台風の目（仮）

探索

１－１

「きゃーっっ！」 
　女の悲鳴に、シュムは剣を取って立ち上がった。しかしそれは反射的な行動であって、一瞬、自分の居場所が判らず怪訝に思いながら視線を巡らせ、宿の一室であると判断する。 
　そうして、部屋の戸を開けようとして――毛皮を踏んだ。 
「だーっ！」 
　毛皮が叫ぶ。正確には、毛皮を身にまとった小動物。オレンジ色で、子狐か子犬のような生物だった。 
「っっ、カイ！　なんだってこんなとこにいるんだよ！」 
「お前、ヒト踏んどいてそんなこと言うか？！　しかも今思いっきりだっただろ！　内臓出るかと思っただろ！」 
「…カイって、人だっけ？」 
「いや、あげ足取らなくていいから」 
　オレンジの尻尾を上下に動かして、愛称・カイは、呆れ声で言った。 
　常識人が見れば度肝を抜かれる光景だが、シュムは、考え込みながら見返しただけだった。本当に、「人」という表現でいいのか。 
　はあ、と観念したようにカイが溜息をつく。 
「そもそもお前、どこに行くつもりだ？」 
「悲鳴聞こえたから、とりあえず…」 
「その格好で行くのか？」 
「へ？」 
　言われて、首を傾げる。 
　見れば、上がシャツだけなのはまだいい。しかしさすがに、ズボンをはいていないのはどうだろう。
　あはははは、と渇いた笑いを漏らして、シュムは昨夜脱ぎ捨てたままになっていたズボンをはいた。ついでに、魔導士用のローブを羽織る。そうしてベルトで剣を固定すると、それなりに外出準備は整う。 
　しかし、そんなシュムをあくびをしながら見やって、カイは訊いた。 
「で、どこ行くつもりだ？」 
「だから、悲鳴が…」 
「あれ、覗きが出たかららしいけどな。しかももう逃げられた」 
「―――へ？」 
　思わず、間の抜けたかおをカイに向ける。するとカイは、紅い瞳でぎろりと睨みつけてきた。　 
「ついでに、お前、荷を全部置きっぱなしでどうするつもりだったんだ。気をつけなきゃならないんだろう、今は。まあ、それでなくても無用心だけどな」 
　確かに、宿で荷物を部屋に置いたままにするなど、無用心極まりない。寝起きで、ついうっかりとしていたらしい。 
　外見だけは愛らしい友にきつく言われ、シュムは力なく座り込んだ。起きたばかりで乱れている長い髪が、鬱陶しいくらいに顔にかかる。 
「つまり、起こされ損ってこと？　昨日寝たの遅かったのに。…じゃあ、もう一回寝るよ。おやすみ、カイ」 
「おまけに現状認識能力がない。もう昼だぞ」 
「…あれ？」 
　首を傾げながらも窓の外の太陽の位置を確認して、シュムはもう一度、渇いた笑い声を上げた。いくらなんでも、活動時間だろう。