が、殴られた。
「一体どこに隠れてたんだ! 何もなくたって、暗闇の洞窟が危ないってことくらい知ってるだろう、この馬鹿!」
「~っごめん」
人相手なのだから当然手加減はしてあるはずだが、それでも痛い。それも仕方がないかと頭を垂れていると、殴られた部分に、ひやりとした手があてられた。
「二度とやるなよ」
何故かそれが、「いなくなるなよ」と言っているように聞こえて、肯けず、曖昧に返すと、載せられた手を振り払って先に立った。
「とにかく、もう寝よう。中のことは明日話すよ」
「…ああ」
頬をなでる優しい風を受けながら、シュムはカイと連れ立って宿に戻った。
そうしてその夜、悪夢を見た。
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