台風の目(仮)

来条恵夢

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胎動

7-2

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「俺はまあ、女房がぼっちゃんの乳母うばのようなことをしていてね。あいつがいっちまってからは、坊ちゃんの相手をしていろということだったんだが、あの人も、大きくなってからはそう手もかからないし。ぶらぶらと、手の足りないところを手伝ったりしてるんだよ」
 ではこの城の者は、半分は人でないキールを、この夫婦に押し付けたということか。そう身分が高かったとも思えないから、当主の血縁に対する処遇としては、甚だ粗末なものだ。もっとも、彼らにとっては、幸せと呼べる巡り会わせだっただろう。キールもロバートも、互いを疎んじている様子は微塵もない。
 ある程度以上の人との関わりは、選ぶことができない。親や兄弟姉妹、親戚や幼年時の交流は、当人に選択肢のないものも多い。それだけに、シュムにアンジーという、例外だらけの姉を慕ってくれた妹がいたように、あたたかなつながりがあるのは他人事でも嬉しい。
「仕事、手伝っていい?」
「お嬢さんはお客でしょう」
「それじゃあ、見てる。それならいいでしょ?」
「やんちゃなお人だ」
 大らかに笑いながら、歩き始める。厩舎に向かうだろうその隣に、シュムも並んだ。歩調を合わせてくれているのか、小さな足幅でも急ぐことはなかった。
「アトゥアさんに会ったよ」
「ああ。いいお人だろう?」
「うん。どうして、あの人には別に書簡を届けないといけなかったの? まるで一人だけ、隠すみたいに」
 ロバートは、歩みを止めてシュムをじっと見つめた。そうしてから、微笑すると再び歩き始める。
「お嬢さんになら、いいでしょう。あのお方は、執事さんの息子と駆け落ちしなさってね。ないものとされていたんだよ。でも、奥様とはとても仲が良かったから。血のつながった旦那様とよりも、よほど姉妹のようだったよ。ぼっちゃんが生まれたときも、何も言えなかった旦那様を尻目に、ぽんぽんとそれは気持ちのいいくらいに言いなさってた」
 身分違いの結婚の結果、実家とは縁を切られているのだろう。義弟と妹も身分違いだったと思い出し、溜息をつきたくなった。あの二人は、目に見えて山盛りの問題を片付けて、よくもしっかりと収まったものだ。
 そうはいかなかったらしいが同じことをしたアトゥアに、妹を重ねた理由がわかった気がした。 
「奥様も、体調を崩されてなかったらきっと、あのお方を応援なさっただろうになあ」 
「体調を崩した原因はわかってないの?」
「口さがない奴らはぼっちゃんを生みなさったせいだなんていうが、そんなはずがあるもんか。産後の肥立ちだって、良かったって話だ。それを、勝手に尾ひれをつけて」
 そこまで言ったところで、はっとして口をつぐむ。言いすぎたと思ったのか、ちらりとシュムを窺うような視線を寄越した。
 シュムは、ゆっくりと呼吸をした。
「体調を崩したのがいつか、その前後に何があったか、知ってる?」
「どうしてそんなことを訊くんだい?」
 わずかに、探るように様子が変わる。歩みも、すっかり止まっていた。
「あたしも、同じものが原因で寝付くことになるかもしれないから」
「………。坊ちゃんを生んで体力が戻ってから一人で森に行かれて、それで、しばらくあそこは大丈夫だと、そうおっしゃっていた」
 逡巡して、ロバートは呟くように言葉を吐いた。
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