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霧囲
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割り入った声に、カイはびくりと体を強張らせた。視線をめぐらせ、すぐ近くに、長い髪を垂らした優男が立っていることに気づき、思わず立ち上がる。
デルフォードは、溜息とともにカイの腰をたたき、座るよう促した。
「幻だ。喋るくらいしかできない、気にするな」
「…ジョーカー?」
「久々だなあ、その呼び名。しかも君、あの嬢ちゃんと一緒にいた子だね。なんだ、それなら挨拶も要らなかったなあ。わざわざ昔の姿を用意したっていうのに。それにしても、君が誰かと一緒にいるなんて珍しいね。取り巻きにも見えないけど、どういう関係?」
「お前が戻って、違う姿になったことならもう聞いた」
「残念、驚かせようと思ったのに。そもそも君、親友が行方知れずになったっていうのに、探しもしないなんて薄情じゃない?」
ぴしりと、音を立ててデルフォードの額に青筋が浮いたような気がしたが、カイの思い込みだったようだ。変わらぬ無表情で、冷たい視線を向ける。
「薄情はお前の専売特許だったと思うが」
「酷いなあ。僕のおかげで、君はあの混乱を平穏無事に過ごせたんじゃない」
「そもそもの引き金を引いた奴に言われてもな」
「君まで巻き込まれるのは計算外だったんだよ。ごめんごめん」
詳しい事情はわからないなりに、これは地雷を踏みまくっているのではないかと、カイの背筋を冷や汗が伝う。
シュムからそれとなく聞いただけの話ではあるが、その争いに巻き込まれ、記憶を封じられたせいで、デルフォードは共に居たかった人の傍にいられなかったと、そういったことを聞いたことがあった。
浅く、溜息の音が聞こえた。
「これから、何をするつもりだ」
「それはまたのお楽しみ。まあしばらくは…その子から聞いたんだろう、自分のことで手一杯だよ、心配しなくても。それじゃあね」
ふっと、姿が掻き消える。
幻だとはデルフォードが言っていたが、それにしても唐突に消える。
カイが向こうで見たのは同化した人の女の姿だったが、消えた幻はデルフォードに劣らず長身の、鮮やかな青い髪を長く垂らした優男だった。瞳は澄んだ蒼色。あちらでいう奇術師めいた格好だったのは、通り名にあてつけていたのかもしれない。
見送ったデルフォードの顔は、表情を載せないままに固定されていた。
「…親友?」
「否定すると話が長くなる」
やはり表情は変わっていないというのに、声がわずかにうんざりとしている。仲の良し悪しはともかく、付き合いは長そうだなと、カイは思った。きっと、カイが生まれてくるよりも、カイとデルフォードが出会ってからなど比べ物にならないほどの時間だったのではないか。
何故かもやもやとしたものが浮かぶが、頭を振って払い落とす。
「そのー…こんな状況で悪いんだけど…俺、名を交換して、もうこっちには戻らないかもしれない」
ふっと顔を上げ、デルフォードの、シュムに似た、しかしより黒い瞳がカイを捉える。
「シュムか」
「ああ。…あいつがいいって言ったら、だけど」
交換、といっても実際に入替えるわけではなく、ただ呼び合うだけのことだ。それだけで、種族が違うのに、なのか、違うからこそなのか、双方が交じり合う。同化とも喰らうのとも違う、人との付き合いとしては昔からある術だ。
ただ、そう実例があるわけではない。何しろ、名を交換すると多くのものを共有することになる。人にとってもカイらにとっても、問題は多い。
デルフォードは珍しく、驚くほど珍しく、わかりやすく笑んだ。ふわりと、優しげにさえ見える。ほんの、一瞬だったが。
「カイラス」
「…何」
「断られたら、気にせず戻ってくればいい」
そういうことを言うか。
