台風の目(仮)

来条恵夢

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霧囲

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「…迷った?」
「またかよ!?」
 しんと静まり返った森に、二人の声だけが響く。しかしその声もすぐに、森閑とした森の木々と、ミルクを溶かし込んだような真っ白い霧に吸い込まれてしまう。
 カイはともかくシュムには、すぐ隣にいるはずの相棒の顔さえろくろく見られない。
「で、でもさ、これはあたしのせいじゃないでしょ。迷うって、誰だって。方位磁石使えないのに濃霧って」
「いや森入る前から迷ってただろお前」
「う」
 無闇に歩き回るとはぐれそうで片手でしっかりとカイの腕をつかんだまま言葉に詰まったシュムは、一瞬視線を白い霧に彷徨さまよわせ、ひらめいて、いやいや、と言葉にした。
「そもそも目的地なんてなかったから、迷いようがない。うん、迷ってない迷ってない」
「…開き直りやがった」
「カイこそ、においとか気配とか、とりあえず森から出る方法だけでもないわけ?」
「霧が攪乱かくらんしてんだよ」
 濃すぎる霧は雨のようなものかと納得しかけて、シュムは首をかしげた。
「いつだったか水の中でも匂いたどれてなかった?」
「あそこにゃ流れがなかっただろ」
 沼は別だ、との主張に、納得したようなしないような気分で頷くシュム。とりあえず、今は無理だということだけはわかった。
 だが、だからといってずっとここで彷徨ってもいられない。多少感覚が狂っていることを差し引いても、二人が森に踏み入ってから随分とっているはずだ。
 それでも、まだかろうじて太陽は沈んでいないはずだ。沈んでいれば、カイはともかくシュムは、暗くて歩き回れるはずがない。
「ねえカイ、これって明らかにおかしいよね?」
「何がだ?」
「何って…霧が出やすそうな地形でもないのにこんなに濃い霧がしかも長時間出っ放しっておかしいでしょ」
「そうなのか?」
 この反応は、カイが何も考えていないからかそれほどに生まれ育った世界が違うのか。もしかしてカイたちの暮らす世界には、一日中変わらない濃度の霧が発生している場所があるのかと、シュムは溜息を落とした。 
「あーもうっ、誰かーっ、誰かいませんかーっ?!」
「シュム…」
 呆れられるならともかく、声に憐憫が含まれている。シュムは、頬を膨らませた。
「ちょっとカイ、この辺り全部焼き尽くしてくれない?」
「……本気で言うなら、やるぞ」
「え。うわ、待った待って、嘘です冗談」
 カイの声が思ったよりも真剣で、シュムは慌てて撤回した。実は、シュム以上に苛立っているのかもしれない。シュムも、いい加減くたびれている。それを誤魔化したくての、空元気だ。
 溜息を飲み込んで、つかんでいる腕を軽く叩く。
「風でも起こしてみる。少しは、霧が晴れて視界良くなるかも。案外、すぐそこに集落があったりするかもしれないしね」
「そんな気配ないけどな」
 気をぐ言葉に肩をすくめ、シュムは、短く呪文を唱えた。最後の一音を口にすると、シュムを中心に風が起こる。
「あ!」
「え?」
 風が吹き飛ばした視界の先に、木々に埋もれつつも、小屋らしきものが見えた。
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