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趣味
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結愛は、小動物の威嚇のように唸ると、いつも仕事をしている自分の机に向かい、何やら引き出しの中から引っ張ってきた。
大封筒に入った、紙の束。
十年以上が経って、少し古びている。今よりも拙い、それでも結愛のものとわかる絵がしっかりと描かれている。
「これ…残ってたのか」
「当たり前だよ、捨てられるわけないじゃない。はじめて読んでくれた人がいた漫画だもん。最初の読者がいた、私の最初の一歩だもん」
中学に入学して、初めての期末テストも終わった頃。一年生も大体の生徒はもう学校になじんでいて、試験勉強からの解放も相俟って、どことなく浮かれた空気の漂っていた頃。
雪季は、入学前に両親を亡くして施設に入り、しかし進学した中学校はあのまま何事もなく毎日が続いても通うことになっていたものと同じという、どこか中途半端なままに多くが様変わりした日々を、ぼんやりとやり過ごしていた。
放課後、人の少なくなった校舎で結愛とぶつかりかけて、いっそ見事なほどに抱えていた紙をぶちまけたので拾ってやっていると、漫画の絵が目に飛び込んできた。
『あっ! ありがとうだけど見ないでくれる方が嬉しいっ…』
雪季が目を止めたのは、ほとんど一枚を一コマに充てた見せ場だった。
まるっきりの無表情の少年の横顔に、「好きです」という吹き出しが添えられていた。本当は見開きで、対になる左側の一枚には告白をした少女が描かれていたというのは後で知った。
ただなんとなく、表情のない少年を自分みたいだと思った。だからなのか、気付けば口を開いていた。
『これ、返事は?』
普通に問いかけたつもりなのに反応がなく、聞こえなかったかなと顔を上げた雪季が見たのは、まるで漫画のようにきらきらと眼をかがやせた結愛の姿だった。大きく目を見開き、信じられないものを見るかのように雪季を見つめる。
何度か、言葉が出ないように口を開け閉めして、びっくりするような勢いで雪季の腕を捕まえた。
『…読、む…?』
『う、うん…』
気圧されたというのが正直なところで、強い興味があったわけではなかった。漫画の内容よりもよほど、固唾を飲んでこちらを窺う結愛を見ている方が面白かったほどだ。
『やさしい話だな』
『…どっちの、やさしい?』
『ん?』
『簡単っていう意味の易しいと、えっと…優秀の優の字を使う、優しい。どっち?』
呆気に取られ、次いで、笑いが込み上げてきた。
言われればどちらも「やさしい」ではあるのだが、そんな国語の授業のようなことをこうも鬼気迫る調子で訊かれるとは。
一度吹き出すと止まらず、涙すらにじんだ。それほどに笑ったのは、続くことを疑わなかった日常が崩れ去ってから、はじめてのことだった。
『ごめん。もちろん、後の方の。でも、わかりやすくて捻りすらないところは、簡単な方の易しいでもいいかも。これ、君が描いたの? 凄いね』
それから、結愛はせっせと漫画を描いては雪季に感想を求め、雪季は結愛の漫画やそのやり取りで、一度は消え去った日常を立て直すような気持ちになっていた。
それは、結愛が受験前の中学最後の投稿作品を書き上げるまで途切れず続いた。
その作品が新人賞を受賞して、結愛は高校入学からすぐに漫画家としてデビューすることになった。
「ユキちゃんが読者でいてくれたことが、感想をくれたことが、どれだけ私を支えててくれたのか、ユキちゃんは全然わかってない。プロデビューしてからだって、ずっと、私が一番意識してる読者はユキちゃんなんだよ」
「…ありがとう…?」
「私がお礼を言うべきなの!」
それならなぜ怒られているような気分になるのだろうと、雪季は不可解な思いを抱えた。
それに、支えてもらっているのは雪季の方だ。あの結愛との出会いがなければ、雪季は今よりももっとささくれ立っていただろう。
殺人を生業にしておいて笑い話のようではあるが。ふらっと師に声をかけてしまったのが受験シーズンで、結愛との漫画のやり取りがなかった頃だと考えるとよくわかる。
仕切り直し、というわけではないが気分を変えるためにハイビスカスティーを淹れる。
