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「…え?」
「え?」
いつの間にか二人は、手を取り合っていた。驚いたように目を見開き、互いを見つめあう。
シュムの目に映るカイは砂色の髪と紺碧の瞳をしていて、執事然とした身なりをしている。カイの目に映るシュムは、結い上げた金髪と濃緑の瞳をして、可憐なドレスに身を包んでいる。
夢を見ているかのような心地で、二人はひたすらに互いを凝視した。普段とあまりに違う配色と格好だというのに、はっきりと互いを認識できる。そのことさえもが、強い違和感の元だ。
「カイ…?」
「お嬢様…違う…シュム…?」
それぞれに、覚えがないはずの強い恋情に戸惑い、混乱する。
旅の相棒で友達としての記憶と、ゆっくりと時間をかけて育まれた許されないと思い込んでいる強い愛情と。二つの想いと記憶が、同居している。
「どうかされましたか、――さん?」
「どうしたの、――?」
シュムに呼びかけているはずの中年の男女は、しかし全く違う名を口にする。
違う、と思う反面、それを自分の名と認識することに戸惑う。
「え…と? あれ…?」
「バトラー、――に何をしている」
「…俺?」
シュムとカイのつながれた手に気付き、もう一人の中年男が睨みつける。先ほど話しかけてきた二人も、青ざめたような険しい顔つきになっていた。
「お嬢様」と呼ばれたシュムと「バトラー」と呼ばれたカイが、半ば反射的に手を離そうとした。が、そうでない方が、逆に抱きつくように身体を密着させる。
悲鳴と怒号を、聞き流す。
「シュム、これは…」
「うん、よくわかんないけど妙なことにはなってるね」
「逃げるか」
「もちろん」
身を寄せ合い、二人は駆け出し――気付けば、ぼろぼろになった階段に腰掛け、目を開けたところだった。
「なんか…前にも似たようなことなかったか?」
「あー、白猫」
顔を見合わせて、力なく笑う。シュムは黒髪と黒い瞳に、カイはオレンジの髪に赤の瞳に戻っていた。それぞれに抱いた恋情も、今は遠い。夢に見た光景のように、そこまで早くはないにしても去っていくかのようだった。
朽ちかけた屋敷を見つけて、人の気配がないのをいいことに一晩の宿にしようと思ったのだったと、薄れていく記憶とは逆に鮮明に思い出す。
ぐるりと、シュムは屋敷を見回した。
「さっきの光景…ここ、だね」
「だろうな。今度は誰だ?」
以前、同じように幻に取り込まれたことがある。そのときは、猫の記憶に引きずり込まれたものだった。今度も何かいるのかと、カイも周囲を見回す。
シュムは、束の間目をつぶり、首をかしげた。
「うーんー、いやこれ、そういうのじゃないなあ。多分…屋敷の見た夢か、あの二人の残した未練か…」
「はあ?」
「名前がわからないけど、この屋敷で暮らしてたお嬢様と執事? あの二人、お互いを想ってたのに踏ん切りがつかなくって離れ離れになったんでしょ、あの感じだと。お嬢様は両親を見切れなかったし、執事は身分の差を気にしすぎたってとこかな。まあ、ちょっと夢見ちゃった、くらいの感覚でいいと思うよ。魔導とかそういうのじゃないみたいだから」
「そういうもんか…?」
「多分ねー」
首をかしげながらも、カイは思い切ることにした。ふと気付くと、随分と暗い。この屋敷にたどり着いたときはまだ薄明るかったはずだが、時間が経ったようだ。
「飯の用意でもして、とっとと寝るか。下手に見て回って床板踏み抜くのも厭だから、ここでいいな?」
「そうだね。ここなら、石だから火を焚いても大丈夫だろうし」
その情報が、入ったときに気付いたものなのか先ほどの夢の中のものなのかがわからない。家具がそのままなら上に寝台があるのに、と、その部屋まではっきりと思い描けるのは、夢の中の記憶だろうが。
「………で。動かないのか」
二人は、身を寄せ合って座り込んだままでいた。カイも、言いながら自分で振りほどこうとはしない。
シュムは、そっとカイに身を預けた。
「もうちょっと…このままでもいい?」
「ああ…。仰せのままに、お嬢様」
薄れ、消え行く記憶と想いを、悼むかのように二人は寄り添った。
