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霧囲
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こちらとあちらでは、空気が違う。
何が、と具体的に言い当てることはカイにはできないが、何かが違う。それは、カイだけの感覚ではなく、よく言われることだった。
その馴染んだ空気を感じながら、さて今回はどのあたりに出たかと――周囲を探るまでもなく、それこそ「馴染んだ」気配に、一時動きを止める。
「お帰り」
「…ただいま」
行きはともかく帰りはいつもでたらめな場所に扉――魔方陣の出口を開く癖に、今回は幸か不幸か、手間をばっさりと削ぎ落としてくれた。
会いに行くつもりだった男の、目の前に出現したらしい。
何なんだあいつはこういうときばっかり間が悪いというか良いというか。ぼやくのは胸のうちだけに留めて、当然のように声をかけたきり、手元に視線を戻してしまった男に目を向ける。
「…何やってんだ」
「ああ。やってみると、これがなかなか面白くてな。食べていくか?」
「いやだから…」
男が何をやっているのか、多分、カイにはわかる。向こうで何度か見かけたことがあるからだ。多分――料理。パンとかケーキとかを作るそれ。生命力自体を喰らうカイらにとっては、本来必要のないもの。
いやいやいや、と、一度頭を抱え、カイはそれらを無視した。甘いにおいや、見よう見まねらしいエプロンのようなもの。とてつもなく似合わない、それら。
「ジョーカーってどんなヤツだった」
ぴたりと、急にカイが現れても止まらなかった手が止まる。
男――シュムがディーと呼び、カイを育ててくれた、デルフォード。
かなりの実力者ではあるのだが、カイがそうと気づくまでにはずいぶんとかかった。何も話さなず、取り巻きのようなものが張り付くこともなかったせいだ。その上、どういうつもりだったのか、デルフォードは能力を隠すのも上手い。本来であれば本能で悟るようなその差に、気づくまでにカイ自身の能力の底上げを必要とした。
あまり表情の読めないはずのデルフォードが、うんざりとしたような色を見せた。
「どこかで会ったか」
「え、死んだって」
「そう簡単に死ぬようなら、話は早い。そんな素直な奴のはずがない」
「信者と同じこと言ってるな…」
「そういう奴だ」
わかるようなわからないような。
再び手を動かし始めたデルフォードの様子に、急いていた気持ちが治まり、要らぬ世話だったかとの思いが頭をもたげる。溜息を飲み込み、カイは、手近なところに腰を落とした。視線は、所在無くやや俯く。
「向こうでそいつに――いや、名乗ったわけじゃないし本当にジョーカーなのかは知らないが、妙なのに会ったんだ。そいつは、魔導師と同化して、向こうの術を使えるようになってる。で、こっちに戻ってきてるはずだ」
沈黙、はいつものことだが、何かただならぬ気配を感じ、カイは慌てて顔を上げた。デルフォードが、表情なく固まっている。つられるように、カイも固まった。
やたらと長く感じた数瞬後、デルフォードは、深々と息を吐いた。手を止め、カイの向かいあたりにどかりと腰を下ろす。いつもしなやかに、音さえ立てずに移動するのに珍しい。そのことに目を瞠っていると、もう一度深々と、息を吐いた。
「同化ということは、気配も変わっているな」
「あ。ああ…だろう、な」
カイ自身は、ジョーカーそのものを知らないので較べられないが、おそらくはそうなっているだろう。同化とは違うが、手っ取り早く能力を取り込む同属喰らいも、気配は変化する。
厄介な、と、呟く声が聞こえた。
「あの馬鹿が、何を企んでいるんだか。お前は、それに立ち会ったのか? 話したのか、あれと?」
「いや、俺は…そもそも、本当にジョーカーかどうかはわからないし、ただ、もしかしたらって話で」
「そんな無茶をやって成功させるなら、俺の知る限りではあれが一番可能性が高い。人と同化するくらいならともかく、その能力も使いこなすとなればな」