結愛が、つられるように缶入りのクッキーを出してきた。雪季の買ってきた和菓子はきれいに片付いている。どれだけ食べる気だろう。
「あ、ユキちゃん、さっきのもう一回貸して」
汚さないように折らないように、と前もって結愛に注意されていて袋に入れて持って来ていた冊子を、面倒になって袋ごと手渡す。結愛は、いそいそと冊子を引っ張り出し、そのあたりに落ちている紙とペンを拾った。
「…待て。なんでメモを取る」
「え? だって、SNS捕捉しとけば新刊出たら買えるから。コミケに行く知り合いいるから、買って来てもらってもいいけど迷惑かけるし通販してるならそっちかなあ」
何を当たり前のことを、という顔で言われて、いやちょっと待てと雪季は無駄に手をのばす。
「次はユキちゃん出るんでしょ? そのものじゃないにしても、職場のユキちゃんがどんな風に見られてるのか気になる! どんなキャラクターになってるのか物凄く興味ある!」
「…勘弁してくれ」
「大丈夫大丈夫、この人、あんまり得意じゃないみたいで濡れ場少ないしあってもベタな感じの表現ばっかりだったから、キャラクターにユキちゃん重ねてもそんなにしっかり想像しないから!」
何がどう大丈夫なのか。全然何一つ大丈夫じゃない気しかしない。
はいありがとう、と袋入りの冊子を返されるが、投げ捨てたい気持ちと闘ってかばんに押し込むのが精一杯だった。それだけで、やたらと疲れた気がする。
「でも、本気で厭なら読まないよ?」
「…好きにしろ」
へにゃりと笑う。
笑み崩れると、結愛は、出会った中学生の頃とあまり変わらないような気がしてしまう。お互い、もうあれから倍は生きたのだということが不可解に思える。
「ただし、何一つ感想も説明も要らないからな」
「はーい」
「そもそも、身近な人間でそんな捏造して何が楽しいんだ…」
雪季のぼやきに近い呟きに、結愛は静かに苦笑した。そうして、雪季にクッキーをすすめながら、どこか遠いところを見遣るようにしてティーカップを両手で抱える。
「私は、わかる気がするよ。BLとか百合とか…ああ、男同士の恋愛ものと女同士の恋愛もの、そうやって呼んだりするんだけど。もちろんそういうのは結構夢見がちなつくりものなんだけど。ファンタジーって言う人もいるし。でも同性の友達って、特別だよね。多分大多数の異性愛者にとって、同性ってまず恋愛対象にはならないのに、恋人よりも親密に見えたりするときがある。特に、女から見た男同士の友情とか、男から見た女同士の友情とか、きっと、実感しにくいから余計に特別に思えるんだよ。その上で、こうやって作品になると、更に純化される」
「…真柴もそういうの、読むのか? 描いては…ないよな?」
「ケントはユートが好きだよ」
連載中の漫画の登場人物の名前に、仄めかしはあったなと冷静に、雪季は思い返していた。単に人との距離の取り方が独特なキャラクターだと捉えていたが。
微笑する結愛は、先ほどの子どもっぽさが抜けて年相応に、あるいはそれ以上に大人びて見えた。どうしてか、置いて行かれたような気分がかすめる。
「狙ってるとかあざといとかって言われるかなとか、実際に男の人が好きな男の人が読んだら傷つかないかなとか、考えたんだけどね。でも、ケントが出てきたときに、ごく自然にそうなっちゃったんだ。ケントにはユートだけが特別で、あのお話は最後まできっちり見えてるわけじゃないから、途中でユートのために死んじゃわないかが心配」
作者なら登場人物をどうとでもできるわけではないらしい、というのは結愛を通して知った。
雪季は結愛だけしか知らないから、他の漫画家や作家がどうなのかは知らないが、彼女の中では登場人物たちは、それぞれを生きているようだ。だから、話の流れをある程度は動かせても、曲げることはできないらしい。
不意に、結愛の視線が元に戻った。しっかりと、雪季を捉える。
「読む方は、もらったり借りたりでそこそこは。ハードなのは、結構ポルノの領域入っちゃうからあんまり読まないかなあ。二次創作は、ジャンル問わずちょこちょこ見るよ。エロいのは結構逃げるけど」
「…二次創作『は』?」
「あれ、前こういった話した時に言わなかった? 今やBLは一大ジャンルだよ。オリジナルがたくさん。百合はそれよりは少なめかな?」