「え?」
いつの間にか二人は、手を取り合っていた。驚いたように目を見開き、互いを見つめあう。
シュムの目に映るカイは砂色の髪と紺碧の瞳をしていて、執事然とした身なりをしている。カイの目に映るシュムは、結い上げた金髪と濃緑の瞳をして、可憐なドレスに身を包んでいる。
夢を見ているかのような心地で、二人はひたすらに互いを凝視した。普段とあまりに違う配色と格好だというのに、はっきりと互いを認識できる。そのことさえもが、強い違和感の元だ。
「カイ…?」
「お嬢様…違う…シュム…?」
それぞれに、覚えがないはずの強い恋情に戸惑い、混乱する。
旅の相棒で友達としての記憶と、ゆっくりと時間をかけて育まれた許されないと思い込んでいる強い愛情と。二つの想いと記憶が、同居している。
「どうかされましたか、――さん?」
「どうしたの、――?」
シュムに呼びかけているはずの中年の男女は、しかし全く違う名を口にする。
違う、と思う反面、それを自分の名と認識することに戸惑う。
「え…と? あれ…?」
「バトラー、――に何をしている」
「…俺?」
シュムとカイのつながれた手に気付き、もう一人の中年男が睨みつける。先ほど話しかけてきた二人も、青ざめたような険しい顔つきになっていた。
「お嬢様」と呼ばれたシュムと「バトラー」と呼ばれたカイが、半ば反射的に手を離そうとした。が、そうでない方が、逆に抱きつくように身体を密着させる。
悲鳴と怒号を、聞き流す。
「シュム、これは…」
「うん、よくわかんないけど妙なことにはなってるね」
「逃げるか」
「もちろん」
身を寄せ合い、二人は駆け出し――気付けば、ぼろぼろになった階段に腰掛け、目を開けたところだった。
「なんか…前にも似たようなことなかったか?」
「あー、白猫」
顔を見合わせて、力なく笑う。シュムは黒髪と黒い瞳に、カイはオレンジの髪に赤の瞳に戻っていた。それぞれに抱いた恋情も、今は遠い。夢に見た光景のように、そこまで早くはないにしても去っていくかのようだった。
朽ちかけた屋敷を見つけて、人の気配がないのをいいことに一晩の宿にしようと思ったのだったと、薄れていく記憶とは逆に鮮明に思い出す。
ぐるりと、シュムは屋敷を見回した。
「さっきの光景…ここ、だね」
「だろうな。今度は誰だ?」
以前、同じように幻に取り込まれたことがある。そのときは、猫の記憶に引きずり込まれたものだった。今度も何かいるのかと、カイも周囲を見回す。
シュムは、束の間目をつぶり、首をかしげた。
「うーんー、いやこれ、そういうのじゃないなあ。多分…屋敷の見た夢か、あの二人の残した未練か…」
「はあ?」
「名前がわからないけど、この屋敷で暮らしてたお嬢様と執事? あの二人、お互いを想ってたのに踏ん切りがつかなくって離れ離れになったんでしょ、あの感じだと。お嬢様は両親を見切れなかったし、執事は身分の差を気にしすぎたってとこかな。まあ、ちょっと夢見ちゃった、くらいの感覚でいいと思うよ。魔導とかそういうのじゃないみたいだから」
「そういうもんか…?」
「多分ねー」
首をかしげながらも、カイは思い切ることにした。ふと気付くと、随分と暗い。この屋敷にたどり着いたときはまだ薄明るかったはずだが、時間が経ったようだ。
「飯の用意でもして、とっとと寝るか。下手に見て回って床板踏み抜くのも厭だから、ここでいいな?」
「そうだね。ここなら、石だから火を焚いても大丈夫だろうし」
その情報が、入ったときに気付いたものなのか先ほどの夢の中のものなのかがわからない。家具がそのままなら上に寝台があるのに、と、その部屋まではっきりと思い描けるのは、夢の中の記憶だろうが。
「………で。動かないのか」
二人は、身を寄せ合って座り込んだままでいた。カイも、言いながら自分で振りほどこうとはしない。
シュムは、そっとカイに身を預けた。
「もうちょっと…このままでもいい?」
「ああ…。仰せのままに、お嬢様」
薄れ、消え行く記憶と想いを、悼むかのように二人は寄り添った。
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