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胎動
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夜風が、酒で熱を帯びた頬に心地いい。
目的地の洞窟まではすぐらしく、シュムは、カイと並んで弾むような足取りで歩いていた。カイが心配そうに見つめるが、珍しく治癒術が本当に効いたようで、痛みも不自然さも、ほぼない。
「ねえ。カイは、何がいると思う?」
酒場で耳にした、洞窟にいるという「何か」。人から魂を抜くと考えられているそれは、未発見の妖物か、植物か、それとも魔物か。
仕事を請けたわけではないが、暇つぶしに偵察程度はと、足を運ぶことにした。それで魂を盗られたら――その時はその時だ。
「何かは、いるんだろうと思うよね。でも、カイが気配を感じてないなら、とりあえず魔物の線はなしかなあ。それにしても、お屋敷の奥様が亡くなってからじゃないか、ってところが引っかかるよね」
「…いやに喋るな」
「うん。ちょっと、お酒が回った。考え事してたから。カイが変なこと言うから」
「俺が何を」
「言ったよ。どうしてこんなことしてるのかって。全部投げ出して、国を出て、どこかに隠居したいなとか考えないこともないんだから、そこを揺さぶらないでほしいな」
軽く紛らせて、本音を口にする。
今の生活は、嫌いではない。国中をある程度好きに旅して、時々妹や甥姪に会って、師匠を訪ねたり、時には過去の仲間たちと遭遇したり、カイをはじめとした人ではない友達と会ったり。
だが時々、全て放り出して、誰も知らないところに行きたいと思うのも本当で、その度に、何故自分はここにいるのかと思ってしまう瞬間がある。子どもの外見で生きてきた年月は、普通の者なら、日々の生活や恋愛、子育てに費やしたはずの時間で、その間シュムが何をしたかといえば、無為に国を歩いてきただけだ。
「悪い…?」
「いいよ、わかってないんでしょ。カイって、変なとこ鋭いのに、自覚ないんだもんなあ。怒るに怒れない」
少し欠けた月明かりの下で、苦笑いを浮かべる。
そんなことを話している間に、洞窟の前に到着していた。
「何か感じる?」
「いや」
「そう。だとすると、天災か人災か」
「って、待て」
猫の仔のように首根っこをつかまれ、軽く不満げに顔を上げる。しかし迎える顔は輪をかけて不満そうで、というよりもしかめっ面だった。
「馬鹿か、無防備に足を踏み入れるなんて、命を捨てたいのか」
普通、何かしらの危険が考えられる場所には足を踏み入れないのが原則だ。そうもいかない、あるいはそういった場所だから入るというときには、なるべく情報を集めて危険の予想を絞り、できる限りの対策を立ててからというのが常識的な手順になる。
カイの言葉は、旅慣れてさえいれば幼児でさえ正論と判断できるものだった。
ところがシュムは、酔いが回って赤らんだ頬を膨らませる。
「セッカクここまで来たのにぃ?」
「どうせしばらくいるんだ、酒が抜けてもう少しまともに頭が回るようになってからにしろ」
「けちぃ」
元から、人外の類ならある程度は気配の読めるカイが何か判るかもしれない、ということで足を運んだのだ。シュムも、そのことはわかっている。わかっているが、それと気分は別物だ。
大抵なら本気でこういった無茶は言わないだけの理性があるのだが、今は、酩酊にいくらか箍が緩んでいる。
「いいよ、もう」
だから、正論の忠告を無視して一人で洞窟に駆け込むなど、酔っていなければやらなかっただろう。
しかし実際のところ、シュムは足を踏み入れていた。
目的地の洞窟まではすぐらしく、シュムは、カイと並んで弾むような足取りで歩いていた。カイが心配そうに見つめるが、珍しく治癒術が本当に効いたようで、痛みも不自然さも、ほぼない。
「ねえ。カイは、何がいると思う?」
酒場で耳にした、洞窟にいるという「何か」。人から魂を抜くと考えられているそれは、未発見の妖物か、植物か、それとも魔物か。
仕事を請けたわけではないが、暇つぶしに偵察程度はと、足を運ぶことにした。それで魂を盗られたら――その時はその時だ。
「何かは、いるんだろうと思うよね。でも、カイが気配を感じてないなら、とりあえず魔物の線はなしかなあ。それにしても、お屋敷の奥様が亡くなってからじゃないか、ってところが引っかかるよね」
「…いやに喋るな」
「うん。ちょっと、お酒が回った。考え事してたから。カイが変なこと言うから」
「俺が何を」
「言ったよ。どうしてこんなことしてるのかって。全部投げ出して、国を出て、どこかに隠居したいなとか考えないこともないんだから、そこを揺さぶらないでほしいな」
軽く紛らせて、本音を口にする。
今の生活は、嫌いではない。国中をある程度好きに旅して、時々妹や甥姪に会って、師匠を訪ねたり、時には過去の仲間たちと遭遇したり、カイをはじめとした人ではない友達と会ったり。
だが時々、全て放り出して、誰も知らないところに行きたいと思うのも本当で、その度に、何故自分はここにいるのかと思ってしまう瞬間がある。子どもの外見で生きてきた年月は、普通の者なら、日々の生活や恋愛、子育てに費やしたはずの時間で、その間シュムが何をしたかといえば、無為に国を歩いてきただけだ。
「悪い…?」
「いいよ、わかってないんでしょ。カイって、変なとこ鋭いのに、自覚ないんだもんなあ。怒るに怒れない」
少し欠けた月明かりの下で、苦笑いを浮かべる。
そんなことを話している間に、洞窟の前に到着していた。
「何か感じる?」
「いや」
「そう。だとすると、天災か人災か」
「って、待て」
猫の仔のように首根っこをつかまれ、軽く不満げに顔を上げる。しかし迎える顔は輪をかけて不満そうで、というよりもしかめっ面だった。
「馬鹿か、無防備に足を踏み入れるなんて、命を捨てたいのか」
普通、何かしらの危険が考えられる場所には足を踏み入れないのが原則だ。そうもいかない、あるいはそういった場所だから入るというときには、なるべく情報を集めて危険の予想を絞り、できる限りの対策を立ててからというのが常識的な手順になる。
カイの言葉は、旅慣れてさえいれば幼児でさえ正論と判断できるものだった。
ところがシュムは、酔いが回って赤らんだ頬を膨らませる。
「セッカクここまで来たのにぃ?」
「どうせしばらくいるんだ、酒が抜けてもう少しまともに頭が回るようになってからにしろ」
「けちぃ」
元から、人外の類ならある程度は気配の読めるカイが何か判るかもしれない、ということで足を運んだのだ。シュムも、そのことはわかっている。わかっているが、それと気分は別物だ。
大抵なら本気でこういった無茶は言わないだけの理性があるのだが、今は、酩酊にいくらか箍が緩んでいる。
「いいよ、もう」
だから、正論の忠告を無視して一人で洞窟に駆け込むなど、酔っていなければやらなかっただろう。
しかし実際のところ、シュムは足を踏み入れていた。
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