世の中は色々あるなと、雪季は思った。
あの時、笹倉に迂闊なことを言わなくて良かった。とてもではないが、雪季には手に負えない。
「…自分の漫画のやつも、見るのか?」
「しばらくは、結構探して見てたんだけどね。そのうち、『うちの子はこんな事しません!』とかって言っちゃいそうになって、見るのやめた。すごーく、気にはなるんだけどね。でもこれこそ、見て見ぬ振りが一番なやつで……。ユキちゃん」
「ん?」
結愛は、先ほどメモを取った紙を丸めて、くず入れへと投げた。
「やっぱり、新刊買うのやめとく」
「それは…ありがたいが…?」
「きっと、書かれてるユキちゃん…って言ってもまあユキちゃんそのものじゃないにしても、そのキャラクターが私の知ってるユキちゃんに似てても似てなくても、…何て言うかな…淋しくなっちゃうような気がする。子どもじみた独占欲かも知れないけど、私はユキちゃんの一番の友達だって思ってるから、ユキちゃんの全部は知らないけどでも私が知ってるユキちゃんが一番だって思ってたい、の、かな」
自分で言いながら、照れている。
そんな結愛に、雪季は、必死に表に出さないように堪えながら、泣きそうになる。どうしてこんなにも。
結愛がいなければ。雪季は、きっと。
「ちょっと話戻すけど、友達とか恋人とか親子とか、いろんな関係や感情を…言ってみれば、愛を、名前を付けて分類するけど、それって本当に違うものなのかな。度合いとか、深い浅いとかあるとすればそういう違いだけで、もしかすると全部同じだっておかしくないよね。例えば、感情だけはそのままに関係性や名前を忘れたとして、本当にみんな、ちゃんと元通りのラベリングをできるものなのかな」
雪季が何も言えないままでいると、結愛は、急に姿勢を正した。そうしながら、心持ち身を乗り出す。
「あのねユキちゃん」
「…うん」
「私は今、酔ってません」
二人とも、酒は一滴も飲んでいない。そもそも結愛は、お酒はおいしくないと言って飲まない。
「今日は睡眠不足じゃないし、夜中のハイテンションとかでもありません」
思わず、時計を見る。まだ、ぎりぎり夕食時と言えそうな時間だ。
「実はずっと、考えてたことがあります」
「なんだ改まって」
「――私と、結婚しない?」
雪季は、言葉を見失った。
大封筒に入った、紙の束。
十年以上が経って、少し古びている。今よりも拙い、それでも結愛のものとわかる絵がしっかりと描かれている。
「これ…残ってたのか」
「当たり前だよ、捨てられるわけないじゃない。はじめて読んでくれた人がいた漫画だもん。最初の読者がいた、私の最初の一歩だもん」
中学に入学して、初めての期末テストも終わった頃。一年生も大体の生徒はもう学校になじんでいて、試験勉強からの解放も相俟って、どことなく浮かれた空気の漂っていた頃。
雪季は、入学前に両親を亡くして施設に入り、しかし進学した中学校はあのまま何事もなく毎日が続いても通うことになっていたものと同じという、どこか中途半端なままに多くが様変わりした日々を、ぼんやりとやり過ごしていた。
放課後、人の少なくなった校舎で結愛とぶつかりかけて、いっそ見事なほどに抱えていた紙をぶちまけたので拾ってやっていると、漫画の絵が目に飛び込んできた。
『あっ! ありがとうだけど見ないでくれる方が嬉しいっ…』
雪季が目を止めたのは、ほとんど一枚を一コマに充てた見せ場だった。
まるっきりの無表情の少年の横顔に、「好きです」という吹き出しが添えられていた。本当は見開きで、対になる左側の一枚には告白をした少女が描かれていたというのは後で知った。
ただなんとなく、表情のない少年を自分みたいだと思った。だからなのか、気付けば口を開いていた。
『これ、返事は?』
普通に問いかけたつもりなのに反応がなく、聞こえなかったかなと顔を上げた雪季が見たのは、まるで漫画のようにきらきらと眼をかがやせた結愛の姿だった。大きく目を見開き、信じられないものを見るかのように雪季を見つめる。
何度か、言葉が出ないように口を開け閉めして、びっくりするような勢いで雪季の腕を捕まえた。
『…読、む…?』
『う、うん…』