「ふーん、君って案外、僕を買ってくれてたんだね」
何が、と具体的に言い当てることはカイにはできないが、何かが違う。それは、カイだけの感覚ではなく、よく言われることだった。
その馴染んだ空気を感じながら、さて今回はどのあたりに出たかと――周囲を探るまでもなく、それこそ「馴染んだ」気配に、一時動きを止める。
「お帰り」
「…ただいま」
行きはともかく帰りはいつもでたらめな場所に扉――魔方陣の出口を開く癖に、今回は幸か不幸か、手間をばっさりと削ぎ落としてくれた。
会いに行くつもりだった男の、目の前に出現したらしい。
何なんだあいつはこういうときばっかり間が悪いというか良いというか。ぼやくのは胸のうちだけに留めて、当然のように声をかけたきり、手元に視線を戻してしまった男に目を向ける。
「…何やってんだ」
「ああ。やってみると、これがなかなか面白くてな。食べていくか?」
「いやだから…」
男が何をやっているのか、多分、カイにはわかる。向こうで何度か見かけたことがあるからだ。多分――料理。パンとかケーキとかを作るそれ。生命力自体を喰らうカイらにとっては、本来必要のないもの。
いやいやいや、と、一度頭を抱え、カイはそれらを無視した。甘いにおいや、見よう見まねらしいエプロンのようなもの。とてつもなく似合わない、それら。
「ジョーカーってどんなヤツだった」
ぴたりと、急にカイが現れても止まらなかった手が止まる。
男――シュムがディーと呼び、カイを育ててくれた、デルフォード。
かなりの実力者ではあるのだが、カイがそうと気づくまでにはずいぶんとかかった。何も話さなず、取り巻きのようなものが張り付くこともなかったせいだ。その上、どういうつもりだったのか、デルフォードは能力を隠すのも上手い。本来であれば本能で悟るようなその差に、気づくまでにカイ自身の能力の底上げを必要とした。
あまり表情の読めないはずのデルフォードが、うんざりとしたような色を見せた。
「どこかで会ったか」
「え、死んだって」
「そう簡単に死ぬようなら、話は早い。そんな素直な奴のはずがない」
「信者と同じこと言ってるな…」
「そういう奴だ」
わかるようなわからないような。
再び手を動かし始めたデルフォードの様子に、急いていた気持ちが治まり、要らぬ世話だったかとの思いが頭をもたげる。溜息を飲み込み、カイは、手近なところに腰を落とした。視線は、所在無くやや俯く。
「向こうでそいつに――いや、名乗ったわけじゃないし本当にジョーカーなのかは知らないが、妙なのに会ったんだ。そいつは、魔導師と同化して、向こうの術を使えるようになってる。で、こっちに戻ってきてるはずだ」
沈黙、はいつものことだが、何かただならぬ気配を感じ、カイは慌てて顔を上げた。デルフォードが、表情なく固まっている。つられるように、カイも固まった。
やたらと長く感じた数瞬後、デルフォードは、深々と息を吐いた。手を止め、カイの向かいあたりにどかりと腰を下ろす。いつもしなやかに、音さえ立てずに移動するのに珍しい。そのことに目を瞠っていると、もう一度深々と、息を吐いた。
「同化ということは、気配も変わっているな」
「あ。ああ…だろう、な」
カイ自身は、ジョーカーそのものを知らないので較べられないが、おそらくはそうなっているだろう。同化とは違うが、手っ取り早く能力を取り込む同属喰らいも、気配は変化する。
厄介な、と、呟く声が聞こえた。
「あの馬鹿が、何を企んでいるんだか。お前は、それに立ち会ったのか? 話したのか、あれと?」
「いや、俺は…そもそも、本当にジョーカーかどうかはわからないし、ただ、もしかしたらって話で」
「そんな無茶をやって成功させるなら、俺の知る限りではあれが一番可能性が高い。人と同化するくらいならともかく、その能力も使いこなすとなればな」
「ふーん、君って案外、僕を買ってくれてたんだね」
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