台風の目(仮)

来条恵夢

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夢見

3-1

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「シュム」
 安堵したように、どこか嬉しそうに呼ばれた名に、シュムは自分が目覚めたことに気づいた。覗き込むように見下ろしているのは、赤い瞳。見慣れた、カイの顔がある。
「馬鹿」
「…は?」
「馬鹿バカばーかっ、カイのばーかっ」
「は、え、なっ、は?」
 カイの膝を枕代わりに寝かされていたようだが、起き上がるでもなく、ただ手をのばしてカイの服をつかみ、こぼれ落ちる涙を押し付ける。
 今悲しいわけではなく、多分これは、夢の中で流せなかった涙なのだろうと、思う。
 立て続けに見た、うしなってしまったものを想う乾いたつらさに、本当は流したかった涙なのだろうと。だからシュムは、止めようとは思わなかった。泣けるだけ、泣いてしまおうと、そう思う。
 結局、シュムが泣き止むまで、カイはただおろおろとしているだけだった。
「言いたいことは山ほどあるんだけど、とりあえず、人が泣いてる頭上でふらふら体動かさないでくれない? 気が散るっていうか鬱陶しいっていうか、まだじっとしてくれてる方が大分ましなんだけど」
 起き上がり、見据みすえたカイは目をらしたままだ。それでもシュムは、じっと見続ける。やがて、ちらちらとこちらを見るようになってきた。
「何?」
「…怒ってる?」
「得体の知れないもの飲まされたこと? その後見せられた夢のこと?」
「怒ってる…な」
「物による。何、あれ」
 ふわりと甘い、うっすらと、砂糖菓子のような甘さはまだ口に残っている。そしてその後の夢も、はっきりと覚えている。ただの偶然のはずがない。
 カイは、目を逸らしたまま、ふてくされたようにぼそりと声を出した。
「あいつに…デルフォードにもらった。俺が先に死んだら、シュムがどう思うか、知りたくて」
「…あれって、カイも見てた? じゃあがっかりしたんじゃない?」
「え」
 こわばった顔になったのを見て、共有していたわけではないのかと気づく。放っておくと顔色がどす黒くなりそうで、考える間もなく、シュムはその腕をつかんでいた。
「よくわからなくて、だってディーから聞いただけで、納得はしちゃったんだけど、でも…いないっていうのが、よく、わからなくて…嘘で、よかった」
 思ったままを口にしてから、慌てて、別の言葉もさがす。まったく、まとまっていない。
「多分、どう思うかどれだけ尾を引くかっていうのは、すぐにわかるものじゃないんだよ。夢の中では、死んだって話だけ聞かされて、それから一日…もってなかったと思う。だからまだ…よく、わからない」
 何かが抜け落ちたような、呆然とした気持ちは覚えている。だが、それがどれだけいつまで残るのかは、想像したところでわかるものでもない。それが、他の何かで埋め立てられるものなのかも。
 例えば――この洞窟を作った人は、穴をかかえたまま変わっていったようだったし。
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