気圧されたというのが正直なところで、強い興味があったわけではなかった。漫画の内容よりもよほど、固唾を飲んでこちらを窺う結愛を見ている方が面白かったほどだ。
『やさしい話だな』
『…どっちの、やさしい?』
『ん?』
『簡単っていう意味の易しいと、えっと…優秀の優の字を使う、優しい。どっち?』
呆気に取られ、次いで、笑いが込み上げてきた。
言われればどちらも「やさしい」ではあるのだが、そんな国語の授業のようなことをこうも鬼気迫る調子で訊かれるとは。
一度吹き出すと止まらず、涙すらにじんだ。それほどに笑ったのは、続くことを疑わなかった日常が崩れ去ってから、はじめてのことだった。
『ごめん。もちろん、後の方の。でも、わかりやすくて捻りすらないところは、簡単な方の易しいでもいいかも。これ、君が描いたの? 凄いね』
それから、結愛はせっせと漫画を描いては雪季に感想を求め、雪季は結愛の漫画やそのやり取りで、一度は消え去った日常を立て直すような気持ちになっていた。
それは、結愛が受験前の中学最後の投稿作品を書き上げるまで途切れず続いた。
その作品が新人賞を受賞して、結愛は高校入学からすぐに漫画家としてデビューすることになった。
「ユキちゃんが読者でいてくれたことが、感想をくれたことが、どれだけ私を支えててくれたのか、ユキちゃんは全然わかってない。プロデビューしてからだって、ずっと、私が一番意識してる読者はユキちゃんなんだよ」
「…ありがとう…?」
「私がお礼を言うべきなの!」
それならなぜ怒られているような気分になるのだろうと、雪季は不可解な思いを抱えた。
それに、支えてもらっているのは雪季の方だ。あの結愛との出会いがなければ、雪季は今よりももっとささくれ立っていただろう。
殺人を生業にしておいて笑い話のようではあるが。ふらっと師に声をかけてしまったのが受験シーズンで、結愛との漫画のやり取りがなかった頃だと考えるとよくわかる。
仕切り直し、というわけではないが気分を変えるためにハイビスカスティーを淹れる。
結愛が、つられるように缶入りのクッキーを出してきた。雪季の買ってきた和菓子はきれいに片付いている。どれだけ食べる気だろう。
「あ、ユキちゃん、さっきのもう一回貸して」
汚さないように折らないように、と前もって結愛に注意されていて袋に入れて持って来ていた冊子を、面倒になって袋ごと手渡す。結愛は、いそいそと冊子を引っ張り出し、そのあたりに落ちている紙とペンを拾った。
「…待て。なんでメモを取る」
「え? だって、SNS捕捉しとけば新刊出たら買えるから。コミケに行く知り合いいるから、買って来てもらってもいいけど迷惑かけるし通販してるならそっちかなあ」
何を当たり前のことを、という顔で言われて、いやちょっと待てと雪季は無駄に手をのばす。
「次はユキちゃん出るんでしょ? そのものじゃないにしても、職場のユキちゃんがどんな風に見られてるのか気になる! どんなキャラクターになってるのか物凄く興味ある!」
「…勘弁してくれ」
「大丈夫大丈夫、この人、あんまり得意じゃないみたいで濡れ場少ないしあってもベタな感じの表現ばっかりだったから、キャラクターにユキちゃん重ねてもそんなにしっかり想像しないから!」
何がどう大丈夫なのか。全然何一つ大丈夫じゃない気しかしない。
はいありがとう、と袋入りの冊子を返されるが、投げ捨てたい気持ちと闘ってかばんに押し込むのが精一杯だった。それだけで、やたらと疲れた気がする。
「でも、本気で厭なら読まないよ?」
「…好きにしろ」
へにゃりと笑う。
笑み崩れると、結愛は、出会った中学生の頃とあまり変わらないような気がしてしまう。お互い、もうあれから倍は生きたのだということが不可解に思える。
「ただし、何一つ感想も説明も要らないからな」
「はーい」
「そもそも、身近な人間でそんな捏造して何が楽しいんだ…」
雪季のぼやきに近い呟きに、結愛は静かに苦笑した。そうして、雪季にクッキーをすすめながら、どこか遠いところを見遣るようにしてティーカップを両手で抱える。
