雨舞い

来条恵夢

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昨日の未来

四日目

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 カオルげたことは、嘘ではなかった。しかし、嘘になるかも知れないとは、思っていた。
 薫が父親と別れてから、二人が話を聞いた時点で、すでに五日ほどが過ぎている。金城カネシロ側は薫を探してはいたが、悠長に判断を見送るよりも、行動に移すだろう。
 そこで二人は、あの後すぐに動いた。
 霧夜キリヤが薫を梧桐という家に送り届け、羽澄ハスミは情報収集に回る。夜には、霧夜が梧桐夫妻から聞いたことや羽澄の集めた事象などを照らし合わせ、作戦をる。翌日には、霧夜は午前のみタカラ医院で働き、仮眠をとって夜を待った。

「――始まったな」

 口の中で呟いて、霧夜は、身をひそめていた廊下の隅から、研究室の中へと体を滑り込ませた。服は着替えて、警備の者の分を借りている。
 室内の者がわずかに困惑したような眼差しを向けたが、口元をおおうマスクで顔の下半分は隠してある。いつもより、低い声を出す。

「地下が襲撃されました。念のため、避難ブースへの移動をお願いします」
「襲撃?!」
「敵は少数です。避難は、万全を期してのことです」

 先ほどから、地下から聞こえる音と連絡の取れない通信回路に浮き足立っていたのだろう。数人いた研究者たちは、慌てながらも素直に、研究品や資料にプロテクトをかけると、一階までの退路に通じる隣室へと姿を消した。
 霧夜はすぐに、隣へとつながった扉に鍵をかけ、服を着替えても移していた発信機のボタンを押した。これで、羽澄に連絡が取れたはずだ。

「…派手な…」

 手近なパソコンのロックを解除してデータベースを洗い出しながら、絶えず階下から聞こえる音に嘆息する。
 三谷の身柄奪回を受け持った羽澄は、好きに暴れているようだった。いや、出掛けに金城の対立組織をあおってきたから、そちらの方かもしれない。
 何にしても、後々まで禍根かこんを残すほどに暴れなければいいがと、少しばかり気にかける。
 しかし、火事は起こしてもらわなければ困る。拾ってきた死体を、三谷に偽装する手筈てはずはすでに整えてあるのだ。

「これか」

 厳重にプロテクトのかかったファイルを見つけ出し、鍵を解除して書き替える。満遍まんべんなく置き換えると、消去する。そうして、次のパソコンに移る。
 次からは、あらかじめ用意しておいたプログラムを読み込ませるだけで済んだ。ファイル名さえ判れば簡単だ。ネットワーク化されているものはそのプログラムに任せ、孤立しているものを片端から替えていく。
 それが済むと、今度は棚や机の書類を調べて、パソコンで消したファイルの関連物を手早く集めた。
 全てを終えると、もう一度、ポケットから小さな機械を出して、押す。赤く光ったのは、羽澄からの応えだ。

 今のところは、順調だ。

 三谷を連れ出して、代わりの死体に油をかけて燃やす。その一方で、三谷が隠していた情報データ――新しいヤクの生成法を記したものを破棄していく。
 三谷が、その方法を世に出すつもりがないと確信してのことだった。もっとも、これは思い込みかもしれない。

 研究室を出たところで、足を止めた。
 廊下は、静まり返っている。地下の騒動は収まったのか、人の声もしない。火をつけたら適当に逃げるとは言っていたが、巻き込んだ競争相手も逃げたのだろうかと、思う。
 ごく自然に視界に入ってきたスーツの男に、霧夜は息を吐いた。

「――是非、お会いしたいとのことです」
「だと思いました。上ですか」
「こちらへ」

 淡々と言葉を交わして、霧夜は男の後に従った。
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