回りくどい帰結

来条恵夢

文字の大きさ
8 / 130
引越

4

しおりを挟む
 小汚い立ち飲み屋。
 営業時間は気まぐれで、朝から開いていたり夕方に閉まったり深夜までやっていたりと、気侭きままだ。客足は適度に少ない。
 古びたのれんをくぐった先は、細長いカウンターになっている。その奥まった場所に、坊主頭のしなびた男が座っていた。

『こんにちは』
『ああ。次の仕事か?』

 店内に他に人はないが、低い声は静かにささやく。
 首を振って、湯気の上がるおでん鍋から大根を取る。いつも、ここの料理は無駄に美味い。考えてみれば、料理のコツはこの男から学んだようなものだ。

『この仕事を辞めたい』

 緑茶をれる手が、一瞬だけ止まって、いつものようにゆるりと動く。見かけよりもずっと、なめらかでこまやかな動きをする男だ。
 小さな音を立てて、湯呑ゆのみがカウンターに置かれる。

『そうか』
『…だけ?』
『理由をけば、答えるのか?』

 お茶を飲んで、つみれを取る。今となっては馴染なじんだ味だ。

『この間けた仕事。河東カトウアキラの』
『ああ』
『あれ、中止の連絡もらう前にやめてたんだ。…勘違い、で』
『どのみち金にならなかったから、気にすることはない』

 改めて、男を見る。
 付き合い自体は十年ちょっとだが、初めて目にしたのはもう少し前だ。そのころから、年齢不詳で年を取ったようには思えない。そんなはずはないのだが、驚くほどに印象が変わらない。

 小学校の卒業間際だった。

 いつものように学校から帰ると、玄関が開いていた。いつもならこの時間にはない父と母の靴があって、それなのに人がいる感じがしなくて、不思議に思いながら家に入ったのを覚えている。
 今思うと、せめて泥棒くらいは疑うべきだっただろう。そんなことを考えもしなかった子ども時代が、今とは遠くへだたっている。
 結論だけを言えば、両親は風呂場で内側から目張めばりをした状態の一酸化炭素中毒で死亡していた。
 直接の原因は父で、母は何か聞いているかもしれないということでまとめて始末された。一人息子をどうするかは実行者の裁量に任されていた。
 風呂場を開けて、一緒に中毒死していたかもしれなかった。
 それもなく、家の前で警察官に話しかけられる視界の端を実行犯の男がよぎっていった。勿論もちろん、その時は知る術もなかったが。

『河東に、護衛とか秘書とかをしないかって誘われた』
『へえ。いい話だな』

 高校の入学直前、町中で男をみかけた。人の顔を覚えるのは得意な方だ。思わず、後を追っていた。
 未熟な追跡はすぐに気付かれて、いくらか言葉を投げ合った後に、何故か弟子入りするような流れになっていた。ノリや勢いと言ってしまえばそれまでのような気がする。妙な話だ。

『誘われてたのは前からだろう。どうして今回は乗ったんだ』
『よくわからないけど…そういうのもあるかと、思って』

 ふっと、男が笑った。

『俺の時と同じことを言ってるな』
『そう…だったか…?』
『ああ。それなら、いいだろう。電話返せ』

 連絡用に渡されていた携帯端末を渡す。ただ、それだけだった。

『もう、なるべくここには来るなよ。部屋も、今のところは引き払え』
『…いいのか、本当に?』

 ひらりと、カウンターの中から手が振られる。
 応じて、カウンターに食べた分の代金を置いて立ち上がる。少しだけ男に視線を留めて、背を向ける。

『訊くべきは、俺じゃないだろう。お前こそ、それでいいのか。罪悪感をかかえて潰れないか、心配しなくていいのか』

 今度は、こちらの笑いがこぼれた。そんなもの。

『忘れないけど、罪悪感を持ってるのかすら、俺にはよくわからない。卵を横取りするのは悪いことなのか、鶏を絞めて食べるのに罪を覚えなくちゃいけないのか。俺には、そんな風に思えるから』
『妙なやつだな、お前は』
『俺も、そう思う』 

 ――そこまでで、ああこれは夢だったのかと気付いた。
 途中までは実際にあったことをなぞって、最後は自問自答になっている。面白くもない夢だと、思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

処理中です...