「私は、わかる気がするよ。BLとか百合とか…ああ、男同士の恋愛ものと女同士の恋愛もの、そうやって呼んだりするんだけど。もちろんそういうのは結構夢見がちなつくりものなんだけど。ファンタジーって言う人もいるし。でも同性の友達って、特別だよね。多分大多数の異性愛者にとって、同性ってまず恋愛対象にはならないのに、恋人よりも親密に見えたりするときがある。特に、女から見た男同士の友情とか、男から見た女同士の友情とか、きっと、実感しにくいから余計に特別に思えるんだよ。その上で、こうやって作品になると、更に純化される」
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「ケントはユートが好きだよ」
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微笑する結愛は、先ほどの子どもっぽさが抜けて年相応に、あるいはそれ以上に大人びて見えた。どうしてか、置いて行かれたような気分がかすめる。
「狙ってるとかあざといとかって言われるかなとか、実際に男の人が好きな男の人が読んだら傷つかないかなとか、考えたんだけどね。でも、ケントが出てきたときに、ごく自然にそうなっちゃったんだ。ケントにはユートだけが特別で、あのお話は最後まできっちり見えてるわけじゃないから、途中でユートのために死んじゃわないかが心配」
作者なら登場人物をどうとでもできるわけではないらしい、というのは結愛を通して知った。
雪季は結愛だけしか知らないから、他の漫画家や作家がどうなのかは知らないが、彼女の中では登場人物たちは、それぞれを生きているようだ。だから、話の流れをある程度は動かせても、曲げることはできないらしい。
不意に、結愛の視線が元に戻った。しっかりと、雪季を捉える。
「読む方は、もらったり借りたりでそこそこは。ハードなのは、結構ポルノの領域入っちゃうからあんまり読まないかなあ。二次創作は、ジャンル問わずちょこちょこ見るよ。エロいのは結構逃げるけど」
「…二次創作『は』?」
「あれ、前こういった話した時に言わなかった? 今やBLは一大ジャンルだよ。オリジナルがたくさん。百合はそれよりは少なめかな?」
世の中は色々あるなと、雪季は思った。
あの時、笹倉に迂闊なことを言わなくて良かった。とてもではないが、雪季には手に負えない。
「…自分の漫画のやつも、見るのか?」
「しばらくは、結構探して見てたんだけどね。そのうち、『うちの子はこんな事しません!』とかって言っちゃいそうになって、見るのやめた。すごーく、気にはなるんだけどね。でもこれこそ、見て見ぬ振りが一番なやつで……。ユキちゃん」
「ん?」
結愛は、先ほどメモを取った紙を丸めて、くず入れへと投げた。
「やっぱり、新刊買うのやめとく」
「それは…ありがたいが…?」
「きっと、書かれてるユキちゃん…って言ってもまあユキちゃんそのものじゃないにしても、そのキャラクターが私の知ってるユキちゃんに似てても似てなくても、…何て言うかな…淋しくなっちゃうような気がする。子どもじみた独占欲かも知れないけど、私はユキちゃんの一番の友達だって思ってるから、ユキちゃんの全部は知らないけどでも私が知ってるユキちゃんが一番だって思ってたい、の、かな」
自分で言いながら、照れている。
そんな結愛に、雪季は、必死に表に出さないように堪えながら、泣きそうになる。どうしてこんなにも。
結愛がいなければ。雪季は、きっと。
「ちょっと話戻すけど、友達とか恋人とか親子とか、いろんな関係や感情を…言ってみれば、愛を、名前を付けて分類するけど、それって本当に違うものなのかな。度合いとか、深い浅いとかあるとすればそういう違いだけで、もしかすると全部同じだっておかしくないよね。例えば、感情だけはそのままに関係性や名前を忘れたとして、本当にみんな、ちゃんと元通りのラベリングをできるものなのかな」
雪季が何も言えないままでいると、結愛は、急に姿勢を正した。そうしながら、心持ち身を乗り出す。
「あのねユキちゃん」
「…うん」
「私は今、酔ってません」
二人とも、酒は一滴も飲んでいない。そもそも結愛は、お酒はおいしくないと言って飲まない。
「今日は睡眠不足じゃないし、夜中のハイテンションとかでもありません」
思わず、時計を見る。まだ、ぎりぎり夕食時と言えそうな時間だ。
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