回りくどい帰結

来条恵夢

文字の大きさ
26 / 130
趣味

4

しおりを挟む
 帰り着くと、先にアキラが戻っていた。何故か、ニュース番組を眺めながら三浦ミウラと一緒に飲んでいる。
 三浦勇樹ユウキ
 英が設立した会社のメインの法務担当で、共同経営者というわけではないがそういうとらえ方をされることも多い。英の大学のOBで、サークルでのつながりだと雪季は聞いている。妻と二児がいて、愛妻家の子煩悩ぼんのう
 英の真逆を行く人物だ。

「お帰りー…誰だそれ?」
「……三津弥ミツヤ君……!」

 雪季セツキなかば引きずって来た青年に、三浦が見本のような驚愕の表情を浮かべる。雪季は記憶をさぐり、首をかしげる。聞き覚えはない。
「三浦さん、お知り合いですか?」
「知って…いやどうしてここに…気分でも悪いのか…?」
 笹倉ササクラいわく「冷静眼鏡」で、雪季も取り乱したところを見た覚えがないのだが、混乱している。
 事情を知っているかと英を見るが、「さあ?」と言わんばかりに首を傾げた。あてにならないと斬り捨てて、雪季は、即席に靴紐で手足を拘束した青年を床に転がした。

「え…え。えぇえ…?!」
「ユーキさん、夜。声でかいっす」
「いや…え、何? え?」
「玄関の鍵を開けようとしたところで襲い掛かられたので、うっかり殴り飛ばしてしまって。お知り合いなら、悪いことをしました」

 平然と言うが、靴紐をく気はない。生死を気にしない襲いようだったのだから、手加減をして危ういのはこちらだ。
 青年は、二十歳前後に見える。どこかすさんだ気配がするのは、襲われかけたための先入観というわけではないだろう。
 三浦の知り合いというなら三浦をつけていたのか、ほんの短い間だった通り雨に濡れたようで服が湿っている。潜んで見張っていたのか。
 三浦は、雪季の視線を受けていくらか我に返ったのか、力が抜けたようにソファーへと沈み込んだ。

「彼は…私の、最後の弁護対象だった」
「あー…。いいとこのボンだったっていう。親兄弟に見放されて、逆恨みしてユーキさん襲いに来たんですかね。凄いな、情けは人の為ならずって本当なんですね」

 自供するような重々しい三浦の言葉を、軽い英の言葉がともすると打ち消しかねない。発言した内容に疑問は残るが、黙っていろと、雪季は英をにらみつけた。
 しかし、三浦の話をまとめると、結局は英の言った通りだった。
 それなりに資産家の親を持ち、優秀な兄二人がいて、言わば「落ちこぼれた」青年は自ら犯罪事に巻き込まれ、親が斡旋した弁護士の三浦と協力することもなく刑務所に入った。それをもって家族とは縁を切られたらしい。
 おそらくは、出所して家を訪ね、門前払いされた末に三浦の姿を発見したのだろう。
 ちなみに三浦がこの家にやって来たのは、英が今夜のお相手に見事なアッパーカットをらった場面に偶然にも居合わせてしまい、放置しておくのも忍びないと付き添いを買って出てのことだという。

「それ…お前が目立ったせいで三浦さんも見つかったんじゃあ…」

 情けは人の為ならず、よりも、むしろ巻き込み事故に近いのでは。
 雪季はそんな感想を持ったが、三浦はそれどころではないようだ。深刻な面持ちで、意識の戻らない青年を見つめている。

「三津弥君は…二人の兄におとっていると思い込んでいるようだが、決してそういうわけではない。ただ、方向性が違って…彼の家ではそれが見えにくくて、半ば放置されて、爪弾つまはじきにされていたんだ。そこを…誰かに認められる、必要とされるというだけで、人は簡単に危ない橋を渡る。せめて、もう少し警察に協力的であれば…」
「それは仲間を売れってことでしょ? オトモダチができて浮かれてる奴に、それは無理ですって」

 同じ状況でも揺るがなさそうな英が、あっさりと言ってのける。だが、それには雪季も同意する。
 仲間意識をそれぞれが共有していれば尚更だし、青年が単におだてて担ぎ上げられていただけで薄々はそのことに気付いていたとしても、やはり自ら壊すことは難しかっただろう。
 不意に英がこちらに視線を寄越よこし、雪季は、はかられたと知った。
 今夜英が三浦と出会ったのは偶然かも知れないが、連れ立って帰って来たのは英が誘導したことのようだ。おそらく、英が三浦を見つけた時には、青年は彼をつけていたのだろう。

