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引越
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といた卵に牛乳と塩胡椒。焦げやすくなるから気をつけながら、オリーブオイルを温めたフライパンに注ぎ入れる。
おいしそうな音と匂いに、かすかに頬がゆるむのが分かった。
「ん…あー…うわー体痛…おはよー雪季ー」
結局一晩中目が覚めなかったらしい英は、最終的にはソファーすら落ちて、カーペットも引かれていない床で寝ていた。
雪季は、それほどの熟睡に半ば以上呆れた視線を向ける。
「朝飯は」
「あー、俺朝は…何作ってるの」
「プレーンオムレツ」
「それ食べたい」
「顔くらい洗って来い」
素直に移動する英を見送って、ふっくらと焼けたオムレツを、手でちぎったレタスとミニトマトを添えた皿に載せる。次いで、もう一人分の卵を割り入れる。
二つ目も焼き上げて、軽く温めたクルミパンを皿に盛り、一人分しかなかったので追加でトースターの網に載せる。
「牛乳とオレンジジュースどっちがいい」
洗面所に向かって声をかけるが、返事がない。
仕方がないので、紙パック二本とコップをテーブルに移動させる。牛乳はオムレツに使ったから開いているが、オレンジジュースの方は未開封だ。
「あー体痛い。よく寝た」
「…それは本当に眠れてるのか」
「朝まで目が覚めないって珍しいんだよ、俺にとっては」
そう言うが、雪季が知るのは多少の物音では目を覚まさないほどに熟睡している姿ばかりだ。意味のない嘘の多い男なので、聞き流しておく。
「ていうか、雪季、シャワー浴びた? 卵とか牛乳とか、そもそもここにあったっけ?」
「走るついでに買ってきた。さすがにスーパーは開いてなかったから、コンビニで」
「うわー健全ー。俺もう、走り込みとか無理」
雪季はあまり体力勝負の仕掛けはしないが、細かく動き回れるだけの体力は必須だった。下調べには手間も体力も時間もかかる。
もう殺人業をするつもりはないが、護衛となれば下手をすればそれ以上に負担がかかる可能性がある。とりあえず、今まで通りの体力作りは続けるつもりでいる。
のろのろとナイフとフォークに手をのばす英を横目に、雪季は箸を手に取った。箸をそろえて、手を合わせる。いただきます、と声には出さないが、胸の内で呟く。多分これは、父母に叩き込まれた習慣だ。
互いに無言のまま、静かに食事が進む。
オムレツは思った通りに焼き上がっていて、しっかりと火が通っているのに固くはない食感。レタスとトマトはオリーブ油と塩をかけただけだが、思っていたよりも鮮度は悪くなかったようだ。クルミパンは、可もなく不可もなく。
英と雪季が食べ終わったのは、ほぼ同時だった。
「何時? うーわー休みの日に八時前とか、久しぶり過ぎる…。買い物は何時から?」
「…車だけ貸してもらえればいいんだが」
「何買うんだっけ、炊飯器? なかったかな。ああ、最後にここ住んでたやつが出るときに、しばらく誰も来なそうだから持って行っていいって渡したんだった」
雪季の言い分は完全に無視して、どうでもいい記憶を引っ張り出している。諦めて、荷物持ちとして活用させてもらおうと方針を変える。
「朝は米とパンどっちだ?」
「ん。あー…俺、朝は…」
言い淀むようにしながら食べ尽くしたテーブルに目をやり、英は、何故か肩をすくめた。
「おかずだけ作って。主食はいい」
「そうか。それなら、とりあえず買うのは米と小麦粉と…アレルギーは?」
「ない」
「わかった。嫌いなものまでは覚えないからそっちで勝手に除けろ」
「無理にでも食べろとは言わないんだ?」
「不味そうに食べられるくらいなら、俺が食う」
