台風の目(仮)

来条恵夢

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日常

1-1

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 丹念に術の気配を消し、埋もれさせた上に、晩餐の残り物を置く。周囲は静まり返り、真夏と言えど朝晩はそれなりに冷え込むため、上着代わりに魔導士のローブを羽織っている。
 術はごく単純なもので、むしろそれを隠すためにこそ高度な技術が使われている。しかしそれは、エバンスにとっては慣れたものでもある。
 術の目的は、この頃城内を荒らし回っている、鼠の捕縛。――平和だ。
「あーいたいた、イヴ、ちょっとこれ…寝てる?」
 人気のない厨房にひょっこりと姿を現したキールは、隅の壁に寄りかかって目をつぶっていたエバンスの姿に、声を潜めて呟いた。
 勿論眠ってなどいないエバンスは、目を開けても尚薄暗い空間に目を凝らした。思っていたよりも人影がはっきりとわかり、今日は満月だったと思い出す。窓から、月明かりが差し込んでいる。濃い緑の瞳だけが、光を浴びてか宝石のように見えた。
「起きている。今度は何をしているんだ」
 壁を押して反動で背を離し、入り口にいるキールのところへと危うげなく移動する。
 色々と問題ごとが山積みだったキールの身柄は、今も厄介で問題だらけには変わりない。とりあえず捕獲ということで軟禁扱いとしているが、実際のところ、客人とさして変わりない。
 それでもそれなりに日々は移り、やたらと雑事にばかり時間を取られるエバンスの日常も復活した。ただし、雑事の量は一層に増えて。
 その根源は、いつものようにへらへらと笑った。近付けば、表情も読み取れる。
「やー、忙しいならいーんだけど。明日じーさまたちでも捕まえて訊くし」
「…何だ」
 この城内で、それどころかもしかすると国内ですら、エバンスを除くリーランドの宮廷魔導士二人を「じーさま」などと呼ぶ者はいないに違いない。この問題児以外。そしてエバンスは、できればキールにあの二人とは接触してほしくなかった。
 政治的立場云々ではなく、単純に、何か仕出かしそうでエバンスの心臓に悪い。同じ理由で、兄――国王とも離れていてほしい。
 しかし、国の重要人物の上にある意味で最重要危険人物である三人は、少なくともエバンスの知る範囲内では、すっかりキールのことを気に入ってしまっている。この頃胃が痛むのは、決して気のせいではないに違いない。
 明日には死刑、という事態になってもおかしくない、日々不安定な情勢の中で暮らしているはずの居候は、笑顔のままで肩をすくめた。
「やっぱやめとく、怒られそうだし」
「そんなことを言われたら聞かないわけにはいかないだろう」
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