回りくどい帰結

来条恵夢

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趣味

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「なんか楽しそうだよねー、ユキちゃんとこ」
「そうか…?」

 ざっくりと今日の一件を話してそんな感想をもらうとは思わなかった。
 納得のいかない気持ちを抱えたまま、最後の一品、茶碗蒸しを天板に置いて、雪季セツキもこたつに潜り込んだ。他には、小松菜のおひたしやブリの照り焼きといった、おおむね和食が並ぶ。
 結愛ユアが、待ちかねたように箸を手に取り、きっちりと手を合わせた。

「いただきます」
「…いただきます」

 しばらく、顔を輝かせながらも黙々と箸を進める結愛に合わせて、雪季も食事に専念する。
 湯気ゆげが美味しい季節になって来たな、と思う。こたつを出すにはまだ早いとは思うが、布団も冬物に替えるような頃合いではある。
 結局あまり言葉もわさずに食事を終えると、一旦洗い物は流しに片付け、貰い物だという高そうな緑茶をれて結愛にリクエストされて雪季が買ってきた和菓子を並べる。
 紅葉と椿をモチーフにした上生菓子が一つずつと、一口大の田舎饅頭が一パック。その隣に、結愛がいそいそと煎餅を積んだ。

「やっぱりユキちゃんのご飯美味おいしいね」
「この間も作りに来ただろ」
「うん、いつもありがとう。ごちそうさま。でも、作り立てはまた格別っていうか、作り置きよりも幸せな感じがする」
「…そうか」

 結愛は言葉を惜しまない。偏見かも知れないが漫画家だからか、割合言葉にするのが恥ずかしいような言葉もすんなりと口にすることが多い。そして、それが軽い感じはしない。
 本当は断ち切るべきだった付き合いを、続けてしまうのはそのせいだと後悔とともに思う。嬉しくて、手を離すべきなのにそうできない。

「それに、こうやって一緒にご飯が食べられるのが楽しい」

 湯呑ゆのみを手に取りかけた結愛は、はっと気づいたように薄い冊子に手をのばした。そっと、大切なものを扱うように雪季へと差し出す。

「ありがとう」
「もう読んだのか?」
「一通り読むくらいなら遅くない自信はあるよ。資料とかも結構読むし、絵とかコマ割り考えないならさくっとね」

 子どもが自慢するように胸を張る。微笑ほほえましいが、それを素直に表せばへそを曲げそうで、懸命にこらえる。
 雪季が受け取った冊子は、葉月ハヅキに断って借りた、くだんの山本の創作物だ。
 電話で軽く話したところ、読んでみたいとやたらに乗り気だったので持ってきた。雪季は読んでいないし読む気もない。表紙のイラストで抱き合う二人にアキラ三浦ミウラの面影があるのに気付いた時点で、ややげんなりとした。
 中身を確認した結愛によればイラストは山本が描いたわけではないらしいので、似ているのはわざわざ写真でも渡したのか、特徴を事こまかに伝えたのか。

「えーとね。二次創作の話って今までそんなにしたことないよね?」
「少しは聞いた。元になる小説や漫画やがあってその登場人物を使った話…だったか? 歴史小説もある意味二次創作だとか何とか聞いたような」
「そうそれ。で、これも半分二次創作みたいな感じかな。何も知らない私が読んでもちゃんとキャラクターが分かったくらいだから、オリジナル寄りなのか、元々そういうところしっかり書く人なのか、これしか読んでないからそこまでは判らないけど」

 よくわからず、雪季は無言で茶をすすった。結愛も、幸せそうにまんじゅうを頬張る。
 しっかりと飲み込んで、お茶も口にして、どうしようかという風に首をかしげる。

「二次創作って、大本のキャラクターありきだから、それ自体の描写をはぶく人も多いんだよね。だって、知ってることが前提だから。名前を出せばそれで事足りちゃう。私の漫画で言えば、ユートが天然馬鹿気味の熱血で、カナが無茶振りしがちで強気、二人が幼なじみ、とかっていうのはもう読者に共有されてるものとして、そこを掘り下げたり私が書いた漫画では描かれてないところを書いたり、設定変えて楽しそうに平凡な学園生活送ってたり、性別逆転してたり…うーん、思ったよりも説明するの難しいなあ。ちょっと待って」

 ノートパソコンを起動させて、モニタが二人ともに見える位置にえる。そうして、どこかのサイトでさっき口にした二人の登場人物名で検索をかけた。
 結愛の絵に似た、だが違和感のあるものが並んでいることに気付く。そもそもの絵柄が違うこともあるし、例えばキスシーンは、雪季は見た覚えがない。

「…付き合ってたか、この二人」
「ううん、まだ。だからこういうのが、二次創作。他にたとえば」

 検索のキーワードを、「ユート」は残したまま「カナ」を消し、「リクト」というユートのライバルキャラの名前を入れる。先ほどと同じように、ずらりとイラストが表示された。

「…。付き合ってないよな、この二人」
「うん、ない。でも付き合ってたらいいなー付き合ってることにしよう、ていうか付き合ってるよね、っていう設定で創作されてるのが、こういったやつ。これも二次創作」
「…真柴マシバはこれ、いいのか…?」