「三浦さん、時間、大丈夫ですか?」
「え? ああ…もう、こんな時間か。今日は飲んで帰るとは言ったけど…」

 日付を越えたばかりの時計の針に、三浦はため息を落とした。
 二人の子どもは、まだ小学校にも上がっていなかったはずだ。終業時刻があいまいな感のあるあの会社で、連絡は常につくようにはしつつもあまり居残らず帰るのは三浦くらいのものだ。

「ユーキさん、こいつは俺がなんとかしますよ。がらじゃないけど、説教でもして、もうこんなことはしないように言っときます」
「いや、それは私が…」
「雪季」

 車の鍵を投げられて、難なく受け取る。

「一旦任せてみませんか。こいつが口だけは上手いのはご存知ですよね。送ります」
「ああ…いや…」
「大丈夫ですって。下手に関わったら終電出ますよ、さすがに朝帰りは奥さんに怒られるんじゃないすか。今の生活を優先して、全然問題ないと思いますよ?」

 もう一度青年に視線を落として、諦めたように、息を吐いた。
 実際、いくら弁護をまっとうしきれなかったとしても、逆恨さかうらみまがいのことをされてまで尽くす必要があるとは雪季には思えなかった。
 簡単な話を聞いた限りでは、青年が恨むなら親兄弟の方ではないのか。三浦は、その代替にすぎない。そのくらい、三浦もわかっているだろう。
 三浦はしっかりと雪季の眼を捉え、立ち上がった。

「わかった。ありがとう、二人とも」
「いやいやこのくらい」
「そうですよ。河東カトウがこれまでにかけただろう迷惑を帳消しにするには全く足りないと思います」
「…ひどいな雪季」

 ねて見せる英を放置して、さっさと車まで移動する。最近仕事中だけかけている伊達だて眼鏡を、三浦の前なのでかける。
 助手席でシートベルトを締めた三浦は、みを含む声を漏らした。

「仲がいいな、二人は」
「…心外です」
「高校の同級生だろう? 昔からあんな感じ? あ、近くの駅までで何分くらい?」
「十五分…この時間なら、十分くらいですかね」

 車通りは少ないが慎重に、雪季は車を走らせる。
 免許は持っているしたまに運転もしてはいるが、毎日というわけではないのでいささかぎくしゃくとしてしまう。

「同級生と言っても。河東は今と大差なくて、俺は隅でぼーっとしてた感じなんで、接点はほぼありませんでしたよ。偶然再会して、こっちはともかく向こうは、よく顔を覚えていたものだと」
「ふうん? それにしては、今度友達が来るって楽しそうにしてたけどね。おかげで、こっちは随分とひやひやさせられた」
「…何の話ですか?」

 雪季が船の上でなかばなし崩しのように今の状態を決めて、実際に就職するまでには半月ほど間があった。身辺整理や引っ越しと、本当にこれでいいのかと逡巡しゅんじゅんもあったせいだ。
 英が何か言っていたとすればその半月ほどのことだとは思うが、本当に浮かれていたところで、まさか妙なことをやらかす奴でもないだろうにと、雪季はちらりと三浦の横顔を見遣った。

「いや、あれの友人だろう。似たようなのが来たら、手に負えなくなるかと、ね。違ってて良かったよ」
「はあ」
「むしろ、猫に鈴をつけてくれて助かってる」

 それほど大人しくはないし、いつだって鈴の音など消してしまえる、猫に例えるなら化け猫のたぐいだと思うが。雪季は、そう思ったが呑み込んでおく。
 ふっと、三浦が重い息を吐いた。

「今日は、友人と飲んでたんだ。司法修習の同期会のようなもので、全員ではなかったがそれなりに。残念ながら、そう景気のいい話も、笑えるような話も少なくてね。その留め打ちが、三津弥君だ」

 語りたい頃合いなのだろうと、雪季は、存在感を薄くしてただ耳を傾ける。たまに、人にはこういうときがある。そこに居合わせるのに、あまり親しくない人の方がてきしているのは妙なものだ。

「民間の弁護士なんて、あっちにもこっちにも頭を下げてばかりだ。かといって、刑事事件だって本質は変わらない。そもそも法律家なんてものは、法と人、人と人のり合わせのためにあるものだから。どちらに肩入れしすぎてもやっていけないし、ただ中間にいるだけでも成り立たない。面倒臭いものだ」
「面倒だからこそ価値が生じると、河東なら言いそうですね」
「…なるほど」

 くすりと笑って、本当に仲がいいなと繰り返され、雪季は憮然ぶぜんとした。
 そのあとは当たりさわりのない言葉をわすうちに駅に着き、改札をくぐるところを見送って家に引き返した。
 あまり無茶なことはしていないとは思うが、青年がどうなっているのかいささか気がかりで、三浦を乗せていた時よりも速度を上げる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...