英がぶはっと盛大に吹き出し、雪季は眉間にしわを寄せた。無言で立ち上がり、笑い続ける英を見下ろす。
「片づけくらいできるな?」
一層に、笑い声が大きくなった。
おいしそうな音と匂いに、かすかに頬がゆるむのが分かった。
「ん…あー…うわー体痛…おはよー雪季ー」
結局一晩中目が覚めなかったらしい英は、最終的にはソファーすら落ちて、カーペットも引かれていない床で寝ていた。
雪季は、それほどの熟睡に半ば以上呆れた視線を向ける。
「朝飯は」
「あー、俺朝は…何作ってるの」
「プレーンオムレツ」
「それ食べたい」
「顔くらい洗って来い」
素直に移動する英を見送って、ふっくらと焼けたオムレツを、手でちぎったレタスとミニトマトを添えた皿に載せる。次いで、もう一人分の卵を割り入れる。
二つ目も焼き上げて、軽く温めたクルミパンを皿に盛り、一人分しかなかったので追加でトースターの網に載せる。
「牛乳とオレンジジュースどっちがいい」
洗面所に向かって声をかけるが、返事がない。
仕方がないので、紙パック二本とコップをテーブルに移動させる。牛乳はオムレツに使ったから開いているが、オレンジジュースの方は未開封だ。
「あー体痛い。よく寝た」
「…それは本当に眠れてるのか」
「朝まで目が覚めないって珍しいんだよ、俺にとっては」
そう言うが、雪季が知るのは多少の物音では目を覚まさないほどに熟睡している姿ばかりだ。意味のない嘘の多い男なので、聞き流しておく。
「ていうか、雪季、シャワー浴びた? 卵とか牛乳とか、そもそもここにあったっけ?」
「走るついでに買ってきた。さすがにスーパーは開いてなかったから、コンビニで」
「うわー健全ー。俺もう、走り込みとか無理」
雪季はあまり体力勝負の仕掛けはしないが、細かく動き回れるだけの体力は必須だった。下調べには手間も体力も時間もかかる。
もう殺人業をするつもりはないが、護衛となれば下手をすればそれ以上に負担がかかる可能性がある。とりあえず、今まで通りの体力作りは続けるつもりでいる。
のろのろとナイフとフォークに手をのばす英を横目に、雪季は箸を手に取った。箸をそろえて、手を合わせる。いただきます、と声には出さないが、胸の内で呟く。多分これは、父母に叩き込まれた習慣だ。
互いに無言のまま、静かに食事が進む。
オムレツは思った通りに焼き上がっていて、しっかりと火が通っているのに固くはない食感。レタスとトマトはオリーブ油と塩をかけただけだが、思っていたよりも鮮度は悪くなかったようだ。クルミパンは、可もなく不可もなく。
英と雪季が食べ終わったのは、ほぼ同時だった。
「何時? うーわー休みの日に八時前とか、久しぶり過ぎる…。買い物は何時から?」
「…車だけ貸してもらえればいいんだが」
「何買うんだっけ、炊飯器? なかったかな。ああ、最後にここ住んでたやつが出るときに、しばらく誰も来なそうだから持って行っていいって渡したんだった」
雪季の言い分は完全に無視して、どうでもいい記憶を引っ張り出している。諦めて、荷物持ちとして活用させてもらおうと方針を変える。
「朝は米とパンどっちだ?」
「ん。あー…俺、朝は…」
言い淀むようにしながら食べ尽くしたテーブルに目をやり、英は、何故か肩をすくめた。
「おかずだけ作って。主食はいい」
「そうか。それなら、とりあえず買うのは米と小麦粉と…アレルギーは?」
「ない」
「わかった。嫌いなものまでは覚えないからそっちで勝手に除けろ」
「無理にでも食べろとは言わないんだ?」
「不味そうに食べられるくらいなら、俺が食う」
英がぶはっと盛大に吹き出し、雪季は眉間にしわを寄せた。無言で立ち上がり、笑い続ける英を見下ろす。
「片づけくらいできるな?」
一層に、笑い声が大きくなった。
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