カイは、思わずこぶしを握りしめた。茶化しているだけだとわかってはいるのだが、それはそれだ。だがそれも、小さく落ちた呟きに吹き飛んだ。
「うらやましいくらいだ」
デルフォードは、溜息とともにカイの腰をたたき、座るよう促した。
「幻だ。喋るくらいしかできない、気にするな」
「…ジョーカー?」
「久々だなあ、その呼び名。しかも君、あの嬢ちゃんと一緒にいた子だね。なんだ、それなら挨拶も要らなかったなあ。わざわざ昔の姿を用意したっていうのに。それにしても、君が誰かと一緒にいるなんて珍しいね。取り巻きにも見えないけど、どういう関係?」
「お前が戻って、違う姿になったことならもう聞いた」
「残念、驚かせようと思ったのに。そもそも君、親友が行方知れずになったっていうのに、探しもしないなんて薄情じゃない?」
ぴしりと、音を立ててデルフォードの額に青筋が浮いたような気がしたが、カイの思い込みだったようだ。変わらぬ無表情で、冷たい視線を向ける。
「薄情はお前の専売特許だったと思うが」
「酷いなあ。僕のおかげで、君はあの混乱を平穏無事に過ごせたんじゃない」
「そもそもの引き金を引いた奴に言われてもな」
「君まで巻き込まれるのは計算外だったんだよ。ごめんごめん」
詳しい事情はわからないなりに、これは地雷を踏みまくっているのではないかと、カイの背筋を冷や汗が伝う。
シュムからそれとなく聞いただけの話ではあるが、その争いに巻き込まれ、記憶を封じられたせいで、デルフォードは共に居たかった人の傍にいられなかったと、そういったことを聞いたことがあった。
浅く、溜息の音が聞こえた。
「これから、何をするつもりだ」
「それはまたのお楽しみ。まあしばらくは…その子から聞いたんだろう、自分のことで手一杯だよ、心配しなくても。それじゃあね」
ふっと、姿が掻き消える。
幻だとはデルフォードが言っていたが、それにしても唐突に消える。
カイが向こうで見たのは同化した人の女の姿だったが、消えた幻はデルフォードに劣らず長身の、鮮やかな青い髪を長く垂らした優男だった。瞳は澄んだ蒼色。あちらでいう奇術師めいた格好だったのは、通り名にあてつけていたのかもしれない。
見送ったデルフォードの顔は、表情を載せないままに固定されていた。
「…親友?」
「否定すると話が長くなる」
やはり表情は変わっていないというのに、声がわずかにうんざりとしている。仲の良し悪しはともかく、付き合いは長そうだなと、カイは思った。きっと、カイが生まれてくるよりも、カイとデルフォードが出会ってからなど比べ物にならないほどの時間だったのではないか。
何故かもやもやとしたものが浮かぶが、頭を振って払い落とす。
「そのー…こんな状況で悪いんだけど…俺、名を交換して、もうこっちには戻らないかもしれない」
ふっと顔を上げ、デルフォードの、シュムに似た、しかしより黒い瞳がカイを捉える。
「シュムか」
「ああ。…あいつがいいって言ったら、だけど」
交換、といっても実際に入替えるわけではなく、ただ呼び合うだけのことだ。それだけで、種族が違うのに、なのか、違うからこそなのか、双方が交じり合う。同化とも喰らうのとも違う、人との付き合いとしては昔からある術だ。
ただ、そう実例があるわけではない。何しろ、名を交換すると多くのものを共有することになる。人にとってもカイらにとっても、問題は多い。
デルフォードは珍しく、驚くほど珍しく、わかりやすく笑んだ。ふわりと、優しげにさえ見える。ほんの、一瞬だったが。
「カイラス」
「…何」
「断られたら、気にせず戻ってくればいい」
そういうことを言うか。
カイは、思わずこぶしを握りしめた。茶化しているだけだとわかってはいるのだが、それはそれだ。だがそれも、小さく落ちた呟きに吹き飛んだ。
「うらやましいくらいだ」
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