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胎動
4-4
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「条件に君自身のことが含まれていなかったのは、殺されると思っていたからか?」
「いやあ、さすがにそこまでは。言った通り、許されるなら旅にでも出ようかと思ったんだけど?」
真正面から見据えても、軽薄な表情は揺るがない。本心なのか裏があるのか、いまいちつかめない。
「では、南の森にこだわる理由は?」
「答えて、鵜呑みにするのか?」
「聞いてみて判断する」
「なるほどね」
広間での無表情とは打って変わって、部屋に移ってからというもの、軽い印象を与える笑顔を浮かべている。
エバンスの答えに笑い声を上げると、考える間もなく回答を口に乗せた。
「あそこは、俺の遊び場だったから。生きてる間くらい、そのままで在ってほしいと思って?」
「…条件のうちの三つ目、いやもしかすると二つ目も、交渉の余地を残すためのものか?」
「何のこと?」
「相続放棄を条件に飲ませるとしても、いささか負担が大きいと考えるだろう。だが、そのうちの二つまでを諦めさせれば、認める気にもなる。あるいはそれを利用して、管理人に自分自身を指定して、今までと同じ生活を送ることもできる」
「へー、お見事」
にやにやと笑って、讃えるようにグラスをエバンスの方へと傾ける。
エバンスが今口にしたのは基本的な交渉術で、小は庶民同士の頼み事から、大は国同士の取引など、いくらでも応用して使われているものだ。もし言った通りだとすれば、とんだ狸だ。どこが世間知らずなのか。
仮にその思惑がなくても、予想外のことを言われても表情を崩さない、あるいはそれすらも予想していたという時点で、狸は確実だ。
「で、そこから導き出される俺の評価は、生存死亡のどっちになった?」
酒をなみなみと注いだグラスを弄ぶ彼を、見据える。恐れる様子もなく、エバンスの回答さえどうでもいいというような態度だ。
よくこれだけの人物が今まで大人しくしていたものだと思い、ふと引っかかったものがあった。大人しくしていた理由は? 国王は、母親の存在が枷だったと言っていたが。
「君は…母君を大切にしていたのか」
はじめて、薄笑いを浮かべていた顔が凍りつく。一瞬で表情を取り戻すが、そのわずかな空白が、エバンスの推測が正鵠を射ていたことを明らかにしていた。
「…一体、どこをどう繋いだらそんなことになるんだか。いっそあんな女がいなければ、俺も苦労せずに済んだってもんだけどな?」
「君は、名を知られるという最大の危険を犯している。生憎と俺にはその苦労や危険の実感はないが、それだけでも大変なことだろうな」
「同情して気を引こうとしたって、無駄だぜ?」
「事実を言っただけだ。こういったことに関わっていれば、誰だって君の父方の者たちの名の枷については熟知している」
契約の獣は、本名に対して命じられたことには逆らえない。厳密に言えば、逆らった時には、最大で命を落とすことになる。契約違反が精神的な禁忌であるのに対し、こちらは、肉体をも含めての直截のものだ。
そうなると、名が知れていることは、誰かに操られる可能性を思えば庇いようのない危険だ。あるいは逆に、名を用いての命令があれば自決するようにでもしておけば、そのことを盾に、宮中にも置けるかもしれない。
だがそれは、幸福とは言えない状況だろう。事情を正確に把握していれば、これほど簡単な暗殺手段もないということになる。それ以前に、本人が望むはずもない。かといって、このままここに置いておくのも、旅をさせるのも、問題がある。
何か、奇策はないものか。
「いやあ、さすがにそこまでは。言った通り、許されるなら旅にでも出ようかと思ったんだけど?」
真正面から見据えても、軽薄な表情は揺るがない。本心なのか裏があるのか、いまいちつかめない。
「では、南の森にこだわる理由は?」
「答えて、鵜呑みにするのか?」
「聞いてみて判断する」
「なるほどね」
広間での無表情とは打って変わって、部屋に移ってからというもの、軽い印象を与える笑顔を浮かべている。
エバンスの答えに笑い声を上げると、考える間もなく回答を口に乗せた。
「あそこは、俺の遊び場だったから。生きてる間くらい、そのままで在ってほしいと思って?」
「…条件のうちの三つ目、いやもしかすると二つ目も、交渉の余地を残すためのものか?」
「何のこと?」
「相続放棄を条件に飲ませるとしても、いささか負担が大きいと考えるだろう。だが、そのうちの二つまでを諦めさせれば、認める気にもなる。あるいはそれを利用して、管理人に自分自身を指定して、今までと同じ生活を送ることもできる」
「へー、お見事」
にやにやと笑って、讃えるようにグラスをエバンスの方へと傾ける。
エバンスが今口にしたのは基本的な交渉術で、小は庶民同士の頼み事から、大は国同士の取引など、いくらでも応用して使われているものだ。もし言った通りだとすれば、とんだ狸だ。どこが世間知らずなのか。
仮にその思惑がなくても、予想外のことを言われても表情を崩さない、あるいはそれすらも予想していたという時点で、狸は確実だ。
「で、そこから導き出される俺の評価は、生存死亡のどっちになった?」
酒をなみなみと注いだグラスを弄ぶ彼を、見据える。恐れる様子もなく、エバンスの回答さえどうでもいいというような態度だ。
よくこれだけの人物が今まで大人しくしていたものだと思い、ふと引っかかったものがあった。大人しくしていた理由は? 国王は、母親の存在が枷だったと言っていたが。
「君は…母君を大切にしていたのか」
はじめて、薄笑いを浮かべていた顔が凍りつく。一瞬で表情を取り戻すが、そのわずかな空白が、エバンスの推測が正鵠を射ていたことを明らかにしていた。
「…一体、どこをどう繋いだらそんなことになるんだか。いっそあんな女がいなければ、俺も苦労せずに済んだってもんだけどな?」
「君は、名を知られるという最大の危険を犯している。生憎と俺にはその苦労や危険の実感はないが、それだけでも大変なことだろうな」
「同情して気を引こうとしたって、無駄だぜ?」
「事実を言っただけだ。こういったことに関わっていれば、誰だって君の父方の者たちの名の枷については熟知している」
契約の獣は、本名に対して命じられたことには逆らえない。厳密に言えば、逆らった時には、最大で命を落とすことになる。契約違反が精神的な禁忌であるのに対し、こちらは、肉体をも含めての直截のものだ。
そうなると、名が知れていることは、誰かに操られる可能性を思えば庇いようのない危険だ。あるいは逆に、名を用いての命令があれば自決するようにでもしておけば、そのことを盾に、宮中にも置けるかもしれない。
だがそれは、幸福とは言えない状況だろう。事情を正確に把握していれば、これほど簡単な暗殺手段もないということになる。それ以前に、本人が望むはずもない。かといって、このままここに置いておくのも、旅をさせるのも、問題がある。
何か、奇策はないものか。
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