 雪季は、結愛がどれだけ頭を悩ませて漫画を描いているかを知っている。もちろんすべてをわかっているとは到底思わないが、寝食を忘れるほどに没頭するのも、ゾンビのようになりながら原稿を仕上げているのも確かだ。
 それを、結愛が考えているのとは違うようにあつかわれるのはどうなのだろう。
 結愛は、雪季にゆっくりと微笑ほほえんだ。

「二次創作って著作権的にはグレーゾーン、って言うかものによっては真っ黒の違反なんだけど、でもいいってことにしとこうって感じでね。ただ反応はそれぞれで、世界観がずれてたりキャラクターが変わっちゃったりしていやだ、って人もいたりするし。でも、嬉しいものでもあると思うんだよね。だって、それだけ熱心な読者がいるってことだもん。基本的には趣味で、製本したりイベントに参加するのにお金がかかるから同人誌に値段をつけていても、利益が出ることなんてほとんどないんだよ。出たとしても、かけた時間と労力を考えたら見合うかどうかわからない。だってさ、私たちが出版社とか取次さんとか本屋さんとか巻き込んで総力上げてやってるようなことを、ほとんど個人でやっちゃうんだよ? そんなの、好きじゃなきゃやってられない。それだけの『好き』の大本に私の子たちがいるなんて、喜ばずにはいられないよ」

 こういう時、結愛は漫画を描くことを、物語をつくりだすことを、本当に愛しているのだと雪季は気付かされる。
 中学生の時、何気なく声をかけた雪季に目を輝かせて応えたあの時と全く変わらず、全力で取り組んで、楽しんでいる。そのための苦労は、もしかすると結愛の中では苦労にさえ分類されてないのではないかとすら思う。
 種類や立場は違えど、山本もそうなのだろうかと雪季は思いをめぐらせた。
 ふと気付けば、結愛が雪季をじっと見つめていた。笑うように口元がほころんでいて、何故だろうと首を傾げる。結愛は、雪季が気付いたことに気付いて、はっきりと笑顔になった。

「ユキちゃんがそれを書いた人を尊重してくれて、かなり嬉しい」
「個人の趣味に、実害があるわけでもないのに口を挟むものでもないだろ」
「そうやって割り切れる人って案外少なくて、嫌いなら見なくていいのにわざわざ見に来て嫌いだーって言っていく人って結構いるんだよー。知っちゃったら存在も許せないのかもしれないけどさー。もういっそあそこまでいくと、一回転して好きでしょ?って言いたくなる人とかさー」

 口調がやや愚痴ぐちめいているのは、漫画を商売にしている結愛にも、いい反応や感想ばかりが届くわけではないからだろう。
 今はそれほど打ちのめされた姿を見ることはないが、デビュー当時など、目に見えて落ち込んでいることもあった。

「それにこの場合、つくりものだって言っても自分がモデルにされてるなら侮辱だとか誹謗中傷だってなってもおかしくないもん。男性のホモフォビアは根強いっていうし。実際、その、ユキちゃんに教えてくれた人。その人の判断は正しいと思うよ。ユキちゃんに教えざるを得なかったのは…私は河東カトウ君の事よく知らないから面白がって読ませてくるかはわからないけど」
「やる。あいつならほぼ確実に」
「…うん、だったら元凶は河東君だね。本当だったら、それのもう一人のモデルの人みたいに、何も知らされずにいた方が誰も傷ついたり不愉快にならずに済むんだから。そういうのが本人と見做みなされて実生活に影響が出るようならまた話は別だけど。元々、二次創作って内輪で楽しむものであって、今はちょっと色々と知られるようになっちゃったけど、存在すら知らない人の方がずっと多かったんだから。今も大多数ではないと思うよ。言葉は知ってても見たことはない人も多いだろうし。だけど、お話作りってすごく楽しいし、それを他の人も喜んでくれたら有頂天になるんだよ」

 そういうものなのか、と思いながら煎餅の袋を開けていると、結愛が頬を膨らませた。

「ユキちゃんは、わかってない」
「は?」
「読者っていうのは大切なの。お話を作りたいって欲求は、実際作って、ある程度形になったら満足もするんだよ。でもそこから、誰かに知ってほしい、ってなるの。読んで、楽しんでほしい、褒めてほしい、好きになってほしい。だけど、全然面白くない、って言われるかもしれない。くだらないって言われるかもって。実際、上手い下手の前に読んだ人の好みに合うかどうかが関わって来るし、全く同じものを出したってどんな反応が返って来るかなんて、運次第になるところもある。埋もれた名作って要は発表当時は楽しんでくれる人が少なかったってことだし、売れっ子で本だってたくさん出てたのに何十年かって気付いてみれば忘れ去られてて一冊も流通してない、なんてこともたくさんある。だからこそ、好きでいてくれる読者は貴重なんだよ」
「はあ…?」

 わかったでしょう、と言いたげに言葉を切って見つめられるが、雪季には何が「わかってない」なのかがわからない。
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